第3話
僕が錬金術への憧れを持った切っ掛けは、前世での出来事だ。
もう随分と昔の事だし間に赤ん坊の時期も挟んでいるから、前世の記憶も大分と曖昧になっているけれど、それでもそれに関してはまだハッキリと覚えてる。
その切っ掛けは、ビンゴゲームか何かの景品で貰ったポータブルのゲーム機と、とある友人が譲ってくれた一本のゲームソフト。
内容は、見習錬金術師の少女が自分の工房を持ち、仲間達に助けられながら一人前へと成長していく物語。
僕は不器用ながらも懸命に生き、成長していくその少女の生き様や、錬金術と言う不思議で優しい技術にとても心を惹かれた。
まぁ要するに、ドはまりしたのだ。
だけど非常に残念な事に、そのゲームは何らかの行動をとる度に時間が経過し、一定の月日が経つとエンディングを迎えると言うシステムで、……それまでその手の物を嗜んで来なかった僕には、どうしてもその少女を最良の結末に導けなかった。
多分それがとても悔しかったのだろう。
僕はいつしか、限られた時間制限から解き放たれてこのゲームをプレイしたい、いやいっそ、自分がその世界を訪れて錬金術を扱える様になりたいだなんて思う様になったのだ。
……結局、その願いはおよそ半分ほどが叶った事になる。
この世界は、僕が望んだあのゲームの世界ではなかったし、この世界の錬金術は、あのゲームの世界で表現されていた物ほどに優しくもない。
けれども僕は、それでも間違いなく錬金術師になったし、その力は誰かの為に役立ってるとも、思う。
さて話は少しだけ変わるのだけれど、僕がプレイしたそのゲームでは、後半では少女が生み出したホムンクルスが彼女の仕事を手伝うと言ったシーンがあった。
僕はその錬金術師とホムンクルスの関係が、なぜだかとても羨ましかったのを覚えてる。
もしかしたら、そう、当時の僕は少し寂しかったのかも知れない。
つまり僕がアトリエの地下でホムンクルスを培養、育てているのは、そんな優しい関係を築ける存在を生み出す為なのだろう。
但しこの世界では、ホムンクルスの作成は多くの錬金術師に見捨てられた技術だ。
何故ならその理由は、この世界のホムンクルスは『フラスコの中の小人』との別名で呼ばれる通り、肉体を維持する為の霊薬に満たされた培養槽の中でしか生きられないから。
培養に必要な素材は多くて、維持の為の霊薬にも費用が掛かってしまう。
それでいて培養槽の外にも出られぬ役立たずを生んだ所で何の意味もないと、多くの錬金術師はホムンクルスの作成は愚かな行為だと切り捨てている。
でも僕はそれでも、ホムンクルスを傍に置く事を諦められないし、ホムンクルスを培養槽の外に出せないのは、これまでの錬金術師達の腕と研究が足りないせいだと考えていた。
「今回は森で子熊に出会ってね。凄く可愛らしかったよ。君にも見せたくなるくらい。……まぁ母熊はおっかなかったけどね」
なんて風に、僕は培養槽の中のホムンクルスに話しかけながら、森の採取で得た成果を整理していく。
僕が付けたホムンクルスの名はヴィール。
成長途中のホムンクルスは男か女、どちらの性に育つかはわからない為、どちらでも使える名を付けた。
だけど僕は、ヴィールは何となく雰囲気が柔らかいから、女の子になるんじゃないかって気がしてる。
無論どちらになったとしても、その成長は嬉しいし、一刻も早く外に出してあげたいと言う気持ちに変わりはないが。
「でも黄金鱒は守り切ったから、素材集めは一歩前進したよ。……そろそろ霊核の試作もしなきゃなぁ」
実のところ、ホムンクルスを培養槽の外で生き延びさせる方法は、幾つか思いついていた。
だがそれを行うには、ヴィールの成長も、手持ちの素材もまだまだ足りない。
道のりは長くて遠くて、焦る気持ちも多少はある。
しかしヴィールは僕の語り掛けの一つ一つに確かに反応を示し、頷き、言葉を発そうとしてた。
まだヴィールの身体は言葉を満足に発せられる程に育っては居ないが、その仕草は可愛らしく、僕はそれで十分に満足だ。
また道のりが長くて遠いからこそ、目標に向かって少しずつ、けれども確実に歩いている今、僕は間違いなく充実してると言える。
マジックバッグの中身を全て整理し終えた僕は、大きく大きく伸びをした。
森の奥深くまで採取に行ったから、丸二日は殆ど寝てない。
疲労は身体にずっしりと溜まっているし、何よりも僕自身が色々と汚れてる。
素材の加工は風呂に入って身を清め、一眠りしてからの方が良いだろう。
疲れで加工を失敗すれば、折角得た素材が無駄になりかねない。
それに何より、うっかり疲れを見せてしまった僕をヴィールが、心配そうに見つめてた。
「うん、そうだね。ちょっとお風呂に入ってから、一眠りしてくるよ。急ぎの納品の仕事はないけれど、しばらく閉めてたから店も開けなきゃいけないしね」
僕はあくびを噛み殺しながら笑みを浮かべ、コンコンとヴィールが浮かぶ培養槽を軽く叩く。
すると霊薬に浮かぶヴィールは、わずかに唇を吊り上げてこっくりと頷く。
ヴィールはまだ喋れないから、いったい何を考えているのか僕が知る術はない。
でも良い子に育っていると、僕には確信がある。
「おやすみ、ヴィール。また後で」
僕はヴィールにそう告げて、地下の研究室を後にした。
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