第22話 側近の昼食

 ◇  ◇  ◇


「ベティーさん、でしたっけ? 長いんですか、エマ様にお仕えされてから」

「? ええ、十年は経っておりますね」

 俺は黙々とサンドイッチを頬張りつつも、周囲に異変がないか警戒を怠らない彼女を眺め、少し感心していた。


 俺もルークと付き合いは長いし、心を許せる友人だと感じている。彼もそう思ってくれている。

 だが友人とは思っていても、彼はこの国のたった一人の王子なのである。騎士団長として彼の護衛を受け持っている責任上、まず周囲の人間を見極める癖がついてしまっている。

 これも仕事柄致し方ないとは思うが、ルークにとって今後害になるかならないか。それを判断できる力を持たなければ護衛の任は果たせない。何故なら彼に万が一のことがないように、俺や部下たちが護衛として存在しているのだから。

 ──正直、エマ様は女神のように美しいと思うし、立ち居振る舞いも優雅で気品を感じる。隣国の王女なのだから当然だろう。

 ルークがエマはもう少し太ってくれても良いのになあ、みたいな愚痴をこぼすのは個人的には理解出来ないが、まあ人はそれぞれ好みがあるのでそこは良い。

 だがエマ様はご自身の感情をあまり表に出されないためか、お人柄はまだ今一つ掴めていない。

 友好国ではあっても隣国の方だし、何かのきっかけで自国のためにルークを亡き者に、という可能性はゼロではない。妻という立場はルークの一番近い立場だし、毒を盛ろうと思えば可能なのだ。

 もちろんそんなことはないと思いたいし、疑り深い自分が嫌になることはある。

 だがルークはラングフォード王国の唯一の後継者。数十年後になるかも知れないが、現国王陛下が退位された後は彼がこの国のトップとなるのだ。

 彼にもし何かあった場合、この国は他国に侵略され、民が迫害されないとも言い切れない。

 国を守り、民を守る。

 その意思を持って騎士団に入った自分は、彼の友人である前にまず騎士団長としての責務を全うせねばならない。

 だから身分に関わらずエマ様や唯一彼女が一緒に連れて来たベティーも、王子の護衛の立場として見れば、信頼はマイナスからのスタートなのである。

 人を疑うのが仕事というのが虚しくなることもあるが、この国の未来のためには必要なことだと割り切っている。こんなだから未だに恋人も出来ないのかも知れないが。

 ……だが、今回の旅で以前よりも話すようになったことで、ベティーはかなり有能なのではないかと感じることが増えた。

 決して口数は多くないが、返事も簡潔で頭の回転が良い。理解も早い。

 メイドではあっても実家は子爵家のため、教養もある。

 そして何よりも驚いたのが、彼女はエマ様の護衛も兼ねていると知らされたことだ。

 体を良く観察すれば分かることだったが、女性には失礼に当たるだろうと無意識に避けていたところがあったのは否めない。

 腕に力を入れたりすると程よく筋肉がついていると分かるし、長時間歩いても息も切らさない。自身でも鍛錬をしているのだろう。

 常にエマ様の傍に控え、警戒を怠らず周囲に目を配っている。

 最初の頃は三つ編みヘアーで大人しげで化粧けもない、どこにでもいる普通のメイドのように見えたが、俺の目は節穴だったかも知れない。

 ──そして、俺にとって特に共感する部分があった。

 仕事を義務感でやっていないのである。

 もちろんそれで給料を得ているだから仕事なのには違いないのだが、単に仕事だからではなく、エマ様への情愛に溢れているのが伝わって来るのだ。俺のルークへの思いと重なる部分がある。

 だから、信頼度を上げたいのはもちろんなのだが、個人的には同胞のような感情を抱きつつあり、親しく言葉を交わすことで仕事への熱い思いを共有出来れば、と思ったりもする。


 ──だが、俺も騎士団が長く、男ばかりと接する生活で粗雑になってもいるのだろう。

 軽口ぐらい交わせる間柄になれたら良いが、話し掛けても相変わらず素っ気ない態度である。

 いつかは改善出来るだろうか。

 そう思いながら俺はポテトを頬張り、彼女同様、周囲を警戒するのだった。


◇  ◇  ◇


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