第20話 デートらしきもの
ベッドで二人で眠ると言っても、私とルークの間にはロールに巻かれた厚みのある毛布が置かれていたため、そこまで緊張を強いられることもなく、普通に眠れていた。
正直丸めた毛布のせいで彼の寝顔すらろくに見えなかったのは残念だったけれど、
「私は結構寝相が悪いからね。エマにケガでもさせたら大変だし」
とルークから提案されれば素直に受け入れるしかなかった。
寝相が悪くてうっかり抱き枕にされるなんてご褒美でしかないじゃないの、と相変わらず変態的な考えが頭をよぎったが、淑女はそんな下品な言動をしてはならない、という理性だけは残っていた。
まあ実際に抱き枕にされたりしたら、鼻血どころか刃物でも掴んで痛みで抑えないと正気を保てるか自信がないので、結果的には大変正しい判断だったと思っている。
だがまだルークへの免疫力がまだ極小……飴玉一つレベルぐらいの大きさでしかなかったとしても、確実に前進はしている。
現に今朝の朝食の場でも、レイチェルがいるからかも知れないが、ルークと和やかに会話が出来ているではないか。ちなみにエルキントン夫妻は既に仕事で早朝から外出していた。
「ねえエマお姉様、ルークお兄様とエマお姉様は明日には王宮に戻られるのよね?」
レイチェルから問われ、私は頷く。
「今回は結婚のご挨拶だけでしたけれど、とても素敵なところですし、また改めてお伺いしたいですわ。ルーク様も執務が溜まっているでしょうから、流石にのんびりも出来ませんもの──ね?」
伝わるだろうか。この「ね?」が私のコミュニケーション能力の大いなる進化である。
自分だけでなくさり気なくルークに話を振るという、本来夫婦や恋人であればごく当たり前に出来ることが、ラングフォードに来た当初は全く出来なかった。緊張でガチガチになり、ルークを前にするとただ問い掛けに受け答えするだけで精一杯であったのだ。
それがどうだろう。この見事な返しが出来るまで成長したのだ。
我が王家のポリシーである、『気合と根性で大概は何とかなる』を見事に証明している。
この調子ならば、私とルークが本当の意味での夫婦になる日も遠くないのではないか。
私は表情を崩さないようにしつつも、内心では小躍りせんばかりの気持ちだった。
「まあ戻って書類の山と格闘するのは憂鬱だね。でも休みを取っていたのだから仕方がないさ。でもエマをエリック伯父さんたちに紹介出来たし、レイチェルとも仲良くなれたようで嬉しいね」
──分かるわ。ぼんやり見える目鼻立ちからも神々しい笑みを浮かべているルークが。
視力が良くないということは、私のような恋を拗らせた変態にとって、思わぬ危険が回避できるというメリットもあるのよね。早く一緒にいること、近くにいることに慣れなければ。
そんなことを思っていると、ルークが「ところで」と私の方を向いた。
「今日は一日休みを満喫しようと思って仕事は入れなかったんだ。……良かったら一緒に出掛けないかいエマ? まだ森には行ってないだろう? 今日は天気も良いからピクニックには最適じゃないかと思うんだ」
「よっ」
喜んで! と全力で反応しそうになり、慌てて落ち着いた口調で
「よろしいのですか? お疲れではございませんか?」
とお淑やかに返す。
「全然! それにエマと一緒に出掛ける機会も全然なかっただろう? 寂しく思っている夫の幸せのためと思って、是非とも誘いを受けてくれないか?」
「……まあ、そんな大げさですわ! 私はいつでも喜んでご一緒しますのに」
ルークはどれだけ私を動揺させたいのだろうか。いちいち発言が格好良すぎではないか。
冗談っぽく返したつもりけれど、動悸が少し激しくなった。私の顔が紅潮してしまっていないかとそれだけが心配だ。
「……ねえルークお兄様」
私が急いで落ち着きを取り戻そうとしている時、レイチェルが声を上げる。
「私、せっかくエマお姉様と仲良くなれたのに、もう明日には帰ってしまうのでしょう? もっと沢山話もしたいし、案内も兼ねて私も一緒にピクニックにご一緒してもいいかしら? ……ほら、ルークお兄様も子供の頃はかなり頻繁に森に入っていたけれど、去年の大雨で地盤が緩んでたり地形が変わっていたりするところもあるの。それに、リスやイノシシの子供に会える場所や、景色の良いお勧めスポットだって結構知っているのよ私! 何しろ今もしょっちゅう出入りしているもの」
「え? あ、ああ、そうだね……」
私は何故レイチェルがルークとのピクニックデートの邪魔をしようとするのかと不思議だったが、向かいに立っているベティーが私に目配せしたことでハッとした。
(……そうだわ。森の中なんて木の根や石に、足を取られやすい草むらばかりじゃないの!)
エルキントン家の敷地内の森なので、暴漢などが現れる可能性は少ない。
ルークの護衛のトッドやうちのベティーが念のため付き添うとは言っても、せいぜいデートの邪魔をしないように、少し離れたところから見守る程度だろう。
だからレイチェルは私をサポートするつもりなのだ。
ルークとのデートに浮かれて、そんな大事なことにも頭が回っていなかった自分を殴りたい。
「ええっと、エマはどうだい?」
お互いに少しずつ距離を縮めようと言っていた彼だ。今回はレイチェルが来ない方が良いと思っているかも知れない。
もちろん私もそうしたいのはやまやまだが、距離を縮めるためにむやみに危険を冒すのは無謀だ。
私の秘密がバレる危険度も跳ね上がる。
「そうね、色々知っているレイチェルも一緒ならルーク様も安心じゃなくて? 私もレイチェルとお話したいわ。それに、リスなんて絵本でしか見たことないの! とても楽しみだわ」
私はぽん、と両手を合わせて無邪気に喜ぶことにした。
彼女が来られない状況は避けなくては。
「……そうか。エマが良ければ私は構わないよ。じゃあ二人とも支度が出来たら居間に集合ね」
「分かったわ! じゃあ私はコック長にランチボックスを頼んでおくわ。私たち三人と、ベティーにトッドの分だけで良い?」
「ああそれで良いよ。近くを散策するだけだし、他の騎士団員は屋敷で待機させておくから、屋敷でランチを用意してもらえると助かるよ」
「伝えておくわ。それじゃエマお姉様も後でね!」
ルークに見えないように背後で私に向かって手を振るレイチェルを、拝みたいような気持ちで見送った。彼女は私にとってもはや女神である。
それにしても、メガネがなければデート一つまともに出来ないのね私。
これなら見た目はそこそこでも視力が良かったなら、そちらの方がずっと良かったのかしら。
でも年上でも嫁き遅れ寸前でも許される容姿が最大の売りなのに、それが普通だったら結婚の話にもならなかったわよね。結果的にこれが最善だったのよ。
……二物を求めるのは欲張りだわ。
私はルークに気づかれないよう、そっとため息を吐いた。
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