第9話 幸せな苦行もたまにはある
さて、今までルークへの愛のため、根性で全てを何とかして来た私、エマ・ウェブスターではあったが、一週間経っても未だ彼が近くにいることに慣れることが出来ていなかった。根性で何とか出来ることにも限りがあるようだ。
──自分で言うのも恥ずかしい話だが、私は彼のことが好き過ぎるのである。
穏やかな性格も好きだし喋り方も好き、声も好きで顔も好きなら鍛え上げた体も好ましい、指も長くすらりと伸びていて理想的、手紙の文章一つとっても文字は読みやすく知性と思いやりに溢れている、と語り出したらキリがないほど『好きの詰め合わせセット』のような人なのである。
食事の時の軽い会話ですら、思わずにやけそうになる顔を引き締めねばならない。
ほぼ嫁き遅れ寸前の私でもラングフォード王国のルーク王子の妻として認めてもらえたのは、何と言っても見た目が良かったからだろうと思う。
ラングフォードの民が許容してくれたのも、ひとえに私がラッキーなことに痩せたら母譲りの見映えする美人であったこと。それが一番の要因だからに違いないと確信している。
神様は私に肥満と足の巻き爪とド近眼という様々な試練をお与えにはなったが、肥満は根性で何とか克服した。
まあ巻き爪とド近眼については根性論ではいかんともしがたいが、見た目だけは努力次第で長い間維持できる。少なくとも努力は可能なのだ。
そのためにも夫の声を聞いただけでえへらえへらするような不気味な女ではいけないのだ。
他が色々問題ありなのだから、見た目だけは完璧を目指さなくてはメリット要素が皆無になってしまう。それでは私を受け入れてくれたルークやラングフォードの民に申し訳が立たない。
ルークに嫌われたら幸せな夫婦の老後などないのだ。
──ただ、己の醜態を晒さないよう神経をつかうのはかなりの苦行である。
ルークと会話を弾ませたいのに、それをすると頬は紅潮し、口元はだらしなく笑みを浮かべそうになるので踏み込めない。
私の印象を悪化させたくない。
だけど楽しく話をしたいし声を聞きたい。
しかし対外的に完璧でいなくては、私の唯一といっていい取り柄がなくなってしまう。
完璧な彼の傍に私がいてもいい理由が失われてしまうのだ。
でも頑張ろうとすればするほどルークとの距離が縮められない。
親しくなろうと思えば思うほど外面を取り繕わねばならない自分に頭が痛くなる。
いったい私はどうしたらいいのかしら。
一体いつになれば変態ではなくなるのかしら。
「──でねエマ、良かったら君も一緒に来て欲しいんだ」
「……」
「エマ?」
ルークの問い掛ける声にハッと顔を上げた。
いけない、私としたことが彼との大切な昼食タイムを不毛な考え事で無駄にするところだった。
「──た、大変失礼致しました。昨夜は両親が無事に帰れただろうかと考えておりまして、ルーク様のお話を上の空で聞いてしまいました。申し訳ございませんが今一度教えて頂けませんか?」
己の保身のために両親を言い訳にするなんて最低だわ。本当にごめんなさい父様母様。
「あ、そうだよね。昨日の今日だし、長旅だからね。気が利かなくてすまなかった。私からも後で手紙を送っておくよ。……今聞いていたのは私の伯父……エリック伯父さんの快気祝いのパーティーに参加するから、エマも紹介も兼ねて同行してくれないかって話なんだ」
エリック・エルキントン公爵はルークの母の兄である。
幼い頃からルークを何かと可愛がってくれていたそうなのだが、結婚式の一カ月ほど前に鉱山の視察で落盤事故に遭い、足を骨折する大ケガをしたらしい。
「それでも私の結婚式には絶対参列すると言ってくれていたんだが、思ったより骨折部分の治りが遅くてね。見舞いに行った際に母上から『まだ若いと思っていてもお兄様は四十三歳なのですよ。年を取ってからのケガは大事を取らないと後で響くと言いますから、大人げない駄々をこねずに今回は静養なさって下さいませ!』と一喝されてしょんぼりしていたからさ、元気になったら真っ先にエマを連れて行きたくて」
「まあ、そうでしたの……」
「ついでに私も視察の仕事を済ませられるし、少し田舎だけど景色が最高なんだ。頑張って仕事も早めに終わらせるから、エマと散歩したり町を散策したりして楽しめたら思って。……どうかな?」
「……もちろん、喜んでお供させて頂きますわ」
国が違うこともあり、幼少期からろくに会うことも出来ず、長い間文通だけでいきなり結婚式を挙げることになって、小説や舞台などでの知識でしかない恋人同士のあれこれみたいなものを色々すっ飛ばしているけれど、王族ゆえのことと諦めていた。
(──でも、これはいわゆるデートなのでは? デートよね? そうよデートよ!)
じわじわと昂ぶる気持ちが沸き起こり、鼻息まで荒くなってしまいそうなのを必死に抑え込んだが、これは嬉しい苦行だった。神様は私の頑張りを見ていて下さるのかも知れないわ。
ベティーと後で喜びを噛みしめなくては。
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