第10話 王子はそこそこイタい人である

「あの、ルーク殿下、それで……いかがでございましたか?」

「ん? ああトッドか。ここは私たち二人しかいないんだから殿下はよしてくれよ」

 昼食後、執務室でご機嫌で書類に目を通していた私は、護衛を務めている第一騎士団長のトッドが心配そうな顔で声を掛けて来たのを見て笑みを浮かべた。

 相変わらず仕事中は融通が利かない真面目な男である。酒を酌み交わしている時には平気で私に耳の痛い苦言を呈したりもするのだが。

 ただ個人的には、仕事とプライベートで切り替えが出来る男の方が好きだ。

 親しくなると公私の境界が曖昧になって、場をわきまえない態度を取ったり、仕事に甘えが出る奴も多い。基本そういう奴は想像力が不足していたり、他者への配慮、思いやりが欠如していると感じてしまう。

 私は話し方から温和で柔らかい印象を与えるらしく、貴族の中にも与しやすく思う人間はいるようで、何とか厚誼を結び便宜を図ってもらおうとする奴もいる。

 だが誠意を持たない、ただ己の利益や保身しか考えない人間に対して私は優しくないので、笑顔で切り捨てる。まあそのお陰かここ数年舐められることは減ったので良いが、人を見極め信頼関係を築くには時間が掛かるものだ。子供の頃から一貫して私への態度が変わらないトッドは、私にはとても貴重で大切な数少ない友人なのである。

 少し沈黙した後、トッドが続けた。

「ではルーク様。お誘いになったんですよね? どうでしたか?」

「うん。一緒に来てくれるってさ。散策も楽しみだと言ってくれたよ。まあ以前のように満面の笑みではなかったけど、少しだけ口元に笑みも浮かんでいた……ように思う」



 式を挙げる前に、私はトッドに相談をしていた。

 エマの見た目が驚くほどスリムになってしまったのは、年月による成長や病気療養もしていたのだから当然だろう。まずは健康になったことを喜ぶべきである。

 自分がぷにぷにしたエマが好きだからと言って、彼女に無理やり太って欲しいとも言えない。ただ今後ふくよかになって来た時の為に、今後も体の鍛錬は怠るつもりはない。

 だが、長い期間物理的に離れていたことで、子供の頃のフランクな関係性というのが失われてしまっているのは悲しい。

 子供の頃から見れば自分もゴツい大男になったので、彼女も緊張や警戒心が解けないのか感情表現が乏しく、よそよそしいように感じられてとても切ない。

 円満な結婚生活の為にも早急に何とかしないとならない。

 そんな愚痴をこぼしている中でトッドが提案したのだ。

「距離感を縮めるためには絶対に焦りは禁物なのはご存じでしょう。昔のような関係に戻るまでは、強引にどうこうするのは嫌われる可能性もございますので、避けた方が良いかと思われます」

 私が理想とする夫婦の形を求めるのであれば、無理やり初夜だの子作りだのを強引に推し進めるよりも、一般的な恋愛関係をまず構築するのが肝要ではないか、と彼は言った。

「うん、確かに。……私は焦り過ぎていたか」

「はい。女性は恋人や夫であっても自分の意思に反する行動を求められると反発し、心にしこりが残りやすいのです。そしてそれが重なると嫌悪感を抱くようになり、しまいには顔を見るのすら不快になり、離婚もしくは仮面夫婦という最悪の流れになります。相手を思いやっているつもりが自分のやりたいように誘導しているだけだった、なんてのは男性にはありがちらしいので、エマ様に対しても戦略を誤ると取り返しがつかないのです。相手の気持ちは目に見えないですからね」

「──エマと仮面夫婦になるなんてお断りだ。いつまでもラブラブで笑顔の絶えない結婚生活を送りたい。二人の子供だって沢山欲しいし、でもたまには二人きりで過ごしたいし、イチャイチャしたい。たまに手作りのお菓子なんかをあーんとか食べさせて欲しいし、抱っこしてなんて甘えられたい」

「発言には気をつけて下さい。利益を求めてすり寄る輩に容赦ないルーク様を知る人間から見れば、別人かと思うほど気味の悪い恋愛脳発言ですよ。私は昔から聞いているのでまだイタタタタ、ぐらいで済みますが」

「……おい、いくらなんでも酷くないか?」

 私はムッとして言い返した。

 トッドは少し笑みを浮かべ、私をたしなめた。

「いいですかルーク様。そりゃ一途なのは大変素晴らしいことです。ルーク様は昔からエマ様一筋で長年来ていますから浮気の心配もないでしょうし、エマ様を悲しませるようなことはないと信じております。ですが熱量の違いというのは些細な問題ではないのです」

「熱量の違い?」

「そうです。先ほど垂れ流した妄想や願望も、エマ様が同じ熱量でルーク様を愛しておられるなら進む道は同じで大変ハッピーな話で済みますが、現状はお互い深く踏み込むのをためらっているような状態で、会話すら滑らかに交わせないではありませんか。要は愛情のバランスが歪つで、天秤が傾いているということです」

「…………」

 まあ返す言葉はない。

「ですからまず天秤を釣り合う状態にするため、努力が必要だと申し上げているのです」

「じゃあどうすればいいんだ」

「……結婚の挨拶と快気祝いを兼ねてエリック・エルキントン公爵のところへ伺う予定があると先日伺いましたが、もちろんエマ様も同行される予定ですよね?」

「ああ。まあ視察の予定も入っているが」

「では、そこで二人で外出をしたりすれば良いではないですか。仕事はちゃちゃっと終わらせて」

 私はトッドを見る。

「それは……それはデートと言うものではないだろうか? あの、恋人とかが町中でイチャイチャするようなアレで」

「? ええまあデートでしょうね」

「……デートはその、恋人同士ではない夫婦が行っても良いものなのか?」

「え? 恋人の延長線上に結婚なんですから、普通に夫婦だってデートするでしょう」

 呆れたような顔で私を見ていたトッドだったが、ハッと気がついたような顔をして頭を下げた。

「……そうでした。知り合う、お付き合いする、デートで仲を深める、結婚という通常の流れを色々すっ飛ばして幼少期に知り合う、その後会わずに文通、婚約、結婚ですもんね。配慮が足りず申し訳ございませんでした」

「むしろ頭を下げられる方が傷が深くなるから止めてくれ」

 だが考えてみれば、私とエマとは過程が多々省かれているために、埋まっていない溝が多すぎるように思えて来た。

「でしたら尚更です。今後、隙あらばデートを盛り込むようにすれば、必然的に会話も増えますし、以前のような関係を取り戻すのは時間の問題です。エマ様から受ける愛情がまだ育ってないならどんどん育てましょう。ここは力の見せ所ですよ、ルーク様」

「──そうだな、やるか」

 ということで、エマの熱量を上げ、夢のラブラブ結婚生活を目指す作戦を色々と練ることになったのである。


 いつか、エマに振り向いてもらえるその日まで、私の戦いは続くのだ。




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