第7話 ダンスがすんだ

「おお……間近で見てもお美しい姫だな」

「ご覧になって、あの洗練された優雅な動き! 暫くお体を悪くして静養されていたとのことだけれど、今はすっかり顔色も良くてはつらつとしておられるわね。ルーク殿下より年上と聞き及んでおりますけれど、愛らしくてとてもそんな風には見えませんわねえ」

「あのドレスも我が国ではあまり見たことがないデザインだわ。淡い紫の繊細なレースが重なったスカートのフレアー部分が踊るたびにゆったり広がって素晴らしく上品ね」


 ──ええまあ実際、昔からたまの風邪しか引かないような超健康体でございますから。

 ──ふわっと広がっても足元が見えないよう、細心の注意を払って長さを調節してるんですの。おほほほほ。

 お披露目のパーティーでルークとダンスを踊りながら、強いられた緊張を緩和するため、聞こえて来る賛美の声に心の中で突っ込んでいた。

 ダンスについてはダイエットも兼ねてベティーにビシビシと鍛えられたので、相手がよほど下手でもない限り不安はないのだが、ルークは一六三センチの私がヒールを履いても頭一つ高い。すくすくと伸びたものだと感心して聞いたら何と一八八センチもあるそうだ。

 ダンスは慣れていなくてと言うが、ごく普通にリードしてくれとても踊りやすかった。

 ただ一番助かったのは、体も鍛えているとかで肩幅も広く胸板に厚みもあり、少し離れても判別がしやすいことだった。髪も茶がかった赤毛と分かりやすい。

 あの穏やかな声を聞けばすぐ分かるけれど、何しろ私はメガネがないと、少し離れるとぼんやりとした体格とか服装の色ぐらいしか判別出来ない。

 普段はベティーが隣で控えてくれてはいるけれど、旦那様と踊るのに囁きメイドとして隣に立って足元に注意を促したり近づいて来る人を教えてくれることは出来ない。

「お傍で常に注意しておりますので、何があってもご安心下さい」

 会場に向かう前にそう言って励ましてくれたが、今は彼女がどこにいるのかもよく分からないのである。つくづく己の視力の悪さが恨めしい。


「エマ、ダンスも挨拶も疲れただろう? お義父上とお義母上が国に戻られるそうだから一緒に見送りに行こうか」

「まあ、もうそんな時間でございましたか」

 今は壁の時計の針すらまともに見えないので、時間の経過も良く分からない。

 彼の腕に軽く自分の腕を回し、いつものようにそろりそろりと両親の元へ向かう。

 王宮は廊下も広く、階段も一段一段の幅が大きいので本当に助かるわあ。


「まあエマ! ルーク殿下まで……わざわざ見送りなどよろしいのに」

 馬車に乗せられる荷物を見ていた母たちがやって来た私たちを見て驚いていた。

「せっかくの婚姻だと言うのに、私たちの国の都合でバタバタして申し訳なかったね。改めて落ち着いた頃に訪問させて頂くので、どうかエマをよろしく頼む」

 そう言いながら頭を下げる両親は、イベントなどで王冠やマントを被ってなければ、風格とか威厳なども感じないごく普通の貴族の夫婦にしか見えないだろうと思う。

 酪農と農業が盛んな我がウェブスター王国はワインやチーズなど特産品が多く、小さいながらも富裕と言ってもいい国なのではあるが、天候に左右される部分が多くトラブルも多い。

 国王や王妃も橋が落ちたと聞いては自ら飛び出して陣頭で指揮を取ったり、大雨による落盤で道が埋まったと聞けば、騎士団員を引き連れて復旧作業に向かったりと忙しいのだ。

 ルークのラングフォード王国では鉱山が多く、武器や生活用品、馬車や船などの金属パーツなど様々な金属加工などが広く知られているが、何しろ我が国の三倍もの国土があるので、各地に信頼のおける責任者などが派遣されているとのこと。国王自らが出て行くような機会はあまりないようだ。

 両親や兄は王族とは言え、そこらの広大な領地を持つ侯爵や伯爵家の人間よりよほど働いている気がするが、

「民が安心して暮らして行ける国にすることが王族の努めだし、国の繁栄の基盤にもなる」

 という信念で、泥だらけになって橋の修復作業に勤しんだり、気軽に村人の相談事を受けていたりする。そんな家族を私はとても誇りに思っている。

「お母様、お父様、帰路はどうかお気を付けて」

「エマも元気でね。またすぐ会えるわ」

 母セーラが私をぎゅっと抱き締めると、小声で囁いた。

「本当に、色々と頑張るのよ。人間気合いよ気合い」

「はい、頑張ります」

 両親はもちろん私の目や足の諸事情は把握しているので、下手をすると周囲の女性陣からのいじめや蔑みの対象になるのではと心配をしていた(病弱設定は流石に内緒だけど)。

 母は私の初恋の人がルークであることは知っており、婚姻の話が出た際には親心から国内で気心知れた相手に嫁がせる予定だった父を説得してくれた。

 我が家は個人の考えと根性論を重んじるので、

「エマが頑張ると言うのなら、きっと本人が何とかするだろう」

 と全面的に信頼してくれているのはありがたいが、正直根性だけではどうにもならない場面もありそうで、個人的にはこの先不安しかない。

 が、そんなことは表には出来ないのでニコニコと笑顔でいることしか出来なかった。


 ただ、ルークと両親を見送った後、まだ何か忘れているような気がして仕方がなかった。

 そう……何か大切なことがあったような。




 

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