第6話 結婚式、そして……

「……本当にお綺麗でしたわエマ様。流石、我がウェブスター王国自慢の姫君でございます」

 感動したような声音でベティーが労ってくれたが、当の私としては式が終わるまでガッチガチに緊張しており、ずっと薄氷を踏むような気持ちであった。

 疲れただろうから夕方のパーティーまではゆっくり休んでおいで、とルークに言われ自室に戻ったところでようやく緊張と肩の力が抜けたところなのである。


 式には両親も参列してくれた。

 夕方のパーティーの最初まではいると言ってくれたが、翌日重要な公務があるとのことで日帰りだ。小国な我が国では交易一つ疎かには出来ないのだから仕方がない。

 しっかりした造りで乗り心地も悪くないとはいえ、長時間の馬車移動の往復は疲れるだろうに、一緒に来た騎士団の護衛の人たちも皆笑顔で祝福してくれた。本当に嬉しかった。

 父がヴァージンロードを祭壇まで案内してくれ、先に待っていたルークに私を引き渡してくれるまでは安全だったものの、そこからは全て自分で何とかしなくてはならなかった。

 誓いの言葉などは問題なかったものの、小柄な顔も良く分からない神父から指輪が置かれたケースを差し出されても、下の生地が白いシルクだったため指輪の置いてある位置も良く分からない。

 ルークが私への指輪を取った辺りの横をさり気なく眺め、探るようにして掴んだまではいいが、手袋で滑って落としそうになった時には、全身の血がざああっと音を立てて引いた気がした。

 落として転がったら確実に自分では見つけられるとは思えない。

 だが取り繕っても張りつめた気配は彼も感じるのだろう。

「沢山参列者がいると緊張するよね。でも私が傍にいるから落ち着いて」

 小声でルークが囁いてくれた言葉に涙腺まで緩みそうになった。相変わらず優しい人だ。

 無事指輪の交換まで済み、バルコニーから王国民の大歓声を受けつつ顔見せで手を振り、またゆっくりと移動する。

「美しい上に歩き方も優雅この上ない」

「やはり気品が違うな」

 などとひそひそ囁く声が聞こえて来るが、実際は全然優雅などではないのだ。

 長い長いスカートの中身は爪先をくり抜き布で偽装した特注のハイヒールであり、段差や小石などがないようすり足でこまめにチェックして歩かなければならないので、結果的にゆっくりしか歩けないだけなのだ。

 大勢の人間の前でつまずく、無様にすっころぶなどあってはならないし、そうなってしまえば私の特注の靴がさらされてしまうのだ。笑いものになるだけならまだ耐えられる。

 でもそんな恥さらしな妻を見てしまっては、ルークの気持ちは氷点下まで下がるに違いない。

(──そうなったら死ぬしかないわね)

 ずっと彼に恋をしていて、妻になりたいという思いがようやく成就しようかという時に醜態をさらすなど、絶望しかないではないか。失敗は出来ない。

 その後がないという気持ちで何とか乗り切れたのだ。


「これからダンスなのね……ああ気が重いわあ」

 一つ目の難所をクリアしたことで、私はホッとしつつも次の難所を思いため息がこぼれる。

「先ほども何とかなったのですから、次も何とかなりますわ。さあ、朝から殆ど召し上がっておられないでしょう? サンドイッチとアップルパイでも食べて元気を出して下さいませ」

 ベティーが紅茶を運んで来た時のシナモンの香りで一気に覚醒した。

「アップルパイだわ! ……でもこれ、かなりカロリーあるのでしょう?」

 果物を使ったパイやタルトは昔から私の大好物であるが、今ではご褒美的な存在なので滅多に口に出来ない。

「こういう踏ん張りどころで食べないでいつ食べるんですか。それに疲れた時には甘い物というのは定番でございますからね」

 私はいそいそとテーブルにつく。

「もう香りだけで癒されるわね……」

 サンドイッチよりも何倍も魅惑的なアップルパイにフォークを伸ばし、一口サイズにカットすると口に入れた。

「んんん~♪ 美味しぃぃ~っ!」

 久しぶりの味を堪能していると、ベティーが私を見ながら微笑んだ。

「……私はエマ様が好きな物を食べて、満たされた笑顔を見せて下さるのが大好きですわ。本当に幸せそうなんですもの」

「そりゃあ幸せだもの。世の中のスイーツがいくら食べても太らないのなら、世間の多くの女性は救われるのにね。憎らしいったらないわ」

 私に幸せを運んでくれる存在は、私にぜい肉も運んで来る。

 病弱設定の目的は達成出来たが、今度はルークに恥ずかしい思いをさせないためと、見目麗しい姫君という民の理想を長く維持しなくてはならない。

「体型維持というのは、終わりのない戦いよねえ……でも、運動も頑張るし、たまにはストレス解消で食べても良いわよね?」

「たまに、ならばよろしいのではないかと。ただエマ様の場合は。先生が仰ったように太りやすい体質のようですから、気を付けませんと。以前も痩せるまでかなり時間がかかったではございませんか」

「……そうだったわね」

 我が国の王家の家系は父や親族も含め、良く言えばふくよかで、恰幅のある体型の人たちが多い。要はむっちりもっちもちでぴっちぴちである。

 はっきりとした医学的な根拠はまだ判明していないらしいが、先生によると太りやすい家系というのはあるらしい。まあ王族などはパーティーや他国の重鎮をもてなすことも多いし、バターやチーズなどふんだんに使った食事になることも多い。太らない方がおかしい。

 まあ家系というより環境的なものかも知れないわね。美味しいのは間違いないけれど。

 兄は背も高く筋肉質なのでまだ大柄という枠だが、私同様食べるのが大好きなので、いずれ父のようにぷくぷくとした体になりそうな気がする。

 男性ならさほど問題にはならないが、女性は別だ。

 私の姉も一時期肉付きがかなり良くなって来て、私が目的のため強制的に肉を落とし出した頃に「仲間がいなくなる」危機感を覚えたらしく、嫁入りまでに何とか標準体型に戻していた。

 母の血を色濃く引いていれば、苦労せずともすらりとした体型を維持できていたかも知れないが、母は元々小食なので太りようがない。血筋が母よりであったとしても、私は自業自得で太っていたに違いないのである。

 運動しても中々体重は落ちないのに、水を飲んでもすぐ戻る。長く辛かったダイエット生活を思い出すと、自分でもよく頑張ったものだと褒めてやりたい。

 正直アップルパイ一切れ程度では私の思い切りスイーツにまみれたいという欲は叶わないが、ないよりは断然マシだ。

 少なくとも世の中のスイーツはすべて絶滅したのだ、と諦めて一切関わらないようにすることだけは出来ない。ただでさえ食事も少ないと苛立つ気持ちを捨て去れないのだ。

「このスイーツを食べたいという煩悩は、いつか消えてくれるのかしらね」

 アップルパイの最後の一口を名残惜しい気持ちで食べると、ベティーに愚痴をこぼした。

「きっと無理だと思いますわ。元から私の母のようにそんなに甘い物が好きではない人もいるでしょうが、祖母のように、六十歳を過ぎても紅茶にクッキーを添えたり、スコーンにジャムを塗って食べるのが大好きという女性もおりますし」

「私の場合、多分死ぬまでこの苦行は続くのね……」

 私は天井を見上げて深く息を吐くのだった。




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