第5話 私の諸事情その2

 私の明かしたくない諸事情というのは幾つかある。

 大きな事情は二つ。

 まずは『ド近眼』であるということだ。

 小さな頃はさほどでもなかったのだが、現在の私は裸眼で一メートルぐらい離れてしまうと大体の輪郭や声などでしか人物を把握出来ない。

 読書が好きだったり絵を描くのが好きなのが原因かと思ったが、母も若い頃から視力は良くなくて、執務で書類などを見る時にはメガネをかけているので遺伝なのかも知れない。

 ただ私ほど悪くはないようで、そこまで分厚いメガネをかけることもないし、メガネ姿が知的でいいと父は結構気に入っているらしい。

 だが私は違う。

 手紙や本を読むのにもかなり分厚いレンズのメガネを着用しないとならず、ダイエットのお陰で何とか得た「ミステリアスで憂いのある美貌」が、愛用のメガネをかけた途端に「笑いを取りに行く喜劇のヒロイン」となってしまうのだ。

 私が三つ上であっても何とかルークの結婚相手として認めてもらったのには、この見た目が大きな要因を占めていると私は思っている。

 何かしらのメリットがなければ、政略とは言えわざわざ自分よりも年上の女を娶る必要などないのだから。

 何と言っても彼は唯一の跡取りであり次期ラングフォード国王であるし、次期王妃となれば家柄も良く才色兼備な若い貴族の娘がよりどりみどり。いくら手紙で距離を縮めたとは言っても、私が婚約できたのは奇跡に近い。

 であるならば、私はルークの前でこのメガネを着用する訳には行かないし、使用していることすらも対外的にバレてはならない。

 しかし、メガネを着用していない時は足元が良く見えない。いつ派手に転ぶか分からないのでゆっくりと慎重に歩くようになったし、それが優雅で上品と見られている部分もあるようなので、まったくメリットがない訳ではない。かなり不便を強いられはするけれど。


 そしてもう一つの事情は『足の巻き爪』である。

 その程度のことでと笑う人もいるかも知れないが、大した問題ではないのだ。

 私は爪がかなり薄い。そして男性と違い女性の靴はかかとが高く、爪先が尖っている方が足を美しく見せる作りになっている。

 薄い爪の人間が長期間尖った爪先の靴でぎゅうぎゅうと押し込められるとどうなるか。

 一番力の入る親指の爪が負荷を受けて丸まるのだ。

 もちろんこれは私の個人的な結果であって、他の全部の爪が薄い女性が丸まって行くかどうかなど調べてもいないし定かではない。けれど、少なくとも私の場合はそうであった。

 これは巻き爪になった人間しか分からないだろうが、そんな爪の状態で爪先が尖ったかかとの高い靴などを履くとどうなるかと言えば、

「泣くほど痛いし下手すると流血する」

 のである。そんな靴で長時間歩くなどもってのほかだし、かなりの苦痛だ。

 色々治療法は試してみたのだが、あまり芳しくない結果であった。

 麻酔をしてかなり曲がっている部分まで爪をカットしてもらったりもしたのだが、伸びて来たら元通り丸まってしまう状態で、ちっとも素直に伸びてはくれなかった。

 自分で伸びた爪をカットするのもやりづらく、痛みが伴うのでベティーに頼んでいたが、次第に伸びて来ると先端が皮膚に刺さって膿んでしまうし、そうなると靴などとても履けない状態になる。

 心配した母が専属のデザイナーを呼んでくれ、爪先部分だけ皮を使わずに同色の柔らかい布地で覆った靴というものを大量に作ってくれた。かかとも負担を減らすよう少し低めのものだ。

 全てそれはこの国に持ち込んである。私の命綱だ。

 母のお陰で歩くのは大分楽にはなったが、それでも負担がゼロになる訳ではないし、見映えもあまりよろしくはない。良く見れば素材の違いがすぐ分かるからだ。

 だから足元は隠さなくてはならず、ドレスも最近はくるぶしまで出るようなものが流行だというのに、私だけは常にロング丈のドレスのみである。

 あと二日で結婚式が行われるが、ウェディングドレスもクラシカルが好きだからと裾を引きずるようなタイプの物をデザインしてもらった。

 しかし現在の私の一番の不安は結婚式ではなく、その後の披露パーティーである。

 なぜなら夫婦として初めて人前でダンスを踊らなければならないのだから。


「先日も尖っていた爪の部分をカット致しましたし、少しの間ならば問題ないのではございませんか」

「そうであって欲しいわ。下手に流血して、ドレスや床に血がつくなんて羽目になったらと思うと生きた心地がしないもの」

 ベティー以外誰もいない室内で、私はメガネをかけてじっくりと足元を眺める。

 片方の親指だけ少し腫れているのが心配だが、新しい次期王妃のお披露目で私が踊らないという選択肢はないのだ。

「何事も気合いですわ、エマ様」

「……そうね。頑張るわ私」

 メガネもなく、爪先の状態も絶好調ではない状態ではあるが、多少年上であっても、

『見目麗しくて知的で上品、文句なしの高貴な姫君』

 という仮面はルークの前で絶対外す訳には行かないのだ。

 見た目以外に色々と問題を抱える女であることは、出来る限り隠し通さねば嫌われてしまうかも知れない。

 彼が寛大で優しいからと言って、全てにおいてそうであるかなど確証はない。

 ずっと好きだったルークと結婚出来ると浮かれていたが、私の諸事情もろもろで嫌われて冷え切った婚姻生活になる可能性も捨て切れないのだ。

 私は彼と穏やかに仲良く老後まで過ごしたいのである。


 どうか……どうか無事に終わりますように。

 私に出来るのは、ただひたすら神に祈ることだけだった。




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