《わたしの場合02》

 もちろん、あなたがどの大学へ行くかはリサーチ済みだったから、再会するのは容易いことだった。


 外見も中身も違うわたしを見た彼の反応がとても楽しみだった。なのに、あなたは見向きもしてくれない。


 わたしは苦悩した。

 何が違うんだろうかと、悩み続けた。


 理想の女に近付いている筈なのに、なぜ振り向いてくれないのだろう。相手を飽きさせないための会話術、男子うけする魅惑的な笑顔。完璧な筈だった。現に、何人かの男性から告白されるほど。だからって彼がわたしを見てくれないならなんの意味もない。


 何がいけなかったのかと思い悩むわたしに転機がやってきた。


 彼が突然、バイトを始めたのだ。

 そこは、どう見ても流行りじゃない昭和レトロな喫茶店。しかし、そこで働く彼は大学に居る時よりも生き生きしているように映って見えた。そこで、やっと彼が本当に求めているものが理解できた気がした。


 彼が何を望み、何に惹かれるのか。


 流行のものを全て取り払って、敢えて古風な雰囲気が出るようにした。落ち着いて控えめな、それでいて気品があるような女性に見せる。それを形にできるのに時間はたいして掛からなかった。


 準備は完璧。

 そして、わたしはあの喫茶店に足を踏み入れたのだ。


「いらっしゃいませ」


 入った瞬間、彼の視線がわたしを捕らえる。それは、ただ目が合った眼差しではなかった。わたしに恋をした目だ。

 思わず声をかけたい衝動に襲われるけど、なんとか鎮め、何事もないように彼に会釈した。知らない振りをするのがこんなにも緊張するなんて初めて知った。


 彼の食い入るような視線を感じる。

 なんて、幸せなのだろう。

 彼の視界に入れただけで死ぬほど嬉しかった。


 それから、毎週土日には必ず喫茶店へ通い、この見晴らしのいい席であなたを観察する。

 大学ではもてる今時女子を、喫茶店では清楚感溢れる彼の理想の女を演じ分けていた。わざと大学では接点を持たせないようにするのが目的だった。その目論見は成功し、大学でのわたしにはまるで気が付いていない様子。全てはあなたの何もかもをこのノートに書き留めるため。


 そしてこの三ヶ月間、わたしに恋する彼を書き綴ってきた。どうやって話し掛けようか、どこかに会話のきっかけはないか悩んでいる彼を見るのはとても至福だった。


「お客様、良ければこちらをお召し上がりください」


 突如、注文もしていないのに持ってきた試作品のシフォンケーキ。緊張で震える指先、上ずる声、全てが可愛かった。なのに、会話する機会を自分で壊してしまった彼。落胆して戻っていく姿に、わたしは無意識で声を掛けた。


「あの」


 振り返る彼に、わたしは優しい声で言う。


「食べ終わったら感想伝えますね」


「ぜひ、お願いします」


 まるで、今にも跳び跳ねて喜びたいような表情を浮かべる彼を愛おしく感じた。けど、わたしの一言で翻弄されるあなたをもう暫く見ていたいから、告白なんてしてあげない。わたしがあなたを見つめてきた分、次はあなたがわたしを想い見つめる番なんだから。


 シフォンケーキをフォークで一口サイズにカットして、生クリームをたっぷり付ける。口に入れた途端に、生クリームの甘さとアールグレイの風味が広がった。


「さすが、叔父様の作るものは完璧……」


 もしメニューに追加されたら、三時のおやつに頼むようにしよう。そうすればまた、彼と接する時間が増えるもの。


「さてと……ケーキの感想を言わなくちゃ」


 珈琲を持って近付く彼に、わたしはまた小さく微笑んで見せた。こうして、今日がまた始まる。




 あなたとわたしが恋い焦がれる一日が……




 これは、とある喫茶店で起こった小さな物語である。




                                          【完】

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とある喫茶店の小さな物語 石田あやね @ayaneishida

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