第10話 全部混ぜる

ケルクの家に着くと、ケルクの妻が帰りを出迎えた。


「あなた、今日は早かったんですね……あら、美人」


ケルクの妻はフォルテを視界に入れた途端に言葉を失ってそう呟いた。


「それでは、これから作るものはただ肉を焼くだけではなく工程が多いからな、そなたにも手伝ってもらうぞ。名前は?」


「……妻の名前はマテナと言います」


惚けて返事を返さない妻の代わりに、ケルクが名前を言って紹介した。


「ふむ。それで、ケルクはいつもここで準備をしてあるのか?」


フォルテの質問にケルクは頷いた。


妻のマテナが自分達の食事を作る前に、下準備をするのだそうな。


といっても、肉の塊を一口大に切って串に刺して、少量の塩を振るだけ。


屋台のレベルでは、胡椒を使う様な事はない。


それどころか、胡椒は高級品で一般的な家庭には置いてないそうだ。


「それでは、ケルクは肉をミンチにしてもらおうか」


「ミンチですか?」


フォルテの指示に対してケルクは疑問を口にした。


ミンチと言う単語を知らない様である。


「ぬ? ミンチが分からんか。そうだな、細かく切ってグチャグチャにするんだ」


ケルクはますます分からないと言った顔をしたが、フォルテの言う事なので、渋々と言った感じで肉を切り始めた。


日本の様な便利道具はないので、手作業である。


錬金術でぶ○○んチョッパーの様な手動のフードプロセッサーを作っても良いが、今ある物だけでは作れないので今は置いておこう。


「マテナはパンを削ってくれ」


「パンを、削るですか?」


フォルテが持ってきたカチカチのパンを見てマテナも首を傾げる。


「そうだな。これは必要だな。おい、それを寄越せ」


フォルテは、マテナの質問を置き去りにして、ついて来た兵士の被っていた鎧のヘルメットを寄越せと言って手を伸ばした。


「これですか?」


「ああ、早く」


兵士は、訳も分からず自分のヘルメットを脱いでフォルテに渡した。


すると、フォルテは受け取ったヘルメットを錬金術で、おろし金に変えてしまった。


「ええ!」


兵士は自分のヘルメットが形を変えた事に驚き、ケルクとマテナは言葉も出ない程に驚き固まっているが、フォルテはそんな事は知った事ではない。


ちなみに、ヘルメットをおろし金に変えて衛生面は大丈夫かと思うだろうが、錬成の時に金属は分解され、再構成されている為、汚れや菌などは付着していない。勿論、臭いもである。


「これを使ってパンを削るんだ。こうやってな」


フォルテは、今作ったおろし金の使い方を見せて、マテナに渡した。


「おい、手が止まっているぞ?」


ケルクはフォルテがおろし金を錬成した時から動きを止めてじっとフォルテを見ていたが、フォルテに注意された事で慌ててミンチを作る作業に戻った。


フォルテは続いて兵士の鎧を使って大きなボウルを作った。


そのボウルの中に、ケルクがミンチにした肉を入れる。


フォルテの指示により、途中で脂を混ぜてしっかりとミンチになるまで刻んだので、ケルクは息を切らしている。


その肉を入ったボウルの中に入れ、続けてマテナが削ったパンクズを入れると、ケルクとマテナは勿体無いと悲鳴をあげた。


「フォルテ様、何をしているんですか!」


「大丈夫だ。完成まで黙って見ていろ」


ケルクの言葉に耳を貸さず、フォルテはケルクの使っていた包丁を使って柔らかい鳥の骨、ヤゲンナンコツを細かく切ってボウルに放り込んだ。


その後も、卵と酒を放り込んだ後、塩を入れて、全てを混ぜる様にコネ始めた。


フォルテがしっかりコネ終えた後のものを見て、ケルクやマテナはとんでもない物を見る様な目でボウルを覗き込んだ。


付き添いの兵士も、2人を気の毒そうに見ている。


「おい、終わったか?」


「はい、終わりました!」


兵士は、手を洗って戻ってきたフォルテに頼まれていた事を終わらせて敬礼した。


「そんなに畏まらなくてもいいぞ?」


つい反射で敬礼してしまったので兵士も苦笑いである。


「よし、それじゃ2、3枚使うか」


フォルテが兵士に頼んでいたのは取ってきた野草を錬金術で作ったプランターに植えてもらう作業であった。


大量に取ってきたので全ては使わないので、それからこの家で栽培してもらおうと思っている。


なんせ八百屋で売っていなかったのだ。


このギザギザとした葉っぱ。


香りが強く食欲をそそるシソである。


無ければ諦めようと思っていたが、野草として咲いていたのはラッキーであった。


こねたミンチ肉を2つに分け、片方にシソを入れて混ぜた。


それを見ているケルクとマテナはそのグチャグチャな見た目に雑草が混じったものを見て泣きそうである。


2人にとって、使った肉は売り物で、それを使わなければ明日の仕入れやご飯も無いのである。


「よし、これで完成だ」


完成。その言葉を聞いてケルクは眩暈がする思いであった。


貴族様とは言え、言う事を聞いた過去の自分を恨んだ。


「ほら、ケルク、串を打つのを手伝え」


「は、はい……」


ケルクはもう自暴自棄になって、フォルテの言うままに串を刺した。


串もフォルテの錬金術によって作った太いものである。


それに作ったミンチを握ってボール状にして3つほど刺していくのだ。


ここまで来たら日本人なら分かるだろう。


つくね串だ。


しかも軟骨入り


バリエーションとしてシソ入りもある。


完成した物は、ミンチの存在さえ知らないこの世界の人には残飯の様に見えるだろう。


後は炭火で焼くだけ。


それは屋台へ移動してからのお楽しみだ。


フォルテは、完成した軟骨つくね串をケースにしまって、精気のない顔をしたケルクとマテナを連れ、屋台へと戻るのであった。


鎧を取られた兵士が、自分もさることながら、2人を気の毒に思っていた事は不思議ではない。



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