第6話 朝食2

トマトソースが届いた事で、フォルテは鼻歌を歌いながらパンへと手を伸ばした。


ロールパンの様なパンはやはり日本のものよりも少し硬い。


パンを片手で持ち、ナイフを使って横に切り裂いた。


片手を器用に使って落とす事なく2枚に分かれたパンを本の様に開く。


この時のポイントはパンを少しだけ繋げておく事だ。


開いたパンの片方に、反対の手でナイフとフォークをトングの様に器用に操ってベーコンを乗せ、その上に目玉焼きを重ねる。


トングとして使うにはフォークよりスプーンの方が使いやすいが、フォークでもやれないことはない。


黄身を潰さない様に慎重に乗せると、その上からお待ちかねのトマトソースを適量かけて、開いたパンを優しく閉じる。


即席のハンバーガー。いや、ハンバーグを使っていないのでサンドイッチになるか?


そんな事はどうでもいいか。作っている間からよだれが止まらずに辛い事になっている。


サンドイッチ(仮)を両手で持ち、大きな口を開けて一口齧り付いた。


齧り付いた反対側からトマトソースが溢れ、手の平を汚そうが関係ない。


パンに挟まれたベーコンとトマトソースの味がガツンと脳を揺さぶる。


しかしまだこれではこのサンドイッチ(仮)の真価は発揮されていない。


一口目を飲み込むとすかさずもう一口。


自らが齧った横から溢れるトマトソースが口だけでなく頬までも汚してしまうが、これはもう後で手といっしょに拭くことにしよう。


周りに見られる事の恥ずかしさよりも、味わう事の方が大事なのだ。


ベーコンの旨味にトマトの甘味と酸味が効いたソース、そしてその酸味をまろかかに包み込む黄身のハーモニー。


全てが一つになったジャンキーな味。


ここにあの飲料さえあれば間違いなく天国だっただろう。


あの黒くて甘い魔法の炭酸飲料。


あれが無いのが悔やまれるが、あれもいつかは飲む事ができるだろうか?


その時はこのサンドイッチ(仮)ではなく、もっと肉肉しいハンバーガーで乾杯したい。


おっと、他のメニューの事を考えるなんてサンドイッチ(仮)この子に失礼だ。


フォルテは一口一口噛み締めながらサンドイッチ(仮)を平らげた。


フォルテが食べ終えると、食べてる間は気にならなかった視線に気づいた。


隣のケミーニアは勿論、ガストンもコチラを見ていた。


「手を拭くものをもらえるか?」


フォルテの言葉に、使用人がタオルを持って来てくれた。


本当は舐めとりたいが、流石にそこまではマナー違反であると分かる。


フォルテが出た口を綺麗に拭うと、フォルテはガストンにニヤリと笑って質問した。


「汚い食べ方だとおもうか?」


「いえ、そんな事は……」


「別に俺に気を使う必要なんてないさ。一つにまとめて食べるなんて食べ方、お貴族様はしないだろう?」


「いえ、私もやります!」


フォルテに強要されているとでも思ったのか、ガストンは慌ててパンを取るが、上手い事パンを切る事ができない。


それを見たフォルテは、チャレンジ精神のある奴だなとガストンに感心をもった。


自分も前世では食わず嫌いでは無いが、新しい食べ物にチャレンジする時はドキドキとしたものだ。


フォルテは笑顔で席を立つと、ガストンからパンを取り上げ、器用な手つきでサンドイッチ(仮)を作るとガストンに渡した。


せっかくなので、何か名前でもつけた方がワクワクするかと思い、サンドイッチ(仮)に名前を添えてガストンに手渡した。


「月見サンドだ、召し上がれ」


月見サンド、少しニュアンスは変えてあるがある季節になると沢山のフードチェーンが使う冠名だ。


その名前を聞けば、皆がそれを求めて動くほどの魅惑の名前。


今度はちゃんとパティもある物を食べたい。


そんな妄想をフォルテが考える中で、ガストンはフォルテから受け取った《月見サンド》を見つめて喉を鳴らした。


これは待ちきれないと言うよりは、恐怖心からであった。


料理とは、料理人が出す完成された食べ物だ。


一番美味しい状態で出されるし、ディナーであれば、一番美味しく食べられる順番で提供される。


それを、自ら一つにまとめるなど、まるで残飯の様で、スラムの貧民が食べる物では無いのかと思っていた。


しかし、粗相をあたらいている自分が、これ以上失礼を働くわけにはいかない。


目を瞑り、意を決して月見サンドに齧り付いた。


咀嚼した後、ガストンは、目を見開いた。


パンと言うのは、味気なく、食卓を飾る飾りで、出された物では足りず、食い意地の張ったものだけが食べる物だと余っていた。


しかし、この月見サンドは、朝食を一つにまとめているだけなのに、パンを介して一つにまとまり、単体で食べた時の何倍も美味しく感じられる。


ふと、ガストンは先王の事を思い出した。


先王は、パッとする功績もなく、ケミーニア様の陰に隠れ、国民達からはケミーニア様が王になればなどと囁かれる事もある緒方だった。


しかし、そんな国民に何もしないと言われる先王がご存命の時には、仲違いする領であっても、一つのいざこざも起こらず、平和な世の中であった。


その裏では、不穏な空気が流れる貴族達の仲を、先王が取り持っていたからだと言われている。


そんな先王だったから、ケミーニア様は配下に付いたのだと。


あくまで、噂話だ。


しかし、先王はこのパンだったのだ。


単体では味気なくても、皆を一つにまとめてより大きな物とするこのパンと同じだったのだ。


ガストンは思考至高の海から戻ってくると、ソースで手と口を汚したままとびきりの笑顔でフォルテを見た。


「とても、美味しゅうございます、フォルテ様」


その言葉を聞いて、フォルテも満足そうに頷いた。


「そうだろう、美味いだろう」


フォルテとガストンが意気投合する中、野菜の器を持ったケミーニアは、疎外感を感じながら自分の持つ野菜を見つめていた。



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