第7話 エルフの感情

ケミーニアは、自分の尊敬するハイエルフ、フォルテのはしゃぐ姿に衝撃を覚えた。


エルフの里にいた頃、お見かけする事が何回かあったが、厳格なイメージで笑顔など見たことはなかった。


それが、食べ物という生きる為の糧にしか過ぎない物に子供の様に一喜一憂して、手や口が汚れることも構わずに、幸せそうな顔を浮かべる。


他のハイエルフ様を見ても、あの様な表情が豊かな方は見た事がない。


エルフは、寿命が長い分、喜びという感情が薄くなっていき、表情が乏しくなる。


その感情の浮き沈みが少ない事を大人と捉えて、慣れていってしまい、その達観した存在を尊敬していた。


その中でも、エルフの里をっていく者達がいる。


成長と共に感情が希薄になっていく中で、人の営みや他種族との交流に尊さや別の感情を見つけて、変化の無いエルフの里を去る者達である。


他種族と過ごす事で、他種族の喜怒哀楽と言った感情に触れる事で、エルフ達の生活にも変化が生まれ、感情が希薄にならずに人と過ごす事ができる。


ケミーニアを尊敬し、エルフを崇める人々も、エルフの里に行けばその里のエルフ達の感情の希薄さに恐怖を覚えるほどだろう。


そんな人と同じ様に喜怒哀楽の感情が豊かな人と暮らすエルフ達であっても、他種族の理解できない感情があった。


それが食欲である。


エルフにとって食事とは生命を維持させる為の行為でしか無く、草食系長命種であるが故に燃費が良く、数日食事を取らなくとも生命活動に支障はない。


人の世界で生きるエルフ達にとって、食事とは、他種族とのコミュニケーションツール位の意味合いしかない。


同じ空間で生きる中で、食事の席と言うのはコミュニケーションを取るのに大切な場所だとは理解している。


他種族と触れ合う事を求めるものの、食欲、食事といった物には興味がない。


しかし、食事の席で自分だけ物を食べないと言うのは違和感がある為、仕方なく食事をしているだけであった。


だから、ケミーニアは自身が尊敬するハイエルフ様の感情をそこまで揺さぶった人間の食事に興味を持った。


食べたいと思った訳ではない。


何がそこまでのだろうといった疑問である。


目の前でフォルテに勧められた物を幸せそうに食べているこの街の領主ガストン。


その食べ物と、自分が食べている野菜を見比べても、同じ食べ物と言うだけで違いがよくわからない。


しかし、自分と同じ感性であるハイエルフのフォルテさえも熱狂させ、幸せに感じさせる何かがあるのだと興味を持たせるのには十分であった。


しかし、自分が食べている野菜を食べてもいつもと同じであり、何の感情も湧いてこない。


ただ、向かいの席で自分と違う物を食べて幸せを分かち合うエルフと人の姿を見て羨ましいと感じる。


自分だけ疎外感を覚える事に、寂しさを感じる。


食欲と言う欲望が分からないケミーニアは、2人の食事風景を見ながら、自分の喉が動いた事に、気づかずにいるのであった。

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