第三章 せっかくのお茶会、張り切ってまいりますわ(5)





 マグナフォート皇国第一皇女ミルドレッドの皇女宮は、皇宮のしきないでも一段高い場所にあった。これは、皇帝と皇后の住まいに次ぐ位置である。


 皇位継承権がないのにこの破格の扱いは、ミルドレッド皇女の母方の家で、皇女の叔父が当主であるベリロスター大公爵家ゆえ。


 ベリロスター家は、皇族と祖をおなじくする由緒正しい血筋。その領地には鉄鉱山や金鉱、数々の宝石鉱山を抱え、唯一マグナフォート鉱山だけがないといわれるほどに資源豊かな土地だ。ミルドレッドは亡き祖父から受け継いだ資産をさらに投資で増やし、年々ふくれ上がる皇室費をも援助しているという話である。



「……という、かなりのやり手でございますのね、ミルドレッド皇女殿下は」



 窓にカーテンを下ろし、なかの見えない馬車でアンジェリカが口を開く。いまの話は事前に侍女長から聞いた話だ。



「ああ、皇族とは思えないりんしよくぶりだ」



 エイベルの吐息がカーテンのうちより聞こえる。



「吝嗇とはなかなかのお言葉。皇女殿下と仲はよろしくないんですの?」


「苦手なタイプというだけだ」



 そっけない言葉が馬車のなかに響く。


 馬車は皇宮の敷地の整備された道路をゆるやかに進む。やがてきらびやかな門とその奥の宮殿が見えてきた。エイベルの皇子宮より三倍はありそうだ。



「そろそろ皇女宮でございますですわね」


「本当に茶会に参加するんだな。手助けはしないぞ」


「もちろん。ご心配なくってでございますわよ」



 重いカーテンを通してふたりの会話が響く。



「せっかくのお招きですもの。張り切ってまいりますですわ!」





「皇女殿下。エイベルご夫妻の馬車が間もなく到着とのこと」



 花々をあふれるほどに飾ったテーブルの前で、侍従が一礼する。


 ここに集うのは着飾った貴族の令嬢たち。


 みな若く、美しく、着ているドレスはいま皇国でもっともりのデザイン。大仰にスカートをふくらませるのでなく、シンプルで体の線を際立たせる形だ。派手さより趣味のよさが優先で、高い生地を使い、羽織るガウンの裏地に凝り、ブローチやネックレス、髪飾りの意匠で華やかに見せるスタイル。


 花々が咲き誇るような令嬢たちのなかで、ひときわ目を惹くがいる。


 最上のレースを使った上品なドレス、きやしやな肩へ流れて輝く栗色の髪、あでやかな紅い唇に、見るものを魅了する魔性の緑の瞳……。


 彼女こそが、ミルドレッド・ディ・ベリロスター・マグナフォート。


 エイベルの姉で皇国の第一皇女であり、この茶会を主催した主人である。



「いよいよ、アンジェリカ姫のご到着ですわね」「どのような方かしら」


「皇女殿下がご招待なさったのでしょう」



 みなはさんざめき、ミルドレッドは愛らしいえくぼで優雅な笑みを見せる。



「ええ、大変に興味深い方とうかがって」



 短い言葉でミルドレッドが答えれば、いっそう令嬢たちはおしゃべりになる。



「エイベル殿下がたいそう入れ込んでいらっしゃるとか」「うかがいましたわ。まさかあの〝氷の君〟のお心を溶かす方がいるとは……」



 ミルドレッドはおうような笑みでみなの会話に加わる。彼女の緑の瞳は好奇心と期待、そしてどこか、なにかをたくらむようなきらめきに満ちていた。


 そのとき、門の方角からかすかなざわめきが聞こえた。


 何人かの令嬢が耳ざとく気づいて振り返る。育ちのいい彼女たちのこと、決してあらわな感情は見せないが、そわ……っと空気が浮足立つ。


 そこへ高らかな呼び声が響いた。



「エイベル第一皇子殿下、アンジェリカ姫、ご到着にございます」



 控えていた使用人や護衛の騎士たちが、自分の職務を忘れて一斉に門の方角を見やる。令嬢たちはひそやかな笑みをかわし、ミルドレッドに目線を送る。


 高貴な第一皇女は悠然とした態度で、お茶のカップを手にほほ笑み返した。


 そこへ執事に先導されて、ふたり組が庭園の小道を歩いてくる。みなはミルドレッドにならい、落ち着いて待ちかまえた。──だが。



「わたくしがアンジェリカでございます」



 テーブルの前に立ったアンジェリカに、姫たちのあいだに驚きが走る。



「皇女殿下、新参のわたくしをお招きくださって感謝いたしますですわ」



 なんとアンジェリカは、皇国スタイルの男性の狩猟服。しかも、身の丈の半分はありそうな大きな牙を肩にかつぐように抱えている。


 呆気にとられる令嬢たちの前で、彼女は腰に手を当て優雅にほほ笑んだ。



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気になる続きは、明日9月27日更新!

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