第三章 せっかくのお茶会、張り切ってまいりますわ(2)





「……それで、不様にも逃げられたわけだな」



 手厳しい言葉が、エイベルの唇から投げられる。


 うぐぐぐ、とアンジェリカは言葉に詰まった。


 皇子の自室で、ふたりは向き合っていた。お互いソファに腰を下ろしており、戸口では護衛のティモシーが笑いをこらえる顔で立っている。



「だ、だって仕方がないじゃございませんの。あそこで無理に引き留めて、こちらの誠意を見せず要求だけしても、味方になどなっていただけませんことよ」


「その誠意とやらのために、再び僕の命を危険にさらす可能性があるのだが?」


「二度も三度も襲撃をゆるすほど、貴方も間抜けじゃございませんわよね」



 悔しさをこらえ、アンジェリカはいい返す。



「それより、お話とはなんでございますかしら。わたくしの不始末を皮肉って糾弾するためにお呼び立てなさったんでございますの」


「もちろんそれもあるが」



 澄ました顔で答えてアンジェリカをますますぐぬぬ、とさせると、エイベルはティモシーに目をやった。すぐさま騎士は執務机に置かれた一通の封筒を取り、アンジェリカにうやうやしげに差し出す。



「実は茶会の招待状が届いた。面白いことに、僕らそろっての招待だ」



 甘い香水の匂い付きの封筒で、ふうろうの紋章入り。獅子は皇国の紋章、ということは、差出人は皇族か。アンジェリカは受け取ってなかの手紙に目を通す。



「差出人は〝ミルドレッド・ディ・ベリロスター・マグナフォート〟……これは、どのような方でございますの。女性なのは確実でございますけど」


「それを教える義務も義理も僕にはない」


「あら、そうでございますの。よろしくってですわよ」



 取り付く島のない答えに、む、とアンジェリカは眉を逆立てる。



「どのみち、わたくしのもくどおりの運びになっているのでございますもの」



 なに? とけげんな顔になるエイベルに、アンジェリカはほくそ笑む。



「日刊マグナフォートというタブロイド紙をご覧あそばせですわ。あとでメルに届けさせますですわよ。それと、貴方に義務はなくとも、ほかの方には差出人について尋ねてよいということですわね」


「君がどう受け取るかは自由だ」



 エイベルは冷ややかな口調に戻った。だが、まなざしには興味深そうな光が宿っている。おや、とアンジェリカは意外な想いで目をみはる。



「ご用件が終わったなら、茶会の準備に取りかからせていただきますわ」



 アンジェリカはすっくと立ち上がって会釈すると身をひるがえし、ティモシーがうやうやしげに開く扉からさっさと退散した。



「姫君、改めてお礼を申し上げます」



 廊下に出たとたん、騎士が頭を下げる。アンジェリカは戸惑い気味に返した。



「え……と、なんでございますかしら。騎士さまにお礼をいわれるようなこと、わたくしはした覚えはございませんですわよ」


「殿下が、あんなふうに楽しそうに語らうのは久しぶりなんですよ」


「楽しそう……え、あのお姿が楽しそうでございましたの!?」



 思わずアンジェリカはあつられた。


 だってずっと表情はほぼ変わらず、口を開けば出てくるのは嫌味と皮肉。それなのに楽しんでいたって? まあ、皮肉で面白がっていたみたいだけれど。



「それは……それは、まあ、ようございましたですわ。それはそれとして、ミルドレッド嬢はどんなお方かご存じですかしら?」



 エイベルから訊けないなら、とアンジェリカは尋ねる。



「ミルドレッド殿下は、エイベル殿下のお母上違いの姉上です。御年二十三歳。陛下のご子息のうち、第一皇子の殿下より年上なのはミルドレッド殿下のみです」



 つまりは異母姉か。皇族とは思ったが、意外に血が近い。


 マグナフォートでは、女子に皇位継承権はない。だから明確な権力者とはいいにくい。しかしアンジェリカを茶会に誘うところを見ると、社交的でかつうわさ話に目がない性格のはず。そのうえ皇族なら人脈も広そうに見える。



くりいろの髪と緑の瞳の麗しいお方ですよ。さすが殿下の姉上です!」



 誇らしげに語るティモシーに、アンジェリカは冷静に尋ねた。



「外見はともかく、性格は? 社交界での立場はいかがなのですかしら」


「そうですね、優雅で話し上手で、意外にやり手だって話は耳にします」



 うーん、とティモシーは腕組みして目を上げる。



「商人への援助や困窮した貴族に金を貸しているとも聞いてますね。いまや、皇女殿下の母上である第二妃のご実家の大伯爵家より、資産家らしいです」



 金貸しなんて古来から恨みの対象になるのに、生活に困るはずのない皇族がなぜそんな真似をしているのか。興味深い、とアンジェリカはいまの話を胸に刻む。



「国のうわさにおくわしいんでございますのね、騎士さまは」


「いや、そんなことは。先ほど姫君がおっしゃってた日刊マグナフォートを母……侍女長が購読してるんです。皇子宮出入りの商人に頼んで週に一度まとめて持ち込んでもらって。それを、おれもたまに読んでるだけです」



 照れたようにティモシーは頭をかく。


 アンジェリカは唇の端で笑んだ。記者として雇われて、いや、雇わせたから、自分も記事を載せる。それに彼も目を通すかと思うと、面白くなる。



「お母さまならほかにも色々とご存じのようでございますわね。お話をおうかがいしたく思いますわ。お茶会の支度もございますし、よろしくお伝えくださいませ」



 はい、としゃちほこばって答える騎士をあとに、アンジェリカは歩き出す。


 忍ばなければ外に出られない軟禁状態だが、招待されての茶会とあれば堂々と外出できる。高揚に足取りが軽くなった。


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