八.
ねぇ、どうすれば見てくれるの。
何でもするよ。いい子にする。
勉強も頑張って、いい成績を取って。
なのになんで見てくれないの。
なんで愛してくれないの。
自分を殺して、求められる人になろうとしただけなのに。
何がいけないの。
誰か答えて。
僕を見てよ。僕を愛してよ。僕を、
───一人にしないで。
***
囚われた亡者達のの思いが、闇が、引きずり込もうとする。
新しい仲間が来たと喜びに狂ったような笑い声が響く。
老若男女様々な声があちこちから聞こえてきて、聞き続けているとおかしくなりそうな程の不協和音だった。
亡者達の思念が全身にまとわりつき、葵の奥深くの『なにか』をこじ開けようとする。
「───っぁ」
あまりの気持ち悪さに逃れようと身をよじる。
泥沼に足を踏み入れたかのように沈んでいく。
片手に天音の手の感触はあるが、天音は大丈夫なのだろうか。
───足リナイ。アノ感情ガ。ドウシテ。
複数人から口々に言われているせいで酷く聞き取りにくい。
先程までの笑い声が嘘みたいに静かになる。
足りないって何が。
───早ク思イ出シテ、一緒ニナロウヨ。
思い出すって何を。
魂達の言っている意味が分からない。思い出せば分かるのだろうか。
思案していると、当然空間が揺れ巨大な腕が現れた。途端、葵に群がっていた亡者達が悲鳴を上げ姿を消し始める。
腕は葵を無視して逃げ惑う魂を無造作に捕まえると、天井へと上がる。
天井には大きな牙が生えた口のようなものがあり、そこに捕まった魂達は放り込まれ喰われた。
あまりのことに唖然としている間に、腕も亡者達も消えており二人だけが残る。
「今のは……」
「多分……喰われたん……だと思う」
天音に視線を向けると、額に汗をかき、肩で息をしており酷く調子が悪そうだ。
先程の亡者達との接触が原因なのだろうか。
来る前とは異なる弱々しい雰囲気に心配になる。
「天音、大丈夫……?」
「ん。大丈夫……だよ。とりあえず、先に行こうか」
笑みを浮かべてはいるが無理していることは一目瞭然だった。
周囲には池波らしき人物もおらず、戻るにも方法が分からない。
辺りを散策すれば見つかるかもしれないが、この状態の天音を置いていくのは気が引ける。
とりあえずその場に天音を座らせて途方に暮れていると、
「───今の葵には池波にあうことも、出ることも出来ないよ。葵は忘れているから。大切な感情を。───『俺』が手伝ってあげる」
背後から男の声が聞こえると同時に、身体に衝撃が走る。
痛みはない。だが身体の奥深くに手を突っ込まれ漁られるような感覚が続く。
後ろを振り向きたいが身体が動かず、されるがままになっていた。
「多分ここら辺に───あったあった」
何かを引き抜かれるのに引きずられるように力が抜けていく。完全に抜かれた瞬間、身体を支えることが出来ずその場に崩れ落ちた。
たった数分の出来事に理解が追いつかないまま地面に突っ伏す。
「お前……なんでここに。それ……返してよ」
「嫌だよ。『これ』も開きかけてる。だから俺が力を貸しに来たんだよ。天音もそんな状態だしね」
天音の声が震えていた。
男はおどけた口調で返していたが、お互いに面識がある感じだ。
いや、そもそも。
力を振り絞り頭を上げると天音の足元が視界に入る。どうやら葵を庇うように立っているらしく、男の姿は見えない。
天音を押し退け、男が葵の前にしゃがみこみながら覗き込んでくる。
「君……は……」
目を見開き固まると男は満足そうに頷いた。
声を聞いた時からまさかとは思っていた。だが、見て確信する。
男が口を開き、
「こうして顔を合わせるのは初めてだね。初めまして葵。俺のことは……そうだな、アオとでも呼んで」
自分と同じ顔、同じ声でアオと名乗った男は微笑を浮かべた。
言葉を失う葵を横目に、アオは再度天音の近くに行く。天音はその場に倒れており、葵と同じように起き上がれないようだ。
「あーあ、無理しちゃって。ダメだよ天音。俺には良くても天音にはキツイでしょここは。ここは俺に任せて。天音に居なくなられると困るし戻ってなよ。それに、天音は今はちょっと邪魔なんだよね」
「うる……さい。僕はまだ───」
天音の口振りからアオのことを知っているみたいだ。
口を開いた天音を無視してアオが天音に触れた瞬間、天音が消えて腕輪に変わって葵の腕に戻る。
アオの白シャツの袖が僅かに上がり、腕が見えて息を飲む。
少ししか見えないがそれでも分かるほどの傷跡。
「その傷は……」
「ああ、これ?───『俺』は『俺』が嫌いだからね。それでついた傷」
袖を元の位置に戻りしながら答えるアオの余りに淡々とした様子に、鏡と向き合っているように姿形は同じなのに本当にこれは自分なのだろうかと思う。
天音の時は確かに自分だと感じたのに、アオに対してはその感覚が無い訳では無いが薄い。
アオは葵の考えに気づいたのか、
「酷いな。俺は天音と同じで葵の一部なのに。最も、天音とは逆の存在なんだけどね」
再度葵の前にかがんだアオは口を尖らせ片手に収まっている箱を弄る。
箱は全身鎖が絡まっており、微かに蓋がズレていた。
逆とはどういう意味だろうか。それに天音は大丈夫だろうか。
「月と太陽、昼と夜、光と影、男と女、生と死。昔から人はあらゆる事象を陰と陽に分類して考えていた。これに当てはめるなら、俺の性質は陰で天音は陽であり、対立する立場なんだよ」
指を二本見せるように立てながらアオが話し始める。
「この空間は陰の気が強いから。俺にとっては
楽だけど、天音にとっては苦痛でしかない場所。だから調子悪かったんだよ。それでも無理して居続けるから困るよね。あぁ、天音は寝ているだけだから安心していいよ」
嘆息しながら肩を竦めるアオに、葵は気力を振り絞って問う。
「アオは……味方なの……?」
目を細め口元の笑みを深めたアオは、
「さぁ、どっちだろうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。おっと、早くしないといけないね。さて、じゃあ『コレ』を返してあげるね」
地面が再び鳴動した。
箱に指を添わせると鎖が崩れ落ちる。そのまま箱を葵の身体に再び押し付ける。
逃げようとするが、身体が動かずにされるがままになる。
入ってくる度に、動く気力は戻ってくるが同時に全身を底知れない悪寒が走った。そんな感覚を知らず、葵はパニックになりかける。
自分の中にあったはずのものなのに、今は中に戻されることを拒否しようとする。
「駄目だよ、拒否しちゃ。これは葵のものだ。葵にとって大切な『記憶』であり、思い出さなきゃ行けない『感情』。それに───思い出すことが今回の鍵になる」
小さな悲鳴が葵から上がる。
嫌がる葵を上から抑え、アオはなおも箱を中に戻していく。
アオの腕の傷から血が滲み、白シャツを赤く染め始めていたがそれに構うことなく続ける。
間もなくして箱が全て葵の中へと入ると、中から出される前まで認識すらしてなかったその存在を認知する。
「無理やりに近い形だったけど、なんとかきっかけは作った。時間がないから荒療治になるけど、あとは君自身が自覚して受け入れて───乗り越えなきゃいけない。葵、先に葵の中の世界で待ってるね。また後で」
そう言い残し、アオは音もなく消えた。
脱力感が葵を襲い、床に倒れたまま息を吐き目を閉じる。
眠りにつけばアオが言う何かを思い出す予感がし起きていようとしたが、強い睡魔に抗うことが出来ず葵は意識を手放したのだった。
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