七.

「暁月、少し手伝ってくれません?」

「手伝いは要らないんじゃないのかよ」

「あとのことを頼んだだけで、別に要らないとは言っていないよ。それに───」

「ええいっ!なんじゃこのぶにょぶにょは!!届かんではないか!こやつの魂が見えんしっ!」


 刀から椿姫の苛立った叫びが聞こえる。

 襲いかかる攻撃を避けながらら、黒緋が眉を下げうすい笑みを浮かべた。


「どうにも刀が通らない。弾かれちゃうんだよね」

「いや、俺でも変わんねぇと思うんだが?」

「ほら、刺すのと殴るのとじゃ違うから。試しに、ね?ご丁寧に部屋の広さまで変わったから動きやすいし」

「何が『ね?』だ。つかこの化物、悪霊っていうのが正しいのか?それか悪鬼?……なんか鬼がつくと仲間みたいで嫌だな。取り敢えずやってみるが、出来なくても文句言うなよ。葵、帽子邪魔だから持っててくれ」


 壁際にいた暁月が被っていた帽子を脱ぎ、葵に投げた。

 黒緋の側へと歩みを進める暁月の片手には、いつの間にか一本の紅い炎を纏った鉄製の金砕棒かなさいぼうが握られていた。手で持つ部分は持ちやすいように丸く細めに作られており、打撃部分には六角形の棘が付いている。重たいであろうそれを暁月は何食わぬ顔で右肩に乗せている。正に鬼に金棒。

 まるで重さを感じさせない動きで化物に近づいた暁月が、フルスイングで金砕棒を叩き付ける。

 振動が伝わるかのように化物の全体が波打つ。化物の低い鳴き声と合わさるように、取り込まれた魂の悲鳴が響き渡り不協和音が生じる。

 化物の一部が大きく凹んだが、特に何事も無かったかのように形が戻る。


「やっぱ駄目か。俺の相棒は鬼術でできてるから効くはずなのに効いてる感じしねぇ」

「攻撃自体は避けやすいし、こっちのも当たりやすいんだけどね」


 何度か繰り返すが変わらない状態に、舌打ちをした暁月は一度距離をとる。

 攻撃は確かに遅いから避けれるのだろう。だが、こちらの攻撃も通らないためどうにかしなければ、暁月達であろうと体力が尽きてしまう。


「恐らく、彼奴は魂を完全に喰らって回復しておる。体内に大量にすとっくしておいたものがあるうちは、倒れることは無いじゃろうな。外側からはほぼ不可能と考えても良い。何とも厄介なものじゃ」

「困ったね。私達も体力が無限な訳じゃないし……。椿姫、何か手はないのかな?」

「下手に攻撃すりゃ、消滅する魂も闇雲に増やすことになるしな」


 何かできることは無いのかと葵は焦燥感に駆られる。

 自分には二人のように戦える力がない。目の前で二人が戦っているのに、苦しむ魂達がいるのに何も出来ない。

 化物は攻撃が効かないのが分かっているためか余裕そうだ。攻撃されても避けないで、時折遊びのように反撃する。

 向こうからしたらこの空間に閉じ込めてしまえば勝ちなのだろう。


「ふむ。赤いの、ちょっと彼奴と遊んでおれ。黒緋、ヒトの姿になるので暫くは自分でどうにかしてもらえんか?」

「あ?なんで俺が」

「分かりました」


 再び姿が変わり、刀から一人の少女になる。

 声からなんとなく想像がついてはいたが、やはり姿は子供だ。

 長く艶のある黒髪を持つ綺麗な顔立ちの少女───椿姫は、黒地に紅い椿を散りばめた着物を着ていた。歳は十になるかならないか位に見える。だが、纏っている雰囲気は大人びており、瞳の色や服装が似ているせいか黒緋に似ているように感じた。

 椿姫が少し離れた所に立っていた葵に近づく。


「あの……」

瞋恚しんにの鬼よ。お主、を宿しているな」


 聞き慣れない言葉に目を丸くする。

 それに『似たもの』とは一体なんだろうか。

 椿姫は葵の様子を見て笑みを深めた。


「まだ自覚がないのか。わしの発言で困らせてしまったみたいですまぬ。お主は直ぐに顔に出るのじゃな。愛いやつだ。まぁ、お主がなんの鬼かは今は関係の無い事じゃ。そのうち分かる。寧ろ、今重要なのはお主と、お主の力じゃよ葵」

「俺の力……ですか?もしかして───天音のこと?」


 口元を袖で隠しながら小さな笑い声を漏らす椿姫。

 椿姫が視線を向けるものが何かに気づき、葵は天音のことだと理解する。


「そうか、名は天音と言うのか。さて、天音よ少し出てきてはくれぬか」


 白く細い手が葵の腕輪に触れる。


「───武器もない僕たちに何ができるっていうのさ。あんな化物相手に」


 腕輪から天音の声はするが、姿は見せない。

 僅かに棘を感じさせる言い方だが、椿姫は気にする様子もなく続ける。

 天音はどうしてか黒緋のことも少し避けているように感じる。


「逆に今はお主達ではないとどうにもならんのだ。外側から無理なら相手の内側からやるしかあるまい。今ここに居る者の中で出来るのはお主らしかおらんのよ」

「椿姫だって僕と同じで相手の魂に干渉出来るんじゃないの?」


 問われた椿姫は肩をすくめる。


「確かに出来る。じゃが、わしも黒緋も破壊することしか出来ん。相手がどう思おうが関係なく、壊し、喰らう。わしはなのじゃ。わし自身も地獄による救いすら許されぬ者の魂を喰らうことを喜びに感じておる。───それは、我が主である黒緋も同様じゃ。いや逆か、わしは黒緋の一部なのだから」


 ぺろりと舌なめずりをした椿姫は嘘をついているようには思えなかった。尖った牙が僅かに空いた隙間から見える。


「話を戻そう。今回の場合は、そもそもわしと彼奴の相性が悪い。自身の魂を何層にも壁を張って隠しておるし、わしらを敵として認識している為に入らせもせん。まぁ当たり前じゃがな。中に入られて荒らす危険分子を自ら入れる馬鹿はそうそういないじゃろうて」

「それで、僕たちに池波に取り込まれて中で接触しろってことなんだ」

「おいっ、それって……葵とそこのガキ───天音っつたか、二人に、一番危険なことをさせるって事じゃねぇかっ!」

「ほぉ、赤いのにも天音が見えておるのか。この空間のおかげか。わしも一度認知される前までは他の奴に見えなかったからのう」


 葵達に危害が加わらないよう牽制しながら話を聞いていたらしい暁月が、こちらに聞こえるような声量で言う。

 確かに天音は葵と、理由は分からないが黒緋以外には見えていなかった。

 だが、今確かに暁月は天音のことを認識していた。

 椿姫が目を細める。


「では赤いのと黒緋がこのまま彼奴のすとっくが無くなるまで潰せば良い。わしはそれでも構わぬ。無くなればあの装甲は無くなるじゃろうし」


 暁月が悔しそうに顔を歪めた。

 音がなりそうなぐらい歯を食いしばる暁月に黒緋は、


「こんな遠くで話していても仕方ないから、向こうで話してきていいよ。ここは私だけでも暫くは大丈夫だから。椿姫程じゃないですが、充分戦える刀もあるからね」

「最初から出せよ、それを。腰に差したままにしたがって。───すまねぇ、ちょっと行ってくるわ」

「君がいる間は鬼術だけでも行けそうだったからね。けど、使い続けるのも疲れちゃうから」


 腰に差した鞘から刀を抜く黒緋に暁月はそう返してその場を離れ、椿姫の前に立つ。


「良いのか?黒緋一人にして」

「あいつが大丈夫っつってんだから大丈夫なんだよ。分かりきった事聞くんじゃねぇよ。───それよりも」


 暁月が何か言いたげに葵に視線を向ける。

 言いたいことは何となくだが分かる。

 多分暁月は、葵を心配してくれてるのだ。

 それでも、


「───俺、行きます。いいかな?天音」


 真っ直ぐに暁月を見返す。

 暁月の瞳が揺らぐ。

 天音が姿を現し、眉根を下げながらも笑みを浮かべた。


「葵がそう言うなら。ただ、椿姫が言ってた通り多分かなり危ないよ。それでも行くの?」

「俺がどうなろうが、それで黒緋も、暁月さんも、囚われた人が助かるなら」


 迷いはない。自分が出来ることがあるのだから。


「すまない。だが、無理はするな。もし、どうしても無理なら俺も黒緋も覚悟はしている」


 固く握る手は震えていて、血が出ないか心配になる。


「わしからも一つ言っておく。人の為と彼奴は言うが───お主と彼奴は根本が違う。忘れるな。自分を殺してまで他人を優先にすることが必ず優しさということでは無いことを。そして、お前を心配する奴がいることを。


 椿姫は諭すように葵に言う。まるで子供に言い聞かせるようだ。

 葵はただ何も言わずに二人を見てから頷き、ゆっくりと池波へと近づく。


「貴方が無理をする必要も無いんですよ。正直私は暁月と違って、貴方が危険ならば他の魂事消すことも構わないと思ってます」

「でも、俺は俺の力で助けたい。───二人の力になりたい。だから、行きたいです」


 揺るぎはない。

 黒緋は化物から距離を取り、小さくため息をついた。


「分かりました。なら、これを持っていてください」

「これは……」

「以前、頂いたものなんです。手作りなんですよそれ。───貴方に預けます」


 片方の耳飾りを外し、葵に渡しす。黒緋が何時もつけているものだ。


「それ、もし良ければつけていてください。そうすればそれが


 葵にもピアスの穴は空いていた。

 受け取った耳飾りを付けてみる。

 お互いに左右片方づつ付けているのがペアみたいで少し恥ずかしくなった。


「うん、よく似合ってる。気をつけて行って来てください」


 はっとして首を軽く横に振る。今はそんなこと考えている場合じゃなかった。


「天音、近づけばいい?」

「うん。多分、アレは。だから近づけばいい。それと、黒さんは離れていて」


 黒緋が離れ、化物と葵、天音だけとなる。

 唾を飲み込み、改めて見上げる。

 近くに来るとより分かる。これはこの世にいてはいけないものだと。

 天音が、


「大丈夫、僕がついているよ葵」


 手を握り力強く言った。

 そして、化物が咆哮を上げそのまま天音と葵を丸ごと飲み込んだ。

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