四.
嫌だ。───は嫌だ。
……そうだ。なら、作れば良いんだ。そうすればきっと───にはならないのだから。
***
目人は見た目通りではないのだなっと葵は思った。
「俺、最初暁月さんって気難しい人だと思ってました」
「あんな厳つい見た目ですが実は結構世話焼きなんですよね。あとは可愛い物好き。まぁ見た目のせいかいつも逃げられてるって嘆いてましたが」
「なんて言うかあれですね。好きな人がいて必死に頑張ってるのに振り向いて貰えない人の姿が思い浮かびました」
葵の目の前には大福と暁月がいる。
現世に来てすぐ大福が居たのだが、暁月の姿を見た瞬間固まった。
数秒大福と暁月はお互い見ていたが、暁月が近づくと大福は一歩下がった。
一方が一歩進めばもう一方が一歩下がる。そんな攻防が暫く続いたが、最終的には大福が暁月に捕まった。というよりは、大福が諦めたというのが正しいのだろうか。
バタバタと尻尾を揺らしながら、僅かに不機嫌そうな雰囲気を醸し出しながらも大人しく暁月に抱かれてる大福。
どうやら大福に日向の事を黒緋に伝えて欲しいと頼んだのが暁月だったらしい。
普段は逃げるのに逃げないのはそれがあるからだろうと黒緋から言われた。
ふわふわの毛並みを堪能する暁月の顔は幸せそうだ。
「さて、そろそろ帰ってきてください暁月。話が進みません」
手を叩き、暁月に近づいた黒緋は暁月の手から大福を取り上げる。
口には出していないが、明らかに暁月の表情が名残惜しそうだ。
解放され大福は毛繕いをしながら乱れた部分を直していた。こちらは安堵している感じだ。
今回出たのは人気のない田畑ばかりの町の離れた場所の地蔵だ。
大福は町の入口辺りまで付いてきたが、気づいたら居なくなっていた。暁月から逃げたのだろうかと思ったが、今回は私用があることと暁月が来たことがあるということで帰ったらしい。
「暁月、今回君が声をかけてきたということは
「ああ、そうだ。元々少し厄介なやつだったんでこっちに頼まれたんだが、さらに面倒なことになった。んで、お前に頼んだ」
「あの、滅魂っていうのは……」
また聞き慣れない言葉だ。
「滅魂ってのは、魂そのものの消滅って事だ」
「それは地獄に堕ちる事とは違うんですよね?」
「地獄に堕ちるのは生前溜まった穢れを浄化する為だ。この世の生き物は生きているだけで穢れが溜まる。それは生きる為に命を頂いてるからだ。植物や他の動物からな。人は知性がある。だからこそ人は感謝をする」
「あれ?でもそうするとみんな穢れが溜まって地獄に堕ちることになるんじゃないですか?」
確か地獄に堕ちる項目はいくつもあったはずだ。
それなら、皆途方もない時間地獄に堕ちて転生出来ないんじゃないのか。
「穢れは生きているうちに善行を重ねることで少なくなるんだ。要は負債みたいなもんだな。で、死んだ時残った負債分が地獄での裁きの時間になる」
「魂の完全に穢れが落ちたら漸く次の転生が出来るんですよ。さて、じゃあ葵。もしこの負債が返せないほどだった場合どうなると思いますか?」
「えっと……破産する……とかですか?」
現世では多分そうなる。
地獄ではそれが滅魂ということなのだろうか。
「当たりです。滅多にないのですが、次の転生も出来ないほど魂が闇に染まった時、それは魂の死───つまり消滅となるんです。まぁどんな感じかは実際見た方が早いですね」
地獄ですら裁き切れないほどの罪とは一体どれほどなんだろうか。
想像もつかない次元の話。
二人から聞いた話を頭の中で考えながら歩いていた葵はふとあることに気づく。
時折通る時に見た町の人々は高齢者が多かった。若い人───特に二十代や三十代はほとんど見当たら無い。
「過疎化が進んでるんですね。俺、ここまで高齢の人しか居ない場所があるの知りませんでした」
「辺鄙な場所だからな。特に今は結婚しない奴も多いから、子供もいない。それに若い奴がいても何もねぇから出ていっちまうしな」
「確かに子供減ったね。いやぁ、昔は多すぎるぐらいだったのに」
若い人が居ない町はやはり活気が無い。何れは皆寿命が来て亡くなって。そうしてこの街は消えてしまうのだろうか。
田んぼに挟まれた道を進み、小さな雑木林に入って歩いた先に見えてきたのは木々に囲まれた場所。ぽつんと開けた空間があるだけだ。
「あそこだ。着いてこいよ」
こんな場所に何があるのだろうかと疑問に思いながら、暁月について行く。
そして次の瞬間、目の前で消えていった。
目を見張り何度か見直すがやはり居ない。以前は建物があってその中に入ったんだろうという考えはついた。けれど、今回は何も無い。
目を白黒させて立ちすくんでいる葵の横で、黒緋も進んでいく。
数歩歩いて立ち止まった黒緋は振り返り、
「葵こっちへ」
手招きをしてきた。
黒緋の隣に達前を見るが鬱蒼とした木々しかない。
「ここから行けそうですね。葵そのまま一歩前に出てみて」
「分かりました?」
一歩前に出ると急に景色が歪んだ。足元も不安定な感じがして余りの気持ち悪さに目を閉じる。
「遅かったな」
暁月の声が聞こえ目を開け、そして愕然とした。
先程まで建物がなかったはずなのに、家が建っていた。二階建ての少し古い木造の一戸建てだ。
異様な空間だと直感的に分かる。目を瞑る前は晴天だったのに、空がどんよりとしている。空気が澱んでいる気がして思わず固唾を呑んだ。
「暁月さんここって」
「ここは今回の対象───
入口で足を止め背を向けたまま言われた。
一切こちらを向かないため表情は見えないがそれでも、
「暁月さんって優しいんですね」
「暁月は世話焼きだからね、昔から。なんて言うんだっけ?おかん気質っていうものかな。葵の事も小さくて守らなきゃって思ってるんだよきっと」
「俺、そんなに小さくないですよ。まぁ確かに二人に比べたら小さいかもですが」
「俺からしたら背丈も小さいし、歳も赤子みたいなもんなんだよ」
やはりこの人も優しいのだろう。
この場に似つかわしく無い和やかな雰囲気に、思わず笑みが零れる。
「行きます。───行かせてください。俺、二人の役に立ちたいです」
「役に立ちたい……ねぇ」
それに戻り方も分からないし、今ここで置いていかれても正直困る。
暁月は振り返り何か言いたげに一度口を開いたが、結局何も言うことなく舌打ちをして玄関を開けて入っていった。
「怒らせてしまいましたか?」
「いえ、怒ってないですよあれは。全くいつも素直じゃないんだから」
肩を竦めながらも少し嬉しそうだ。
「関わり長いんですね。黒緋さんが敬語じゃないことに少し驚きました」
「まぁ私が今の私になる前からの関わりですからね。普段の話し方は暁月が嫌いらしくて。それで暁月の前では崩しているんです」
『今の私』とはまたどういうことなのだろう。
それもいずれ分かるだろうか。
1つ深呼吸をして、再度建物を見た。建物からは黒とも濃い紫のモヤが覆っていた。
ゆっくりと扉に手を掛け、開く。 静寂の中、カラカラと開く音だけが辺りに響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます