「他の迎魂科と共同で仕事をすることあるんですね」

「いつもある訳では無いですが、物によっては。鬼術を使える者が必要な場合や、純粋に人手不足の際などが多いです。でも、葵は無理して来なくても大丈夫だったんですよ?」

「いえ、何もしないのもなんか嫌で。体調も良くなってますし。それにしても、鬼術って誰もが使える訳では無いんですね」


 元々目が覚めた後体調はそこまで悪くはなかったのだが、黒緋や香月から数日は安静にしておくように言われていたのだ。

 黒緋が仕事で居ない間、詩月から貰った本や黒緋の持っている本を読んだりして大人しく時間を潰していた。

 だが、二日程経った辺りぐらいから落ち着かなくなってくる。

 居候の身で、家事を多少やってはいたが一人家に居て横になっているのが申し訳なってきた。

 それと共に何もしないことで、考えても仕方が無いのに未だに無い記憶のことを考えてしまう。

 もしかしたら生前の自分はろくでもない人間で、犯罪者だったのではないかという悪い想像だけが浮かんでくる。

 今回の仕事の話を聞いて頼み込んで連れてきてもらったのは、気を紛らわせたかったのもあるのだ。

 それに、前回と同じように亡者と関わることで思い出せるかもしれない。

 黒緋も香月も最初は渋っていたが、無理をしないことを条件に許可を貰った。


「簡単な鬼火程度はどの鬼も使えますが、鬼術はまた別で、使えるのはごく僅かです。それぞれ鬼術の現れ方も違うため、分かっていることもありますが未だに不明なことが沢山あるんです。ただ、現れた鬼の力は亡者に対してのみ有効なのがほとんどなので、そういう鬼は迎魂科に配属されることが多いんですよね」


 家を出て閻魔庁へ歩きながら説明をしてくれる。

 今回の協力相手とは閻魔庁の黒緋達の部署で合流することになっていた。


「あれから天音君とは話せましたか?」

「一度だけ。少しして消えてしまいましたが」


 葵は自身の手首にある黄金色のシンプルなデザインをした腕輪をみる。中央には葵の瞳と似た色をした小さな石がはめ込まれている。

 葵が安静にしている間一度だけ天音は姿を見せた。

 その際に、何か身につけれるものをイメージをするように言われ咄嗟に浮かんだ物がこの腕輪だ。


「まさか天音が腕輪になるとは思っていませんでした」

「腕輪片手に固まってましたからね、葵。けど、腕輪のおかげで力が抑えられているので、これから負担が少なくなると思いますよ。力が目覚めたばかりで調整が出来ずに溢れていましたから」


 突然目覚めた力は無意識に溢れ出ていたらしく、天音が腕輪となり触れていることで抑えてくれているようだ。蛇口のような役割に近いのだろうか。

 閻魔庁内部へ入り、自分達の部署へと向かう。

 黒緋の後ろをついて廊下を歩いていると、葵の想像以上に広いことに驚く。

 鬼を含めかなり多くの異形のモノが働いているらしい。

 左右に幾つもの部屋があり、ほとんどの入口の横には部署名が書かれた木札が掲げられている。


「あの……さっきから色んな方々にこっちを見られてる気がするんですが」


 廊下を歩きながら、先程から葵を見てくる視線を感じて落ち着かない。

「おい、あれが……」「あぁ、例の……」と囁く声が聞こえてくる。


「あぁ、物珍しいんですよ。今まで私一人だったので、驚いてるんでしょうね。何処からか噂が広まったらしくて。人気者見たいですね葵君」

「見世物になってる気分です……。あと、多分こんなに騒がれてるの俺が増えたからだけじゃないですよね」


 黒緋が女性達の前を通る度に黄色い声があがる。

 まるで自分の好きなアイドルと会ってるかのような盛り上がりに感じた。

 町を歩いていた際にも思ったが、黒緋は女性に凄くモテているようだ。

 その分女性からの視線は痛い。

 何処からか「何故いきなり現れた鬼が黒緋さんと……」という言葉が聞こえてきた。

 いつか背後から刺されるのでは無いだろうか。


「刺されたら痛いのかなぁ……」

「え?葵、刺されたいんですか?死にはしないですが痛いので止めた方が……」

「刺されたくないです!逆に好んで刺される人……鬼?なんているんですか!?」

「刺激欲しさにやる鬼がいるみたいですよ。香月さんから聞いたことがあるので。でも良かった。何か悩みがあるならいつでも言ってくださいね。あ、でも他人にあまり迷惑は掛けちゃダメですよ?刺す鬼が欲しければ私がやりますので」

「それは無いので安心してください。あと、刺されたい鬼なんているんですね」


 ぼそっと呟いた言葉が聞こえていたらしい。

 否定すると安堵の表情を浮かべていた。

 本気で刺されたいと思われていたのだろうか。死ねないのなら尚更痛みが続きそうだし、刺されないように気をつけなければ。

 因みにここでは人間に近い考えを持っているため、鬼でも一人二人ということが多いらしい。

 奥へ行く度に部屋数が減り、鬼や妖の姿が疎らになってくる。

 やがて、一つの部屋の前で黒緋は足を止めた。


「着きましたよ。ここが私の仕事場です」


 木札には『迎魂科壱』と書かれている。

 葵が入る前はここは黒緋しか居なかったという。

 ふっと葵の脳裏に黒緋の家に初めて入った時が蘇る。

 まさかこの部屋も同じような惨状なのでは無いかと身構える。

 しかし、ゆっくりと引き戸が開かれ室内を見た際に葵の予想は裏切られた。


「綺麗……ですね」

「あ、もしかして家と同じような光景を想像していました?」

「すみません……思っていました」

「家だと気が抜けてしまうせいか、片付けしなくなっちゃうんですよね。気付いたらあの環境が当たり前になってて」


 室内は床に物が置かれておらず、綺麗に整頓されていた。

 文机が二つあり、壁に沿うように本棚が幾つか置かれている。中には巻物や昔ながらの和本が入っていた。

 肩をすくめる黒緋。

 よく聞く外ではしっかりしているが、家ではだらしなくなってしまうタイプなのだろうか。


「───よぉ。遅かったな」


 綺麗すぎる部屋に呆然としていると、突然扉が開く音と共に少し不機嫌そうな男の声が聞こえた。

 驚き肩が跳ねる。

 部屋の右手にある扉が開き、1人の鬼が姿を現す。

 髪は燃えるような真紅色をしている。後ろ髪はオールバックに撫でつけ、前髪は下ろされていた。瞳はつり目で瞳は髪と同じような色をしている。

 パッと見厳つい男性という感じがした。


暁月あかつき来てたんですね。相変わらず早い」

「お前が遅いんだよ。待ち合わせ時間堂々と破りやがって」

「え?時間より少し早く来たと思ったんだけれども違ったのかな?」


 時計を見てみると確かに黒緋から言われた時刻より少し早い。

 首を傾げる黒緋に、暁月と呼ばれた鬼は額に手をあてながらため息をついた。眉間には深い皺が寄っている。


「黒緋、何時に集合だと思ってた?」

「三時だと思ってました」

「十三時だ!午後の一時!……道理でいくら待っても来ない訳だ」

「それはすみませんでした。───でも、二時間も待たなくても電話してくれたら良かったのに」


 申し訳なさそうな顔をしているが、最後の言葉は今の状態にはまずいのでないだろうか。

 暁月の目つきがより鋭さを増していた。目で人を殺せるのではないかという迫力だ。

 少しだけ黒緋から離れ、部屋の隅の辺りに移動する。

 大股で黒緋の前に来た暁月は、怒りを隠す様子もなく叫んだ。


「何度も!何度もかけたぞ!!繋がらなかったがな!!」

「───あ、すみません。充電切れてました。まだ触る癖がついてなくてつい。暁月?」


 スマジゴを取り出し確認した黒緋。

 黒緋は数秒画面を見つめた後、ゆっくりと顔を上げ暁月に見せた。

 映っているのは真っ暗な画面に充電切れのマーク。


「おや、これは少しまずい。葵、念の為もう少し離れていてくださいね」

「え?」


 そう言って黒緋は、胸元から四枚の札を取り出さし口元で何かを呟いた後に投げる。

 札は暁月の四隅を囲むように足元へと誘導されるように落ちる。

 札は淡く光り、仄かに白い色をした壁が暁月を覆うように現れた。

 数秒後、黒緋が言っていた意味を葵は知ることになる。

 顔を伏せ、無言のまま肩を震えていた暁月。

 揺らりと暁月の身体から紅い光がではじめる。

 全身がみるみる赤くなっていくと共に髪が揺らめき、額の角や上下の牙は長さを増し尖りを増していく。


「───いい加減に慣れろやっ!!」


 先程以上に怒鳴った声は一人なのに空気を震わせる勢いだった。


「うわっ!?───炎!?」


 瞬間、光が炎となり暁月の身体を包んだ。

 激しい炎によって暁月が見えなくなる。

 直前に黒緋が施した札による壁により葵達には火が届きはしなかったが、熱さが伝わってくる。


「───彼、感情が昂りすぎると霊力制御出来ずに発火しちゃうんですよね。にしても久しぶりですが。普段は制御出来ているんですが数十年とか数百年とかの周期で出来なくなるんですよね。特に赤鬼が多いんですよね、暴走するのは。多分欲望の塊とかだからなのかもしれませんが。他の鬼はそこまで制御出来なくなることはあまり無いので」

「でも今回のは黒緋さんが原因ですよね!?いいんですか、ほっといて!?」

「はい、そのうち収まるので。どうすることもできないですし。あ、近づいちゃダメですよ?煙は盛れてないですが、壁は多分熱いから火傷しちゃうので」


 飄々とした様子で返した黒緋は慣れた様子だった。

 燃えている暁月はそのままに「お茶でも入れますね」と、何事もないかのように隣室へと入っていく。

 残った葵はどうすることも出来ず、炎に包まれている暁月と黒緋が入っていった隣室の扉を唖然としながら見ているしかなかった。

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