俺は主役じゃない

「私、赤木君に告白されたんだ」


 心臓の鼓動が早くなる。


 今何を言ったのだろう、聞き間違いかな。


「さっき倉庫裏で、田臥君も見たでしょ」


「ああ、さっきのあれ、そうだったんだ」


 俺は極力平静を装い答える。


 別に不思議なことじゃない。


 俺と来栖さんのお昼ご飯に赤木は自然に入ってきた。


 それも毎回ではなく適度にだ。


 ごくごく自然に彼は接近してきたのだ。


 初めはテンパっていた彼女も赤木と話せるようになっていった。


 そこに吉田と俺も入って会話をした。


 吉田は嬉しそうだったな。


 俺も楽しかったよ、赤木とは割りと話すし、来栖さんも参加して普通に盛り上がった。


 そうか、そうだよな。


 そりゃ赤木がなんの打算もなく来るわけないんだ。


 まあ俺も赤木と仲が悪いわけじゃないし、不思議じゃないんだけど。


 そっかあ、来栖さんかあ。


 なんか俺だけが知ってるからって勘違いしてたのかな。


 今まで誰にも告白されてないほうがおかしいのだ。


 それがたまたま、今日だったってだけ。


 落ち込むようなことじゃない。


「それで、返事はどうしたの?」


 一縷の望みをかけて俺は聞く。


 本当は聞きたくない。


 でも気にはなるし、ここで来栖さんが聞いてきたってことは俺に何かを期待してるってことだ。


 だったら聞いてあげるのが筋ってもんだろう?


「いきなりだったから、まだ返事はしてないんだ」


「そ、そうなんだ~。赤木ってああ見えて結構いいやつ、いや普通にいい奴だよ」


 ちょっと相手を下げてしまう自分が情けない。


 赤木は非の打ちどころのないいいやつだよ。


 即答してもいい。


「私、告白されたの初めてだから、どうしたらいいかなって」


 俺に聞いてどうする!?


 まあないとは言わないけど、別にいい思い出でもないしな。


「来栖さんはどう思っているの?」


「……赤木君はいい人だけど、好きかって言われると、分かんない。誰かを好きになるってよく分からないんだよね」


 知ってる、最後に聞いたの俺だもん。


 あれ以来配信は開いていない。


 聞いてはいけない気がしたからだ。


「とりあえず付き合ってみたら? 赤木はいいやつだし、付き合ってるうちに好きになることもあるかもしれないし」


 俺は心にもないことを言う。


 でもじゃあ俺が! とでも言う気にもなれなかった。


 俺は卑怯者で、臆病者で、屈折してるのだ。


「……そうかな、田臥君が言うならそうしてみよっかな」


 ――ズキ


 心が悲鳴を上げる。


 でも俺にその資格はない。


 勝手に覗いて勝手に知った気になった罰なのだこれは。


 ああ、また失敗した。


 どうして俺は上手く生きられないんだろう。


「いいと思うよ! アイツ今忙しいかもしれないけど、多分大切にしてくれる」


 サッカー部で、エースで、可愛い彼女まで作って、ホントいるんだよな。


 俺みたいな偽物じゃなくて、本物の主人公ってのが。


「それじゃあ俺こっちだから、またね」


「うん、また明日」


 こちらを振り返るかもと、俺はしばらくその場に立ち尽くした。


 彼女はこちらを振り返ることなくそのまま進み、角を曲がって姿を消した。


 俺は高校に上がる前のことを思い出していた。



▲▽▲▽



 小学生の頃、俺は世界は自分中心に回っていると思っていた。


 かけっこも早かったし、俺の周りには友達がたくさんいた。


 俺がすることに皆ついてきたし、それが楽しかった。


 球技は苦手だったけど、そこは誤魔化してなんとかしていた。


 なによりおにごっこは俺の独壇場だった。


 昼休みは俺にとって至福の時間だった。


 誰も俺に追いつけない、俺は全員に追いつく。


 まさしく王だ。


 そんな馬鹿みたいな思考のまま中学校へと上がっていった。



 中学校は違う学区の小学校も入って来て、少し空気が違った。


 でも俺はそんなこと大したことないと思っていつもみたいにバカ騒ぎしていた。


 周りもついてきたし、やっぱりこれが正しいじゃん! と思った。


 でも中学校二年生に上がってから、明確に俺は中心でなくなった。


 幅を利かせているのはサッカー部やバスケ部の人達、俺が何かをしても冷ややかな視線を送る生徒たち。


 俺は言い知れぬ恐怖を感じた。


 誰かに罵倒されたわけでも嫌味を言われたわけでもない。


 ただただ、俺の存在が宙に浮いていたのだ。


 何をしても、何かをしても、誰にも注目されない。


 あ、俺はこの世界の中心じゃないんだ。


 そう気付くのに時間は掛からなかった。


 部活も面倒くさいからという理由で入っていたパソコン部、俺はそこに入り浸るようになった。


 辛気臭い連中と、俺は慣れ合った。


 そこは世界の中心とは程遠かったけど、それでも俺は心地が良かった。


 辛気臭いなんて言っておいて、俺はそいつらと仲がよかった。


 勝手に見下した人に申し訳ないなと思った。


 それからは周りをよく見るようになった。


 あいつはよく輪の中心にいるな、あいつはああ見えて気が利く奴だ。


 あいつはいつも孤立してるけど気にしている様子がない。


 あいつは必死に周囲を馴染もうとしている。


 俺は中学校時代を人間観察にすべてを当てた。


 高校に入ってやり直す。


 今更主役になるなんて思いあがっていない。


 でも下を這いずり回るようなみじめったらしい思いもしたくない。


 平凡で、尚且つ見下されない、そんな平均に。


 高校デビューは順調だった。


 学校から離れた高校を選んだから、知り合いは少ない。


 髪型も変え、心機一転高校生活がスタートした。


 早くも出来たクラスの中のカーストを俺は中間くらいを保っていた。


 中学校時代に養った人間観察の賜物だ。


 カースト上位は無理だ。


 俺は失敗しているし、その器じゃないのは分かっている。


 でも真ん中くらいなら、淡い期待を抱いていた俺はそこに入ることに必死だった。


 1年の頃は赤木のおかげもあって真ん中くらいに入れたと思う。


 2年になってモブとあだ名をつけられ、俺は少し納得してしまった。


 俺はこの世界のモブ、いいじゃないか、今の俺にぴったりだ。


 誰がつけたか、まあ鈴木一がつけたんだけど。



▲▽▲▽



 そう俺はモブ。


 ただの一般群衆に過ぎない。


 だから思いあがった行動はあれ程しないようにしてたのに。


 浮かれていた。


 皆が羨むクラスメイトの秘密を俺だけが知っていると。


 その結果がこのざまだ。


 対外的には別に何もおかしくない。


 ただ主役とヒロインが結ばれた、ただそれだけじゃないか。


 俺は頬を伝う水を拭って、自転車を漕ぎだす。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ」


 俺の絶叫はだだっぴろい田園に消えていった。

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