体育祭

 それでも翌日も来栖さんとの登下校は続けていた。


 でも今まで心地よかった空間がなんだか苦しい。


 彼女はそう思っていないかもしれないけど、俺は苦しかった。


 いっそもう俺が《モブ》でした~とでも言ってしまおうか。


 言えるはずもない。


 だってそんなことしたら来栖さんは俺から離れてしまう。


 苦しいけど、いて欲しい。


 矛盾してるけど、俺はそう思っていた。


 ああ、今更だ。


 俺は多分来栖さんのことが好きになってしまったんだな。


 学校じゃ見せない彼女のはしゃいだ姿、そのギャップに惚れてしまった。


「どうかした? 田臥君。なんだから気分悪そう」


 俺が色々なことを考えていたら来栖さんから声を掛けられた。


 俺は後ろめたさを感じながらも「何でもないよ」と答えることしか出来なかった。


 それから日々は過ぎていき、今日は体育祭の当日だ。


 これで来栖さんとの登校も最後かもしれないな。


「ありがとう、来栖さん」


「え、急に、どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 俺は何を言ってるんだろうか。


 訳も分からず零れた言葉はその場に落ちていった。





 体育祭は順調に進んでいった。


 危惧していた応援パフォーマンスもつつがなく終わり、来栖さんも無事役割を終えた。


 俺は短距離走に出陣した。


「いちについて、よーい」


 パァーン


 よし、スタートダッシュは成功!


 あとは一直線に飛ばすだけ!


 ちらりと横目で他の選手を見渡す。


 そこに応援席から口には出さないけど手を振って応援する来栖さんの姿が見えてしまった。


 動揺した俺は、その場で躓き、他の選手から置き去りにされた。


 いててとゆっくり起き上がり、最後尾を走り終え5着の旗の下に移動する。


 格好悪いところ見せちゃったなあ。


 ここら辺が俺がモブたる所以、いやモブなら無難な3,4着だろ。


 転んで5着とか目立ってんじゃん。


 その後も競技は進行していき、最後の全学年参加のリレーが始まった。


 もちろん赤木は出ている、しかもアンカーだ。


「赤木ー! 負けんなよ!」

「サッカー部の意地見せたれ!」

「赤木君かっこいー」


 色々な歓声が飛ぶ中リレーがスタートする。


 総勢8チームのリレーだ、最初は混戦になる。


 次第に順位がつき始め、俺達のチームは3位だ。


 でも1位とそれほど離れているわけではない。


 アンカーの赤木にバトンが渡る。


 すごい加速で2位の選手を抜き去ると、1位のアンカーにぐんぐんと近づいていく。


 1位は陸上部の選手だった気がするが、それに負けず劣らず早い。


 ゴールまであと半周、1位の後ろにぴったりとつけた赤木。


 コーナーでも離れず、最後の直線に入る。


 外から最後の追い上げをかける。


 先のゴールテープを切ったのは赤木だった。


「よっしゃああああああああああああ」


 赤木が叫ぶとわぁあああと同じチームの人達が叫ぶ。


 これで総合1位が俺達のチームになった。


 さすがだな。


 持っているものが違うと思った。


 表彰式が終わりそれぞれがクラスへと帰っていく。


 そこで赤木と来栖さんが倉庫の裏に行くのが見えた。


 なんかあったっけ。


 俺は二人に声を掛けようと二人が消えていった倉庫へと向かっていった。


 俺が倉庫裏について、二人を見つけて声をかける。


「なにしてんの二人ともー」


「あ、ああモブか、なんでもないよ、ちょっとこっちに置いておいた物があってな」


「なんで来栖さんも?」


「同じところに置いといたんだよ、それより早く戻ろうぜ」


 やや強引に俺を引きずりその場を後にさせる赤木。


 来栖さんはどこか呆けたように上の空だった。



「体育祭の打ち上げいく人ー!」


「はーい!」「俺も俺も」「いくー!」


 吉田がクラスメイトに声をかける。


 本当は寄り道なんか出来ないんだけど、まあこういう日くらい許してもらってね。


 俺はそれには参加せず帰るんだけども。


「俺もパス、ていうかそんな元気ないよ」


 俺も鈴木と同意見。


 体力的には余裕あるけど、精神的に疲れている。


 なにより俺はこけて足が痛い!


 保健室で処置はしてもらったが擦りむいた膝が痛い。


 俺たちが帰り支度をしていると、来栖さんが声をかけてきた。


「田臥君、今日一緒に帰れる?」


 う、正直ちょっと嫌かも。


 俺は鈴木に助け舟を出し貰おうと、……っていねぇ!


 あいつ逃げるのだけは早いな。


「うん、いいよ」


 俺は観念して一緒に帰ることにした。



「短距離走、転んじゃったね」


「見てた? いやあ自信あったんだけどね」


「私も綱引きでほら、手のひら真っ赤だよ」


 そう言って見せてくる手のひらは小さく、赤みがかっていた。


 相変わらず無表情な彼女。


 でも本当は豊かな感情を持っていることは俺は知っている。


 だけどその次の言葉は予想もしていなかった。


「私、赤木君に告白されたんだ」

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