第39話『another 見つめられて』
――side高橋雪菜
午後十時を回った頃。
少し早いけれど、拓哉君のお姉さんと関わってかなり疲れていた私は早々にベッドへと潜り込んだ。
しかし――
――ピンポーン
「………………はい?」
家の呼び鈴が鳴る。
もしかして……お父さんかお母さんが帰ってきたのかしら?
ほんの少しだけそう考えるが、すぐに違うと気づく。
あの二人なら呼び鈴など鳴らさずに自前の鍵で家に入り、物置代わりに要らない物を放り込むか、もしくは勝手に何か取っていくかして去るだけのはず。
こうして呼び鈴を鳴らしている時点で、今玄関に来ているのが私の両親じゃないのはほぼ確定。
なら、他に誰が?
こんな時間に営業をかけてくる人などいないでしょうし。
私は近所づきあいなども気にかけていないし、本当に心当たりがない。
――ピンポーン
再度、呼び鈴が鳴る。
ほんの少しだけビクリとしてしまう。
本当に誰だろう?
このまま何もせずただ待っていれば帰ってくれるだろうか?
ただのイタズラだったりしないだろうか?
そう思い、私はベッドの中で息をひそめる。
しかし。
――ピンポーン
――ピンポーンピンポーン
――ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンピンピンピンピンポーン
「………………しつこいわね」
乱打される呼び鈴。
少なくとも帰るつもりは
「まったく。こっちは疲れてるっていうのに……」
家の電気は消したまま。
このまま大人しくしていれば、留守なのだと勘違いして引き下がってくれる可能性もある。
けれど一応、誰が来たのかだけでも確認しようと思って。
私は玄関のドアスコープ(のぞき穴)から相手の顔を見ようとあまり足音を立てないよう移動する。
そうしてドアスコープから見えた相手の顔は――
「え? 拓哉君?」
水野拓哉。
私が一方的に想いを寄せている相手であり、私の恋人。
ドアスコープから見えたのはそんな拓哉君の、どこか必死そうな顔だった。
――ズキンッ
「こんな時間に……何の用かしら?」
胸の痛みを無視しながら。
私は玄関のドアを開けた。
「あ、やっと出てくれた。……こんばんは、雪菜。悪いな、こんな夜遅くに訪ねちゃって。今、少しいいか?」
ドアを開けるなりそう申し訳なさそうに謝る拓哉君。
私は「別にいいわ。気にしてない」と言って彼を家に上げる。
「よく見ればその服装……もしかして寝てたのか?」
私の寝るときの服装を見ていまさらながらの質問をしてくる拓哉君。
「ええ、そうよ。というか、外から家の電気が消えている事に気づかなかったの?」
「あ、いや。そこまでちゃんと周りを見てなくて……。ごめんなさい」
「別に謝ってほしかった訳じゃないのだけどね」
それにしても……珍しいわね。
拓哉君がこんな時間に訪ねてくることも意外だったけれど。
ここまで気を利かせてくれない彼の姿なんて、初めて見た気がする。
「アイスティーでもいれるわ」
「いやいや、お構いなく」
「別に、お構いなんてしてないわよ。私が飲みたいから用意するだけ。拓哉君はそのついでよ」
「あ、はい。すみません」
「だから………………はぁ。もういいわ」
やっぱり瑠姫音さんとのやりとりで疲れているからだろうか。
それとも寝るところだったのを邪魔されたからか。
相手が自分の愛する拓哉君だというのに、私は彼に対して少しきつく当たってしまっていた。
(とりあえず……落ち着かないとね。ああ、もうっ! 心臓うるさいっ! ぐるぐると考えなくてもいいことまで考えちゃうし。ほんと、最悪だわ)
拓哉君がわざわざ私の家を訪ねてくれたのは嬉しい。
けれど、なにも今日じゃなくてもよかったのにとも思ってしまう。
今日じゃなければもう少しくらい、マシな対応ができたはずなのに。
「なんで私、好きな人にあんな態度を取っちゃってるのかしらね」
お茶を入れる用意を進めながら、そうぼやく。
普通に考えて、私はバカだ。
これからアプローチをかけていくと自身に誓った相手に悪態をついてしまうなんて。
本当に、自分でも何をやっているんだろうと心底呆れるばかりだ。
「はぁ……」
何度目かのため息。
なんだか今日は百回くらいため息を吐いているような気がする。
「ため息をつけば幸せが逃げる……だったかしら? なら、今日はもう百回くらい幸せが逃げてるのかしらね」
そんなくだらない事を呟いて。
私は拓哉君の元にアイスティーを持っていき、それを一緒に飲む。
「それで? 今日は何の用? 拓哉君がこんな時間に訪ねてくるなんて。いったい何があったのかしら?」
「それは………………」
なぜか言葉を濁す拓哉君。
そんな彼の様子を見ていると、ほんの少しだけ落ち着いてきた気がするわね。
自分よりも落ち着かない誰かを見ていると逆に落ち着けるとか。
そういう心理もあるみたいだし
しかし、それにしても……。
怒っている様子の私にビクビクしちゃって要件を切り出せずにいる拓哉君。
なんだか可愛くみえてしまうわね。
だからこそ、なんというか……虐めてやりたくなってきた。
「ふふっ。ああ、もしかして私の気持ちに応える気になってくれたとかかしら? そういう要件なら夜中でも私は大歓迎なのだけど? まさかどうでもいい要件で訪ねてきたわけじゃないでしょうし?」
そう言いながら私は再度アイスティーを飲みながらネチネチと拓哉君を責めて。
「大歓迎? それなら良かった。いや、実はそうなんだよ。俺、雪菜の事が好きみたいだ」
「ぶーーーーーーーーっ」
拓哉君の口からいきなり飛び出る告白の言葉。
あまりにもあっさり出るものだから私はつい口に含んでいたアイスティーを噴き出してしまう。
「おぉう。雪菜。大丈夫か?」
「けほっごほっ。うぇ!?」
ハンカチを差し出しながら私の心配をする拓哉君。
もちろん、大丈夫なわけがない。
けれど私は強気に「だ、大丈夫よ!」と彼の手からハンカチをパシンと奪い取り、口元をふく。
そうして少し落ち着いてから。
「そ、それで? さっきのは何の冗談かしら?」
拓哉君の先ほどの告白。
その真意を聞いてみた。
出した私の声は少し震えてしまっていたけれどね。
「いや、冗談じゃないぞ」
そんな彼のまっすぐな姿勢を見て。
また胸がズキンと痛んで。
「そう。なら――」
スっと。
私は彼の顎へと手を伸ばす。
そのまま私は彼の顎を優しく掴み。
「目を
そう言ってゆっくりと彼との距離を縮めていく。
その間、拓哉君は黙っていて。
拓哉君はいつものように。
目の前に居る私ではなく、別の誰かを見ているかのような。
そんな目で私を見つめていて。
「………………え?」
違う。
いつもの拓哉君じゃない。
いつも別の誰かを見ているかのような目をしていた拓哉君。
けれど今、彼はそんな目で私を見つめていなかった。
そのせいで、私の心は激しく揺れる。
自分のお姉さんである瑠姫音さんを好きでいるはずの拓哉君。
そんな彼にキスして、動揺してもらおうと思っていたのに、それどころじゃなかった。
「あぁ………………」
見ている。
拓哉君が、私を見ている。
その熱い視線。
ドロドロしたその熱情。
ねっとりとした欲。
そしてなにより。その目。
色んな感情がごちゃまぜになった熱を感じる。
その目には今、ハッキリと私の姿が映っていると。
そう、感じさせられた。
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