第37話『告白してみた』


「よし、決めた」



 学校からの帰り道。

 雪菜となんてことない話をして、そのまま帰宅して。

 俺は自分がどうしたいのか、ずっと自問自答して。


 そうして、ようやく見えてきた。

 俺が今、何をしたいのか。



「よし……瑠姫姉に告白しよう」



 そうと決まったら行動あるのみ

 もう夜も遅いけど関係ない。

 俺は支度して家を出ようとして――



「こんばんは、拓哉。いい夜ね。少し散歩しない?」



「当然のように玄関先で待ち構えるのやめてくれるかな、瑠姫姉。心臓に悪いから」




 告白しようとした相手が玄関先に居た。

 効率とかを考えれば好都合でしかないんだろうけど、そんなふうにいきなり出てこられたら心臓に悪いんだよ。



「拓哉。一ついい事を教えてあげる」


「……なにかな?」


「お姉ちゃんはね。弟が自分を必要とするとき、必ず駆けつけるものなのよ」


「そっかー。………………瑠姫姉は必要じゃない時も駆けつけてた気がするけどね」


「ふふ。そりゃ私はスーパーお姉ちゃんだもの。私は拓哉が必要としていない時も駆けつける。そこらのお姉ちゃんとは違うのよ」


「それ単にブレーキ機能壊れてるだけじゃない? 必要としていない時くらい大人しくしといて欲しいんだけど……。それと断言するけど、世の中のお姉ちゃんって存在はそんなに万能じゃないからね?」


「ふふっ。拓哉ったらめるのが上手なんだから。世の中のお姉ちゃんは無能で私だけが唯一無二のお姉ちゃんだなんて……。照れるわ」


「誰もそんな事は言ってないんだけど?」


「という訳で唯一無二のお姉ちゃんからのお願いです。拓哉、ちょいとツラ貸しなさい」


「おかしいな。夜の散歩をしましょうってお誘いのはずなのに校舎裏に連れていかれそうな気配をビンビン感じるよ。まぁ行くけど」



 そうして。

 俺は瑠姫姉に連れ出されるままに家の外に出た。



★ ★ ★



 さすがに夜だから人通りも少ない。

 涼しい風が頬をでる。



「やっぱり日本の夜空は綺麗ね。星が見える。外国じゃこうはいかないわ。もちろん、場所にもよるでしょうけど」



 その中にあって、瑠姫姉の存在はひときわ目立っていた。


 闇の中に輝く銀色の髪。

 闇の中においても爛々らんらんと光る赤の瞳。

 いつも以上に、瑠姫姉のその姿は魅力的に見えた。



「瑠姫姉の住んでるところだと星は見えないのか」


「ええ。夜でもネオンの光が眩しいったらないわ。一回、あんまりにも眩しいから全部ぶっ壊してやろうかとも思ったのだけどね。疲れそうだからやめたわ」


「捕まりそうだからとかじゃなくて。疲れそうだからやめたんだ。はは。瑠姫姉らしいや」



 向こうでも瑠姫姉は変わらずやっているらしい。

 そう思うとつい笑みが浮かんでしまう。



「なぁ、瑠姫姉」


 だから。


「なに?」


 瑠姫姉が振り返る。

 そんな瑠姫姉に俺は……。


「俺さ」



 自分の想いを。



「瑠姫姉の事……好きだったよ」



 素直に打ち明けた。


 好きだったと。

 そう告白した。



「………………そう」


「あぁ、言っておくけど家族として好きって訳じゃ……。いや、それもあるかもだけど。でも、それだけじゃないんだ。俺は瑠姫姉の事を異性として、愛してた」


「そこまで言わなくても分かってるわ。馬鹿拓哉。少しは浸らせなさい。まったく。拓哉はいつまでたっても女心ってものが理解できない愚図なのね」


「ご、ごめん」




 そこからしばらく瑠姫姉は何もしゃべってくれなくて。

 俺たちは夜の街を当てもなくゆっくりと歩いていた。



「気づかなかったわ」



 とても小さい声で。

 ようやく瑠姫姉が口を開いてくれた。




「私は拓哉のお姉ちゃんだから。拓哉の事ならなんでも分かってるつもりだったけど……そうだったのね。気づかなかった……」


「瑠姫姉……」



 意外だった。

 瑠姫姉は俺の想いに気づいていない。

 そうだろうなとは思ってたけど、瑠姫姉の事だから『当然知ってたわよ』とか言うと思っていたのだ。



「それが今も続いてる想いなら。お姉ちゃんとしては厳しく突き放すしかないんだけれど……その必要はないのよね?」



「……ああ」



 この時。

 俺はほんの少しだけ、嘘を吐いた。


 俺が抱えている瑠姫姉への想い。

 たくさん考えて。ある程度は自分の中で決着のついたところではあるけど。

 だからと言って、その想いは完全になくなった訳じゃないんだ。

 



 だってそうだろ?

 俺は確かに瑠姫姉の事が好きだったんだ。

 その想いがそう簡単になくなるわけがない。



 でも、その中で気づいたんだ。

 俺の中で瑠姫姉じゃない別の女の子の存在がどんどん大きくなっていたことに。



 高橋雪菜。

 始まりは嘘の告白だった。

 俺は彼女の事が好きじゃなかったし、彼女だって俺の事が好きじゃなかったらしいけど。


 一緒の時を過ごして。

 ミステリアスというか。瑠姫姉にも通じる彼女の不思議な雰囲気にいつしか惹かれていて。

 彼女の抱えてるものを知って。

 

 そうして――いつの間にか『好き』だと。

 そう思えるようになっていた。



「瑠姫姉の事は異性として好きだった。愛してた。でも……今は違うんだ。だって……俺、他に好きな子が出来たから」



 ああ、痛い。

 心が痛い。



 まだ瑠姫姉の事は好きだ。

 異性として愛している。

 そんな恋心も確かに俺の中にはまだあるんだ。



 もちろん、他に好きな子が出来たというのは本当だ。

 俺は雪菜が好きだ。愛してると今なら胸を張って言える。



 だけど、恋心ってものはそう単純なものじゃない。

 誰かを好きになったからって、今まで好きだった相手の事を好きじゃなくなるわけじゃない。



 だから――辛い。

 辛いけど、俺は嘘を吐く。


 だって、これは考えた末の結論だから。

 何度も何度も考えて。

 結果、俺は瑠姫姉よりも雪菜に惹かれているんだと感じたから。


 どっちに傍に居てほしいかとか。

 どちらの為の方が命をけられるかとか。

 そんな思考実験みたいな事を何度も何度も繰り返した。



 そうして俺が出した答え。望んだものは。

 瑠姫姉が敷いてくれたレールを瑠姫姉に連れられて一緒に歩くことじゃなくて。

 雪菜と一緒に苦しみながら歩む道だったんだ。


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