第36話『another 宣戦布告したわ』



 ――引き続きside高橋雪菜



「今、拓哉の身に危険が迫っているわ」


「……え?」


 私の目の前に突然現れた水野瑠姫音。

 拓哉君のお姉さんであるその人は、いきなり拓哉君の身に危険が迫っていると私に告げてきた。



「あなた、どうやら学校で結構な人気者らしいじゃない? そんなあなたと拓哉が付き合ってる。しかも、そんなあなたが今日は拓哉にこれ以上ないくらい好き好きアピールをしていた。これ、あなたを好きな人たちからしたら面白くない話よね?」



「なんでその事をあなたが……」



「その事は横に置いといて。とにかく、あなたと別れて行動している拓哉に危険が迫っているわ。今頃、とある男子生徒がナイフを片手に――」


「拓哉くんっ――」



 それを聞いた私は居てもたってもいられず。

 少し前に別れた拓哉君の元へと駆け出し――



「――というのは嘘です」


 ズコー。

 私は思わずその場で転んだ。



「本当に……なんなのあなたは!? 私をからかっているの!?」




「そんな事はないわ。それに、全部が全部ウソってわけでもないのよ? あなたと拓哉の仲を妬む愚か者が居るっていうのは事実。だけど、だからってナイフ片手に『ヤルゼヤルゼヒャッハー』なんてする子、そうそういる訳ないでしょう? せいぜい少しボコられる程度よ」



「それはまぁ確かに……。って。ボコられるかもしれないところまでは本当なの!?」


「そうね、でも大丈夫よ」


「どにがよ!?」


「だって、拓哉は私が育てたんだもの。あの子がそこらの男子高校生に負けるわけないじゃない。あの子はね……地味だけど実は強くて万能な漫画の主人公的男子なのよっ! そうなるように私が育てました。どやぁ」


「えー」



 何度も何度も思ってしまうけど。

 本当に、この人いったいなんなの?

 話しているとイライラして。無茶苦茶で。果てにはなんだか脱力させられて。


 ここまで迷いなく自由にしている彼女を見ていると、色んな事で迷ってるこっちが馬鹿なんじゃないかと思えてしまう。



「しかし高橋雪菜。少しはやるようね。いいわ。あなたを拓哉の恋人としてギリギリ認めてあげる」


「はぁ。そうですか……」


「もっとも、私から拓哉を取り上げちゃうあなたの事、好きになれそうにはないけどね。相変わらずこの瑠姫音さんはあなたの事が大嫌いです。えんがちょです」


「あ、そう。別にいいわ。だって、私もあなたの事、好きになれそうにないもの」


 私が脱力しながらそう告げると。


「え?」


「え?」



 なんだかとても意外な事を言われたみたいに。

 瑠姫音さんは固まっていた。



「え? あなた。私の事が好きじゃないの? 正気? 私は瑠姫音。拓哉のお姉ちゃん様である瑠姫音様よ?」


「……いきなり現れた恋人のお姉さんにビンタされて。それで好き放題されて。好きになるわけがないでしょう?」


「でも私、拓哉のお姉ちゃん様なのよ?」


「だからどうしたって言うのよ……」



 この人にとって『お姉ちゃん』ってなんなんだろう?

 お姉ちゃん=神様だとでも思っているんじゃないだろうかと。

 そう思ってしまう。



「それに――」


「それに?」


「あ、いえ」



 危ない危ない。

 つい口が緩くなって要らない事まで喋りそうになってしまっ――



 ――パァンッ!



「いたぁっ!?」



 突然、瑠姫音さんのビンタが再度私を襲った。



「な、二度目!? 今度はなによ!?」


「それに……。の続きをにごしたからよ。隠し事は悪い事。だからスッキリ話しなさい。さもないと……」


「さもないと?」


「気になって今夜、私がぐっすり眠れなくなるわ」


「そんなの私の知ったことじゃないわよ!?」


「え? 私の睡眠時間が削れるなんて人類の損失なのに知ったことじゃない? 高橋雪菜。あなた、正気?」


「むしろあなたの方が正気なの!? あなたは自分の事をいったい何様だと思って――」


「拓哉のお姉ちゃん様よ。どやぁ」



 頭が痛い。

 もう明日は学校を休んでしまおうか。

 ついそんな事を考えてしまう。



「でも困ったわね。あなたが濁した言葉。やっぱり少し気になるのよ。ほら、この瑠姫音さんは好奇心旺盛だから」


「はぁ」


「だからそうね。もし話してくれないなら……高橋雪菜。私はあなたが話してくれるまでつきまとうわ。永遠に」


「観念して話すからそれだけは止めて」



 私は即座に降参した。

 この人と話すのは非常に疲れる。

 付きまとわれたら冗談抜きに死ぬほど疲れそうだ。


 私は観念してさっき言いかけた事を話すことにする。



「拓哉君は瑠姫音さん、あなたの事をとても大切に想っているわ」


 拓哉君の心の中には彼のお姉さんである瑠姫音さんが居る。

 その存在はとても大きい。


「? そうね。私の弟だもの。私が拓哉を想うみたいに。同じようにあの子だって私を想ってくれている。当然でしょう?」


 何を今さら。

 そんなふうに瑠姫音さんは語る。

 それを聞いて。



「ハッ――」



 私は鼻で笑った。



「あら? なにがおかしいのかしら?」


「ええ。おかしいったらないわ。だって、あなたは何も分かっていないから」


「どういうことよ?」


「さぁ、ね?」



 そう、あなたは何も分かっていない。

 あなたが拓哉君の事を弟として愛しているのはよくわかった。


 あぁなるほど。素晴らしいですねその家族愛。


 私はそんな家族愛を向ける相手も、向けられた経験もないからよく分からないけれど。

 でも、きっと。とても素敵なものなんだと思う。



 でもね、違うのよ。

 拓哉君はあなたの事を家族として愛しているんじゃない。

 だからこそ、私はあなたが嫌い。



 拓哉君の気持ちに気づかないまま、彼の心を振り回すあなたが大嫌い。

 だから――



「これだけは言っておくわ、瑠姫音さん」



 そう前置きして。

 私は瑠姫音さんの目をまっすぐ見ながら。




「私は拓哉君が好き。この世の誰よりも好きなのよ」


 想いの丈をぶつける。

 初めて抱いたこの気持ちを目の前の強敵にぶつける。


「どんな手段を使っても構わない。卑怯だろうが人道に反していようが、彼が欲しい。狂おしいまでに誰かを手に入れたいと。そう思えたのは初めての事だから」


 そう、宣戦布告をしよう。

 拓哉君がこの人を強く思っているのは百も承知。

 けれど、弟としてしか彼を愛していないこの人には負けたくないから。


 どんな手段を使ってでも勝ちたいと、私は願う。



「だから――拓哉君は私がもらうわ」



 だから、そう宣言した。



「ふふっ」



 そんな私の宣戦布告を受けて。

 拓哉君のお姉さん、水野瑠姫音は怒ることも呆気にとられる事もなく、ただ不敵な笑みを浮かべて。



「――いいわ。気に入った。やれるものならやってみなさい。高橋雪菜」


 それだけ言って。

 水野瑠姫音は私の前から颯爽さっそうと去っていった。


 そうしてその場に残された私。

 そこで。



「はぁ~~………………」



 深く、深く、ため息を吐く。

 あれが拓哉君のお姉さん、水野瑠姫音。

 直接相対して思ったけれど……。



「本当に……無茶苦茶な人ね」



 自分勝手でわがままで。

 思ったことを隠しもせずに堂々と言ってのけて。

 そうして結局、明かさないつもりだった私の心の底まで暴いていった。



「あれが拓哉君の好きな人……か」



 なんというか。

 敵わないと。そう思わされた。

 もちろん、拓哉君の事を諦めるとか。そんなつもりは全くないけれど。


 それでも、なんだか私は妙な敗北感を覚えていた。



 そんな敗北感を味あわされた私は「はぁ……」とため息をつきながら。

 とぼとぼと帰るのだった――


 

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