第34話『気持ちの行方』


「うぅ………………」


「お、おーい。拓哉? だ、大丈夫……か?」


「大丈夫に見えるか?」


「いいや全く?」


「だったらそういう事だよ」


「そっか。しかし……今日の高橋さん凄かったな」


「本当にな……」



 三時間目の授業が終わって現在は昼休み。

 俺は机に突っ伏しながら優斗の声に応えていた。


 いつもならこの時間は雪菜と一緒にお弁当タイムだったのだが、たぶん今日はその時間は訪れないと思う。


 別に雪菜が俺と一緒に過ごす昼を拒んだわけでも、俺が拒否したわけでもない。

 むしろ、ある意味その逆だ。


「ホントに。あの高橋さんがいきなり拓哉の隣の席の子と交渉して席替えするとはな。それで授業中も休み時間も関係なく拓哉にくっついて。果ては授業中に気づかれないようにキスしようとしてたんだから驚きだよなぁ」


「あんな注目されてる中で気づかれないようにとか不可能だっていうのに。そのくらいの事、いつもの雪菜なら考えるまでもなく分かりそうなんだけどな……」



 そんな状態でも雪菜は授業中、先生に当てられたら動揺することすらなく立ち上がりスラスラと問題を解いて。


 だからしばらくは先生も耐えていたのだけど、先生が黒板に何か書いているときに『ふふっ♪』と悪戯な笑みを浮かべて俺にキスにしようとして。


 それを見ていたクラスの女子が『きゃーっ』と声を上げ、当然のように先生は黒板に何かを書くのを中断してその女子の視線の先(つまり俺と雪菜が居る方)を見て。



 ――結果、雪菜は生徒指導室送りとなった。


 幸いというべきか、先生も雪菜が暴走してるだけで俺は為されるがままだったと分かっていたらしく、俺はお咎めなしだった。



「だけど……な? 俺の言った通りだっただろ?」


「なにが?」


「高橋さんの事だよ。俺の言った通り、お前にメロメロになってただろ?」


「あーー」


 確かに。

 そういえば優斗のやつ。前にそんな事を言ってたなぁ。

 あの時の俺は『そんな訳ないだろ』と笑い飛ばしてたけど。


 でも実際、こうなっちゃってる訳で。

 あの時の優斗の見込みは間違ってなかったって事か。



「もっとも、ブレーキ壊れた高橋さんがここまで攻めるようになるなんて思いもしなかったけどな。なに? なにか超展開でもあったのか?」


「いや、そんな超展開ってわけじゃないんだけどな……。実は――」



 そう前置きして。

 俺は先日、瑠姫姉と一緒に居るところを雪菜に見られたことを優斗に伝えた。


 その場面を見ただけで雪菜は俺の想い人が瑠姫姉であることを見破った事。

 そして、その場面を見て雪菜が俺の事が好きだと気づいたらしい事。



 その事を包み隠さず優斗に伝える。

 すると優斗は――



「ふーん。なるほどな。で? お前はどうするんだ?」


「どうするって?」


「高橋さんとの関係だよ。あっちは拓哉の事が好きって言ってきてる訳だろ? それに答えるつもり、あるのか? 前に高橋さんの事、ちょっと気になってるとか言ってたよな?」


「それは……まぁ……そうだな」



 雪菜には言ってないけど。

 少しずつ、少しずつ。

 俺は雪菜に惹かれていっている気がする。


 だけど。



「……分からないんだよ」



「分からない?」



「俺が雪菜の事を少し気になってるっていうのは本当だけどさ。でも、分からないんだよ。これが恋って呼べるものなのか。少なくとも瑠姫姉に向けてるものとはまた少し違う物のような気がするし」



 今朝から続く雪菜の猛アタック。

 それに応えなかったのはつまり、そういう事。


 突然の事でうろたえていたからというのもあるけど。

 それ以上にやはり、俺自身の中で答えがまだ出ていなかったというのが大きい。



 そうして悩む俺に。



「なんだ。そーんなどうでもいい事で悩んでたのか」


 優斗はどこかあきれた様子で。

 ため息交じりにそう言った。



「どうでもいい?」



 ちょっとだけカチンと来て、俺は怒気の混じった声を出す。

 けれど優斗の態度は依然かわらず。



「ああ、どうでもいいだろ。そんなの。だって、拓哉はもう高橋さんと付き合ってるんだろ? なら、そういうのは愛を育みながら確認していけばいいだけじゃないか」



 経験者は語るみたいな感じでそう断言する優斗。

 そう自信満々に言われると……なんか怒るのも通り越して『そういうものなのか』とも思えてしまうな。



「ちなみに確認って、どうやって?」


 経験豊富そうな優斗にさっそく尋ねてみる。

 すると優斗はほんの少しだけ考えるそぶりをみせ。


「そうだなぁ。例えば相手と手を繋いでドキドキするかとか試したり? 後は相手が居ない時間を寂しく思えたりするかどうかとか。後、一番わかりやすいのはやっぱり相手とキスできるかどうかじゃないか? やっぱ好意の欠片もない相手とはキスは出来んでしょうよ」




 ……なるほど。

 手を繋いだりしてドキドキするかとか。

 相手が居ない時間を寂しいと思えたりするかどうかとか。

 そして相手と迷いなくキス出来るか……か。


 ふむ。



「その辺りの事はもうとっくに済ませてるけど……」


「確かに!? そうだったなちくしょうっ!!」



 なぜかいきなり優斗がキレだした。



「なぁ拓哉。お前と高橋さん。少し前まで互いに好き合ってないとか言ってたよなぁ!?」


「言ってたね」


「お互いに好きじゃない同士なのに、なーんでそんな先まで進んでるんだよ!? よくよく考えたらおかしくないか!?」


「冷静に考えてみたらおかしいかもな。でも、なんでこんな先まで進んでるかと聞かれれば……まぁ……成り行きで?」


「それなのにお前はまーだ自分の気持ちが分からないとかほざいてる訳だ?」


「そうだね」


「じゃあもう知らねえよっ! でも断言するぞっ! お前、このまま長引かせたら絶対に刺されるからなっ。このままズルズルいくと高橋さんを弄んでるってうわさまでたちそうだし」


「おぉ、さすが。女性関係でいつ刺されてもおかしくなさそうな優斗がそれ言うとすごい説得力があるな」


「やかましいわっ!!」



★ ★ ★



 結局。

 俺は雪菜の事をどう思ってるんだろう?


 雪菜は唐突に俺の事が好きだって気づいたと言っていた。


 恋ってきっとそういう物なんだろう。

 俺が瑠姫姉の事を異性として好きなんだと気づいた時も、ふとした時だった。



「俺、どうするべきなのかな。瑠姫姉。雪菜」




 答えはまだ出ていない。

 けど。

 優斗と話していて少し整理できたこともある。



 今はただ、二人ともっとじっくり話したい。



 なんとなく、そんな気分だった――

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