第32話『姉、撃退』
そのまま瑠姫姉は有無も言わせず俺の家に泊まろうとした。
しかし。
「瑠姫音っ!! やっぱりここに居た! あなた大学休んで一体なにをやってるのよ!?」
夜になって。
俺の家に父さんと母さんが来た。
「ちっ。意外と早かったわね」
「意外と早かったわね。じゃないわよっ。大学の人から外国語でいきなり『瑠姫音様はご在宅でしょうか?』って聞かれたときは何事かと思ったわよっ! それで聞いてみたら瑠姫音様は重大な任務の為に日本に帰国するって。あなた、向こうの大学で何をやっているの?」
「普通の大学生活を送っているわ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと使えない犬を飼っているわ」
「犬?」
「ええ。まさかご主人様である私の実家に電話なんてかけてくるとはね……。帰ったら教育し直さないとだわ」
「本当にあなた、向こうの大学で何をやっているの!?」
「弟の生態調査よ。その研究のために私は一時日本に帰国したの」
「ブラコンなのは相変わらずねっ!」
「そう褒められると照れてしまうわ」
「褒めてないわよっ!!」
瑠姫姉と母さんが言い争っている。
正しくは母さんが怒鳴り散らしていて、瑠姫姉がそれを流している感じだけど。
それを近くで俺と父さんは見守っていて。
「拓哉……。無事なようだな」
「父さん。いや、別に危ない事なんて何もなかったけど?」
「いや、うむ。そうなのだが……な。瑠姫音があんな調子だからな。その瑠姫音が帰国していると聞いて、もしや既に骨までしゃぶられているのではないかと心配になって来たんだ」
「いやいや。何を言ってるんだよ父さん。さすがに瑠姫姉でもそんなこと――」
「あの瑠姫音を見て、ないと思うか?」
「………………」
俺は何も言い返せなかった。
「とりあえず瑠姫音。あなた、帰りなさい」
「嫌よ。まだ研究は終わってないもの。とりあえず久しぶりに拓哉と一緒に寝て。寝ている間に弟がどんな反応を示すのか観察しないと」
「あなた、自分がいくつか分かっているの!? 拓哉もあなたももう子供じゃないのよっ! 一緒に寝て何かあったらどうするのよ!?」
「大丈夫よ。拓哉と私は普通の姉弟よ? 変なことになんて。なるわけがないじゃない」
「普通の姉弟じゃないでしょう!? 瑠姫音。あなたは過去に類を見ないほどのブラコンなのよっ!」
「そんな…………。照れるわ」
「だぁからっ! 褒めてないって言ってんだろダボがぁっ!!」
あ、母さんがキレた。
瑠姫姉の頭に勢いよく拳骨が振り下ろされ。
――パシンッ
振り下ろされた拳骨を瑠姫姉が弾く。
「甘いわね。元暴走族ヘッドの母さん。私だって成長しているの。もうあなたに拓哉と私の仲は引き裂かせないわっ!!」
「ヘッドって言うなっ! もう私は足を洗ってんだよっ! もう許さねえ。絶対にアンタから拓哉を守ってやるわこの野郎っ! 段ボールに詰めて海外に送ってやるから覚悟しろぉっ!!」
そうして。
俺の家の中で瑠姫姉と母さんのバトルが始まった。
懐かしい光景だ。
前の時は確か母さんが瑠姫姉を倒して、それで瑠姫姉はしぶしぶ海外の大学に入学させられたんだよな。
瑠姫姉もバトル弱いわけじゃないんだけど、母さんはそれ以上に強いからなぁ。
いつもバトルになったら、母さんが勝ってたし。
「父さん。後でリフォーム会社とか呼んでいいかな?」
「ああ、いいぞ。金もこちらが出す。なんせお前は被害者だからな。我が息子ながら同情するよ」
「母さんや瑠姫姉に振り回されてばかりの父さんも大変そうだけどね」
「水野家の女性はたいてい、頭がおかしいからな」
「自分の結婚相手に酷い言い草だね」
「事実だからな」
「そりゃそうか」
なんて言いつつ、俺と父さんは家から外に非難した。
そうしてバトルが始まって数十分後。
玄関のドアが開いた。
そこから出てくるのは瑠姫姉を引きずった母さん。
瑠姫姉はどうやら気を失っているようだ。
「――こほん。拓哉。邪魔したわね」
「本当にね」
「瑠姫音の事はこっちに任せなさい。この子はすぐに海外に郵送するつもりだから。あなたはこれまでと変わらず日常を過ごすといいわ」
「少なくとも今夜は家がめちゃくちゃだから。これまでと変わらない日常は過ごせそうにないけどね」
そうして。
両親は気を失った瑠姫姉を連れて、実家へと帰っていったのだった。
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