第29話『another おかしいわ』


 ――side高橋雪菜



 なんで?

 なんで?

 なんでなんでなんで?

 


 私は担任の先生に『調子が悪いので保健室に行く』と言って。

 普段から真面目にしていた私の言葉を先生は疑わず。

 そのまま私は保健室を経由して帰宅した。


 調子が悪かったのは本当だ。

 もっとも、帰宅しようと学校を出るころには回復していたけれど。

 というか、本当におかしい。


 なんで?



「なんで……拓哉君の顔が見れなかったの?」




 学校に着いて。

 拓哉君の顔を見て。


 すると私は嬉しいような恥ずかしいような。

 そんな訳の分からない気持ちでいっぱいになって。

 彼の為に作ったお弁当を押し付け、そのまま逃げだしてしまった。


 そのお弁当にしてもおかしい。

 朝、私は遅刻が確定している状態だったというのに呑気のんきに拓哉君の為にお弁当を作っていたのだ。


 彼が私のお弁当を美味しそうに食べる姿を想像したりして。

 それだけでついお弁当作りに熱が入ってしまった。



「本当に。私、どうしてしまったのかしら?」



 そんな今日の自分を振り返って、私はつい『はぁ……』とため息を吐いてしまう。


 学校に遅刻して、そのうえ早退したのは別にいい。


 今日まで学校を一日も休んだことがなかったから一日くらい休んでも問題ないでしょうし。

 きちんと調子が悪いから早退するとも伝えた。


 今日の事で親に何か連絡がいくことは多分ないだろう。


 けれど、肝心の問題がなにも解決していない。


 どうして拓哉君を前にするだけで私はあんなに取り乱してしまったのか?


 色んな感情が私の中で大渋滞を起こし、訳が分からなくなってしまった事だけは覚えている。

 けれど、どうしてそうなったのか。

 その理由が。自分でもいまだにわかっていない。


「はぁ……」


 そうして私は気晴らしも兼ねて本でも読もうと本棚から適当に本を取り出し、本の世界に逃げようとする。

 けれど。



「……ダメね。面白くないわ」



 数ページ読んだだけで、私はその本を本棚へと戻す。

 本を読むのに集中できない。

 気を抜くとすぐ拓哉君の事を考えてしまう。



 今は何をしているのかとか。

 今は何を考えているんだろうとか。

 今日はどうするつもりなのかとか。

 彼に関するいろんなことが気になって気になって仕方なくなっている。



「いえ。これくらい普通なのだけどね? 私は彼にとても興味があるのだし? 彼に関するいろんな事を知りたいと思うのは当然の事……よね?」



 そう。

 これはきっとアレだ。

 昨日、拓哉君に色々ともみくちゃにされたせいで私の中の彼に対する興味が膨れ上がったとか。


 それで胸がドキドキしたり、彼の顔が見れなくなってしまったりする理由はいまだに不明だけれど。

 きっとそういう事もあるのだろう。



「認めるわ、拓哉君。私はさらにあなたに興味を持った。――――――うん。今日はこの自覚もないままいつもと同じように振舞ふるまおうとしたから混乱してしまったのね」



 今までよりも拓哉君の事に興味を持ってしまっていたから。

 だから私はいつものように振舞えなかったのだろう。



 なら、もう大丈夫。

 私の中で彼の存在が大きくなっている。

 その事をきちんと受け入れた今の私ならきっと、明日からいつも通りに振舞えるだろう。



「明日からが楽しみね、拓哉君。私をこんなに振り回して……今度はどんなふうにして虐めてあげようかしら?」



 放課後にデートに誘ってみたり?

 思い切って抱き着いてみたり?

 拓哉君はあまり成績が良くないようだから、また私の家に寄ってもらって一緒に仲良く勉強するのもいいかもしれない。


 それで出来の悪い彼に私が色々と教えてあげて。



 そういうのをするたびにきっと拓哉君は『自分には好きな人が居るのにどうしてこんなことを俺はしてるんだ』なーんて勝手に傷ついてくれて。



 ――ズキッ。



「え?」



 なんでだろう。

 今、とても胸が苦しくなった。



 拓哉君には好きな人が居る。

 それが誰か、拓哉君はかたくなに教えてくれないけど。

 なのに拓哉君はその人と付き合わず、私と付き合っている。


 その理由も拓哉君自身。詳しくは教えてくれない。

 けれど、前に少しだけ話してくれていた。



 なんでも拓哉君が好きなその人は拓哉君が手を出しちゃいけない人らしく。

 だからその恋を忘れ、別の誰かを好きにならなくちゃと思ったらしい。

 そうして彼が目を付けたのが私。


 なんでも友人との罰ゲームに負けたのがきっかけで、彼は私に告白してきたらしい。

 

 道理で。

 私に対して告白してきたはずの拓哉君。

 なら少しは私に興味があってしかるべきなのに、そんな様子がない訳だ。



 その話を聞いた時。

 私はその友人とやらに感謝したものだ。

 その罰ゲームがなければ今頃、私は拓哉君と付き合うどころか話す事すらなかっただろうから。



 不満はない。

 私は拓哉君の『好きな人の事を忘れたいのに、忘れられない』と本気で苦しんでいるあの表情が好きだから。


 私とのデートの最中だというのに、ついその人の事を考えてしまって、それで私に対して罪悪感を覚えて苦しそうにしている彼のあの表情が大好きだから。



 だからこそ、私は望んだのだ。

 あの表情を間近で見られるのなら。

 私は彼の好きな人の代替品でいいと。

 


 私にはきっと彼のように、自らの理性すら押し流すような激しい恋なんて体感できないだろうから。

 体感できないならせめて、その激しい彼の恋を間近で見ていたいと。


 そう思ったのだ。

 それ……なのに……。



「なんなのよ………………」



 訳が分からない。

 ムカツク。悲しい。暴れたい。思いっきり泣きたい。


 拓哉君には既に好きな人が居る。

 そして、それは私じゃない。

 そんな事、とっくの昔に知っていた事なのに。


 それなのに、私はその事実を何度も何度も自分で思い返しては勝手に傷つく。

 色んな感情が私の胸の中でまたもや大渋滞を起こす。



 そんな私が今、求めるものは――



「拓哉君……今どうしているのかしら?」



 時間を見る。

 十五時過ぎ。

 家でもやもやと過ごしているうちに、いつの間にかそんな時間になっていた


「そもそもの話」



 彼の好きな人って。

 一体……誰なのかしら?


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