第28話『彼女さんの様子がおかしかった』


 そうして迎えた昼休み。

 教室には既に雪菜が居る。

 二時限目が始まる少し前に登校してきたのだ。



「さて」




 いつものように雪菜とお昼でも食べるか。

 そう考えたところで、俺はふと気づく。


 あれ?

 そういえばこういう時。

 いつもなら……。


『拓哉君。今日もあなたの彼女がお弁当を作ってきてあげたわよ。さぁ、行きましょ』



 そうそうこんな感じ。

 いつもなら向こうからこういう感じで来るはずなのに。

 今日は来ないな。



 なんで?

 そう考えて俺はすぐにティンと来た。



 そうか。

 雪菜は今日、遅刻してきたからな。

 つまりお弁当なんて作る暇もなかったはず。


 その事をきっと申し訳なく思っていたりして。

 だからいつものように俺に声をかけてこないんだろう。



 その証拠に、なんかさっきから雪菜の方もこっちをちらちら見てるしな。

 まるで話しかけたいけど話しかけられないとか。

 そんな感じだ。


 いい機会だ。

 今日はこっちからお昼に誘うとしよう。


「なぁ、雪菜――」


「ひゃいっ!?」



 ………………今の、誰?


 今、かわいい声をあげた子、誰?


 いや、分かってる。

 目の前に居るのは俺の彼女さんである雪菜だ。



 だけど、どこか様子がおかしい。



「な、な、な、いきなりどうしたというのよ拓哉君。そっちから話しかけてくるなんて。びっくりするじゃない」


「いや。そんな話しかけただけでびっくりされても……。そっちから話しかけて来ないからたまには俺から話しかけようって。そう思っただけなんだが……」


かさないでよ。こっちにも準備ってのがあるのよ」


 準備?


「あぁ、準備って。もしかしてお弁当の事か? 別にないと死ぬわけでもなし。なければないで構わないよ。別に購買なり学食なりで食べる感じでも俺は問題ないし……」


「あ、それは大丈夫。むしろいつもより気合い入れて作りすぎてしまったくらいだから(ドン)」


「なんで!? 今日って雪菜遅刻してきたよねぇ!?」



 ドンと自分の机の上にお弁当箱らしき物を置く雪菜。

 遅刻してきた彼女だが、どうやらお弁当を作る時間はあったらしい。


 どうしよう。まるで意味が分からない。



「ま、まぁそれはいいか。それならほら、行こうぜ。今日も屋上でいいよな?」



 そう言って。

 俺はいつものように雪菜の手を取り。



「っ!? んにゃああああああああああっ!!」



 彼女らしからぬ奇声を上げる雪菜。


 ――ガンッっと


 彼女は手に持ったお弁当を俺の顔面に思いっきり叩きつけてきた。



「なぜいっ!?」



 突然の衝撃に俺はたまらず雪菜の手を放す。

 すると彼女はなぜか顔を真っ赤にしながら。



「ご、ごめんなさい拓哉君っ。私……今日はちょっと体調が悪いからぁぁぁぁぁっ!!」



 そう言って。

 体調が悪いらしい雪菜は、自分のカバンを持ってすごい速度で教室から去っていった。

 


「な……なんだったんだ?」



 今の雪菜の動き。

 どうみても体調が悪いようには見えなかった。


 けど、あの真っ赤な顔を見るに確かに熱はありそうだった。


 なら、無理をして学校に来たって事か?

 俺にお弁当を渡すため?

 うーん………………。



「とりあえず……放課後になったらお見舞いにでも行くか」


 そう俺が一人つぶやくと。


「やめてさしあげろ」



 事の成り行きをずっと見ていたのか。

 優斗の奴が声をかけてきた。



「今の高橋さん、なんか限界っぽかったからな。一人で大人しく考える時間をあげた方がいいと思うぞ?」


「そうなのか?」


「ああ。拓哉、お前って昨日、高橋さんの家に泊まって色々とやっちゃったんだろ?」


「その言い方にはどこか悪意を感じられるけど……まぁそうだな」


 優斗には俺が昨日、雪菜の家に泊まったことも含めて色々と話してある。


 確かに俺は昨日、雪菜の家に泊まって色々と世話をやいた。

 と言っても、過去の瑠姫姉が俺にしてくれたように、思いっきり雪菜を甘やかしてみただけだ。


 あれでどうこうなるとは思えないんだが……。



「まぁ、それでスイッチが入っちゃったんだろうな~」


「スイッチ?」


「ああ。あの彼女の様子……間違いない。ありゃ完全に落ちたね」


 したり顔で言う優斗。

 なんだか少しムカツク。

 けど、その話に興味があった俺は続きを聞くことにした。



「落ちたって……どこに?」


「そうじゃなくて。高橋さんはもうお前にメロメロって事。拓哉君の事が好きっ! でも自分じゃどうすればいいのか分からないよぉっ! みたいな状態だよありゃ」


 そんな優斗の見解を聞いて。

 俺は「はぁ…………」と深いため息をついた。


 本当にこいつはまた……適当な事ばかり言って。

 雪菜が俺に対してそんな事、思うわけないっていうのに。なぁ?


「まぁ今までが今までだし。あの様子だとまだ自分の想いも自覚すらしてなさそうだけどな。なんだよなんだよ。拓哉、お前の恋愛物語。少しはまともになってきそうじゃないか」


「はいはいそりゃどうも。面白い面白い。実に面白い冗談だったよ」


「冗談って……。いや。今回ばかりは俺、普通に真剣なアドバイスをしてるつもりだぞ?」


「どこがだよ。優斗だって知ってるだろ? 俺と雪菜の関係はそんなんじゃないって。雪菜は単に俺の苦しむ顔が見たいだけ。今更俺にメロメロとか。そんな事あるわけがないだろ」


「いや、でもあの様子は完全に……。まぁいいか。いずれハッキリするだろうし」



 なぜか自信満々な様子の優斗。

 本当に。こいつのこの自信はどこから来るのか。


 そのまま俺の傍に雪菜不在のまま。

 俺はいつもとは違う環境にほんの少し落ち着かなさを感じつつも、雪菜の作ってくれたお弁当をありがたくいただくのだった。


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