第24話『俺も過去を振り返ってみた』



 あれは俺が小学校低学年のの頃だったか。

 その頃の俺にも親しい友人なんて居なかった。

 傍に居てくれたのは両親と瑠姫姉だけ。


 でもその日、両親は家に居なくて瑠姫姉の帰りも遅くて。

 だから俺は一人寂しく瑠姫姉の帰りを待っていた。


『ただいま拓哉。ってなに辛気臭い顔をしてるの?』


『あ。瑠姫姉。おかえり!』



 学校に親しい友人が居ないことを俺は両親や瑠姫姉に隠していた。

 隠していたのは心配させたくなかったからというのもあるけど、一番の理由はそんな事で悩んでる自分が情けなさ過ぎたからだ。


 自分の情けない姿を瑠姫姉や両親に見せたくない。

 この胸の内の孤独を、叶う事ならば誰にも知られたくない。

 そんな思いを抱えたまま俺は帰ってきた瑠姫姉を出迎えたのだが。



『………………ちぇすとぉっ!!』


『ばぶで!?』


 その日、帰ってきた瑠姫姉はなぜかいきなり俺を思いっきりってきた

 そんなのを予期すらしていなかった俺は無様ぶざまに尻もちをついて。



『え? え? あの……瑠姫姉? なんでいきなり――』


『拓哉がなんか辛気臭い顔をしてて、それでいて何か話したそうにしてたからよ。お姉ちゃんでよければ話を聞くわ。というか話しなさい』



 それは一方的な命令だった。

 というか話を聞くと言いながら蹴りを放つといういつもの瑠姫姉ムーヴに当時の俺は戸惑う事しかできず。


『そ、そんな……。別に話したいことなんてな――』


『はいうそー(スパァンッ!!)』


『いたいっ!?』


 別に嘘なんて吐いたつもりはないのに。

 瑠姫姉は尻もちをついた俺の上にまたがりながら、思いっきりビンタしてきた。



『私が何百年拓哉のお姉ちゃんやってると思ってるの? お姉ちゃんには拓哉の嘘を百発百中で見破る能力が備わっているのです』


『え!? そうなの!? いや、でも僕は嘘なんて吐いてないよっ! 隠してることはあるかもしれないし、ちょっと辛気臭い顔をしちゃってたかもって思うけど話したい事なんて――』


『拓哉。いいことを教えてあげるわ。弟はお姉ちゃんに隠し事をしちゃいけないの。弟はお姉ちゃんに絶対服従するのが常識。これ、次のテストに出るわよ』


『そんな常識聞いたことないよ!? そもそも瑠姫姉が何百年も僕のお姉ちゃんやってるわけないよね!?』


『拓哉には黙ってたけど……実は私たちは前世もその前もそのずっと前も姉弟きょうだいだったのよ。それを全部合わせるとね。なんと今日この日こそ。私が拓哉のお姉ちゃんになってから二百周年記念日です』


だまされないよっ!? そんな適当な嘘に僕は騙されないよ!?』


『お姉ちゃんの中のそうだったらいいなっていう設定を疑うなんて……。お姉ちゃんはとても傷つきました。なので罰として隠してることを全部話しなさい』


『やっぱり嘘じゃんっ! むしろ僕の方が傷ついたよっ!!』


『ごちゃごちゃとうるさいわよ拓哉。隠してることを話さないなら……そうね。お姉ちゃんは拓哉が眠っているうちに拓哉を裸に剥いて縛って、お姉ちゃんの学校の美術室に飾ります』


『意味が分からないよ!? なんでそんな事を!?』


『決まってるじゃない。怪奇かいき、学校の美術室で男子小学生が裸で縛られてるのが発見される。なーんて事になったらきっと、その男子生徒は有名になれるわ。お姉ちゃんは拓哉という素晴らしい弟の事をみんなに自慢したいのです』


『そんな事されたら僕は本格的に引きこもるよ!? そもそも、それをやったら確かに僕の名前と顔は広まるかもしれないけど、それって悪名が広がるだけだからね!?』


『大丈夫よ。お姉ちゃんは拓哉の味方だから。もし拓哉が引きこもりになっても、私が毎日家から叩き出してあげる。たとえ世界の全部が拓哉の敵に回っても、お姉ちゃんだけはずっと拓哉の味方よ』


『瑠姫姉。それ、後半は漫画のセリフだよね? 確かにその部分だけ聞けば感動的なセリフなのかもしれないけどさ。使いどころを致命的に間違ってるよ?』


『違うわ。お姉ちゃんのセリフをあの漫画がパクったのよ。お姉ちゃんこそが全てのオリジナルです』


『えぇ……』



 この日の瑠姫姉もいつも通り無茶苦茶で。


 だから俺はそれまで秘密にしていた抱えている孤独感を瑠姫姉に打ち明けた。


 馬鹿馬鹿しく思えたのだ。

 親しい友達が居ないとか寂しいとか。

 瑠姫姉の破天荒ぶりを見ていると、なんだかそういうのがひどくどうでもいいことのように思えてしまって。


 だから、瑠姫姉に悩みを打ち明ける段階でもう俺は情けないとかそういう事なんて気にしなくなっていたような気がする。

 それに、話をするだけで自然と少し気が楽になって。



『ふぅん。そう。拓哉は学校で孤立してるのね。それで孤独を感じてしまっていると』


『それはそうなんだけど……ハッキリ言うね』


『だって事実でしょう? さすがのお姉ちゃんでも拓哉のぼっちな過去を変える事は出来ないし』


『ぼっちな過去って……』


 瑠姫姉の言葉がぐさぐさと心に刺さる。

 けれど、瑠姫姉は全く気にしていなかった。


『でも安心しなさい拓哉。お姉ちゃんが友達ができる方法を教えてあげるわ』


『え゛!? 瑠姫姉が!?』


 その時、俺はとても驚いた。

 友達を作る方法を瑠姫姉が教えてくれる?

 はっきり言って、不安感しかなかった。


 

『なんでそんなに驚くのよ』


『いや。だって……瑠姫姉に友達なんて居るわけないと思って……』



 瑠姫姉が学校の誰かと遊んでいる姿なんて一度も見たことがない。

 だからこそ、俺は瑠姫姉に友達なんて居るわけないと思っていたのだ。

 そもそも、こんな破天荒な姉に友達なんてできるわけないと思っていたのもあるけど。


『失礼ね。居るわよ。現在、お姉ちゃんはなんでもいう事を聞いてくれる子分ともだちを増やしている最中です。今日もしつけに手間取っちゃってね。だからこんなに遅くなっちゃったの』


しつけ!? それは本当に友達なの!?』



 不安感が倍増した。

 しつけが必要な友達?

 それはもう友達じゃなくて奴隷どれいってやつなんじゃ……。



『必要よ。拓哉。覚えておきなさい。友達が欲しいなら……まずは上下関係を分からせること。これが一番重要よ』


『確かに今の僕には友達が居ないって言ったけどね。これだけは分かる。瑠姫姉、それ友達じゃないよ?』


『文句が多いわね……。それじゃあ……よいしょっと』


『うわっ。えっ!?』



 何を思ったのか。

 俺を押し倒していた瑠姫姉はいきなり俺を持ち上げた。

 お姫様抱っこというやつだ。


 そのまま俺は瑠姫姉の部屋に連れられていき。



『よいしょっと』


『え? なに!? ほんとになに!?』



 訳も分からないまま瑠姫姉は俺を抱っこしたまま自分のベッドに腰かけた。

 当然のごとく混乱する俺。

 瑠姫姉はそんな俺を抱きしめながら。



『よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし』



 何度も。

 何度も何度も何度も。

 繰り返し、俺の頭をなでてきた。



『いや、あの……瑠姫姉? なにやってるの?』


『拓哉を思いっきり甘やかしてます』


『そ、そうなんだ……。なんで?』


『だって、拓哉は孤独を感じてるんでしょう? 友達が居なくて』


『瑠姫姉。ホントにバッサリと言うね』


『そして拓哉は私の考案した友達製造法が気に入らないんでしょう?』


『少なくとも友達を増やすことを製造って言いきる瑠姫姉から友達の作り方を教えてもらいたいとは思わないかな?』


『でしょう? だから甘やかしてるの』


『んんん? ごめん瑠姫姉。話が見えない』


『孤独というのは誰とも触れ合っていないと感じる病気みたいなものよ。お姉ちゃんはその病気にかかったことないからよく分からないけど』


『だろうね』


 この天上天下唯我独尊を地で行く瑠姫姉が孤独を感じるなんてこと、想像すらできないからね。

 瑠姫姉は友達なんか居なくても特に気にせずズンズン前を進んでいくような人だし。


『だから拓哉の孤独っていう病気が治るまで私が拓哉の事を思いっきり構って構って構いまくることにしました。今からお姉ちゃんの全身全霊を持って甘やかしてあげるわ』


『………………あれ? なんでそうなるのかな?』


『拓哉……今月は寝かせないわよ?』


『今月!? 今夜ですらなくて!? いや、あの瑠姫姉。まっ――――――』


 その後。

 俺は両親が瑠姫姉を止めるまでの間、瑠姫姉のおもちゃにされたのだった。

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