第23話『彼女さんの過去を聞いてみた』


 ひとしきり自身の身の上話をしてくれた雪菜。

 彼女は「ふぅ……」と息を吐き。


「――っと。ごめんなさい。関係ない話までしてしまったわね」


 そう言って話を終わらせた。



 雪菜の過去。

 雪菜の両親は彼女の事を愛していなくて。

 だからこそ雪菜は誰かを好きになるという事に興味だけ持ちつつも、それを知らずに育った。


 その想いも成長するごとに変化していったのだろう。

 ゆえに彼女の求める『好き』は『激情』であればなんでもよくなった。


 彼女が俺の苦しむ顔を見たがるのはそのせい。


 感情よりも理性を優先して動く彼女の両親。

 同じく友人の前では仮面を被っているであろう彼女の周囲の人間。

 そんな環境にあったからこそ、雪菜は物語で描かれる『激情』に心を奪われたのだ。



 けれど、彼女自身にも、その周囲にも『激情』を表現する人間は現れない。

 そんな時、彼女は俺に出会ったのだ。


 狂おしいほどに瑠姫姉を好きでいる俺。

 その想いを消し去りたい。消し去らなければと苦悩する俺。

 そんな彼女の求める『激情』を宿した俺に、彼女は興味を持ったからこそ俺の告白を受け入れてくれたと。



 つまりはそういう事だろう。

 そんな雪菜の話を聞いて俺は――



(おっっっっっっっっも)



 当然のごとく、思いっきり引いていた。


 いや、だって。えぇ……。

 重いよ。


 誰にも愛されずに母親とか家政婦さんに事務的に育てられるだけって。

 そんな事、現実にあっていいの?


 雪菜がどうして俺の罰ゲーム告白を受け入れてくれたのか謎だったが、そんな理由だなんて思わなかったよ。

 というか、分かるわけがない。


「その……大変だったんだな」


 そんなありきたりな言葉しか俺はかけられなかった。

 けれど雪菜は気にした様子などなく。



「別に? これがこの家で私が一人暮らししている理由。聞かれたから答えただけよ」


 あっけらかんとした様子で雪菜はそう答える。


「は?」


「何よ『は?』って。言っておくけれど同情なんてしないで欲しいわね。そういうのが嫌だから私は自分の家庭事情を隠してたんだから」


「いや、でもお前……」


「可哀想だとかなんとか。そういうの本当にもういいのよ。私の家庭事情を知った人は憐れんだ眼を私に向けて、思いやりに溢れた言葉を投げる。まるで腫れ物にでも触るみたいにね」


 過去にそういう事があったのだろう。

 雪菜は続きを語る。


「そして、そういう人たちは何もしないの。むしろ私からそっと離れていく。フィクションなら私の親に文句を直接何か言うとか、下心なしで私と積極的に仲良くなろうとか。そういうのもあるのかもしれないけどね。でも、現実は違う。当然よね。他人の親にわざわざ文句を言う子も居るはずがないし。私のような変な子と仲良くなろうとする子も居るはずないもの」



 だから気にしないでほしい。

 憐れみや同情をかけて、でも最後に離れていくなら最初からそんなものは要らない。

 そう雪菜は言う。



「しかし……しまったわ。話の流れで私の趣味とか、拓哉君に出会ってから現実の恋に興味を持つようになったとか。必要のない事まで喋ってしまったわね。どうして私はそんなことを話したのかしら? ……まぁ、私たちは恋人同士なのだし。心の内を明かすべきかとでも思ったのかしらね」


「雪菜……お前……」


「ん? なに?」


「いや……」



 首をかしげる雪菜。

 まさか、本当に気づいていないのか?



 自分の身の上話をしているときも。

 今も。


 雪菜はどこか不安そうにして、その瞳をうるませているというのに。



 なんで雪菜が俺に自分の身の上話を聞かせたか。

 なんとなくだけど、俺には分かる。


 それはきっと、誰かに自分の事を知ってほしかったからだ。

 雪菜の世界には大切な誰かというものが存在しない。


 雪菜の事を大切に思う友人も。

 雪菜の事を愛している異性も。

 彼女本人をきちんと見てくれる誰かが一人も存在しない。


 だからこそ、彼女は誰も愛せないんだ。

 誰も彼女の事を理解しようとすらしないから。

 彼女も他人にどう接したらいいか分からないから。

 ゆえに、その距離は縮まらない。



 そんな雪菜の現状を理解して。

 ふと、俺は昔の事を思い出す。


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