第22話『another 過去話をしてみたわ』
――side高橋雪菜
私の両親は互いに互いを愛していなかった。
「あなたなんか生んで。本当に失敗したわ」
母親は私を欠片も愛さなかった。
「世間体を気にして結婚して、あの女とも一回したが……まさかその一回で子供が出来てしまうとはな。本当に、子供などただただ面倒なだけだというのに。とはいえ、放置するわけにもいかんのが悩ましいところだ」
父親は私の存在を邪魔に思っていた。
そうして私が幼稚園を卒業し、小学校に入学する頃。
「この子、どうするの? 私、もう面倒を見るのなんて嫌よ?」
「私だって嫌だ。とはいえ、育児放棄する訳にもいくまい」
「じゃあどうするの?」
「お前が今まで利用していた家政婦やら家事代行サービスやら。あれを更に利用すればいいのではないか?」
「あれってそんなに便利な物でもないのよ? 結局、夜間とかは子供の面倒を私が見なきゃいけないわけだし」
「住み込みでやらせる訳にはいかないのか?」
「住み込みでやってくれる所はあまりないのよ。それに、そんなのを利用して自分の子供を放置してるなんて知られたら、それこそ世間体が悪くならない?」
「忙しいのは事実だからな。別にそう批判される話ではないだろう。それに金は私たちが出すんだ。放置しているわけではない」
「私も出すのね」
「不服か?」
「いいえ。この子の面倒をこれからもずっと見るのに比べればお金を出すくらい、なんて事ないわね」
「なら決まりだ」
「待って。住み込みでやってくれる所なんてあまりないって。私、言ったわよね?」
「安心しろ。それはこちらで探す」
「そう、ならいいわ」
そうして。
私は小学校に入ってから、多くの時間を親が雇ってくれた家政婦の人と過ごした。
もっとも、その人も仕事で来ているだけ。
だから、そこまで多くの会話を交わすことはなかった。
「結婚って……なんなのかしら?」
小学三年生の頃だったかしら。
周りが恋だの愛だのという話で満たされる事が多くなった。
誰かを好きになって。
結婚して。
そうして添い遂げる。
それは素敵な事で憧れると。
将来の夢はお嫁さんだなんていう子も居た。
私はそんな子たちを見ながら……何一つ共感できなかった。
「結婚って……そんなに素晴らしくてキラキラしたものなのかしら?」
自分の両親を見て、私もこんな風になりたいだなんて一度も思ったことがない。
両親の仲は別に悪くない。
両親が喧嘩をしている姿も、私は見たことがない。
けれど、それと仲が良いのかどうかはまた別の話。
現在、父は中国で仕事をしているし。
母は母で今は確か東京の方で仕事をしているのだったか。
二人とも、互いに相手を愛しているようにはとても見えない。
なのに、結婚している。
そんな二人の関係は私の目から見てかなり冷めた物で。
だから、荷物を取りに戻ってきた母にある日聞いてみた。
「ねぇお母さん。お母さんはどうしてお父さんと結婚したの?」
そう聞くとお母さんは顔色一つ変えることなく。
「親から提示されたお見合い相手の中にあの人が居て。あの人が一番束縛しなさそうな無害な人だったからよ」
そう答えた。
続いて私が「お父さんの事、好きじゃないの?」と聞くと。
「いいえ、好きよ? 海外で今も仕事を頑張っているみたいだし。収入も申し分ない。私のやることに口出しもしない最高の旦那様ね」
そう言って。
荷物を取りに帰ってきただけのお母さんはまたどこかに去った。
「好き……ね」
お母さんはお父さんの事が好き。
そう言っていた。
けれど、それはクラスの人が言っていた好きとは少し違うような。
そんな気がした。
そうしてそのまま私は成長していって。
小学校を卒業するくらいの頃。
私の世話をしてくれていた家政婦が解雇となった。
もう必要ないと判断されたのだろう。
小学校高学年になった辺りから家政婦から家事などのやり方を教えられた。
おそらく、お父さんかお母さんが家政婦にそうするようにと指示を出したのだ。
そのおかげで、私は中学生にして一人で色々とこなせるようになっていた。
もっとも、自分で稼いでいたわけではないけど。
けれどお金に関しては心配することはなかった。
既に私は自分の口座を持たされていて、そこに一年を過ごすには十分すぎるほどのお金が毎年入ってくるからだ。
授業参観も、体育祭も。
誰も見に来てくれないけど。
それでも、私は苦労することなく生きていけている。
周りと比べて何かが足りない。
そう感じつつも、私は何の不自由もなく育っていった。
そんな私の趣味。
それは読書だった。
自分の知らない物語に触れることが楽しかったのだ。
中でも恋愛物語が私は好きだった。
誰かが好きで好きでたまらなくなる。
理性すらも飛び越える愛情という名の暴力。
そんな激情が描かれている本を読むたび、多少なりとも心が震えた。
しかし――
「……
物語は好きだ。
けれど、それはどこまで行っても物語。
現実にはあり得ないもの。
誰かを理性を超えて好きになる?
自分の何もかもを捨ててもいいと思えるくらいのドロドロの恋?
そんなもの、あるわけがない。
事実、私の周りの子も成長していくにつれ『好き』の種類が変わっていったように感じた。
相手の顔がいいからとか。家柄とか。お金持ちだからとか。将来性とか。
そういう物を指して『好き』だと言う子が増えた。
つまり、『理性』で誰かを好きになっているのだ。
それは私の知っている母親と同じ『好き』だった。
ドキドキなんてしない打算的な恋。
そんな物に私は興味がなかった。
女子だけでなく、男子もそう。
私は容姿に恵まれていたらしく、成長するにつれ何度も告白されるようになった。
けれど、男子の視線を浴びていれば嫌でも分かる。
相手が自分の何を見ているか。
そもそも、告白してくる男子たちは普段私と話さない人たちばかり。
それなのに、一体私の何を好きになったというのか。
もっとも、それは私があまり他人と関わろうとしなかったから仕方ないことだとも思うけど。
けれど、『物静か』だの『大人っぽい』だの。
そんな理由で好きになられても困るのだ。
だから、私は現実の恋に興味を持てなかった。
水野拓哉。
彼と会うあの日までは――
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