第21話『彼女さんの手料理を食べてみた』


「はい、召し上がれ」



「いただきます」



 俺はテーブルに料理を並べたりするのだけは手伝い、彼女と共に食卓に着く。

 目の前には彼女の作った料理であるオムライスとコーンスープ。

 どちらも見た目はおいしそうだ。


 さっそく頂く。


「んっ」


「どう?」


「美味しいよ」


「そう、良かった。オムライスなんて簡単すぎて呆れられるかとも思ったけど。拓哉君は卵料理が好きみたいだから」


「俺の好みに合わせてくれたのか」


「彼女だもの。これくらい当然でしょう?」



 特に誇ることなくそう言う雪菜。

 俺からしてみれば当然じゃないと思うが……。

 とにかく、ありがたいことである。



「本当はここに特製ソースを混ぜる予定だったんだけど……」


「俺のポケットを見ながらそんな事を言うんじゃない。というか料理で遊ぼうとするなよ。罰が当たるぞ」


「? 何を言っているの? 遊ぶなんて。もともと私にそんなつもりはなかったわ」


「へ? いや、じゃあどういう?」


「どういうも何もそのままの意味よ。私、料理で遊ぶつもりなんてなかったわ。ただ、料理に特製ソースを盛ってアレコレして拓哉君の泣き顔を見ようと真剣に考えていただけ。遊びじゃないのよ」


「そういう意味で料理で遊ぶなって言った訳じゃねえよ!?」



 俺が言いたかったのは料理に変な物を盛るなという話で。

 断じて、盛るなら遊びじゃなく真剣にやれと言いたかったわけではない。


 というか、そんなことを真剣にやらないでほしい。

 やる側は別にいいかもしれないが、やられる側としては恐怖しかないから。



 そうして少しびくつきながらも食事を終え。



「ごちそうさま」


「ええ」



 さて。

 帰るか。


 いや。

 料理は何も手伝えなかったんだし、洗い物くらいはしていくか。



「とりあえず使った食器だけでも洗っていくよ。いいよな?」



 自分が使った食器をキッチンの流し場へと持っていきながら雪菜に尋ねる。

 しかし、彼女からの返答はない。



「おーい。雪菜―? 食器とか片づけていくつもりだけど、いいんだよな?」


 再度尋ねる。

 するとようやく雪菜はビクッと姿勢を正して。



「え、ええ。問題ないわ。ありがとう」



 と、なぜだか少し戸惑い気味に答える。

 なんだ?

 今さら何を戸惑うことが?



 不思議に思いつつも俺は自分と彼女が使った食器を洗っていく。

 そうしていると。



「なんだか……不思議な気分だわ」


「ん? なんだって?」



 食器を洗っている最中だったから、水音で雪菜が何を言ったのか聞き取れなかった。

 さっさと食器洗いを終わらせ、今も食卓で頬杖ほおづえをつきながらどこか遠くを見る彼女の傍に寄る。


 そうして間近で雪菜の顔を見ると。

 彼女は表情を変えないまま、なぜか泣いていた。



「は……え!?」


「どうかしたの?」


「いや……」


 心底不思議そうに首をかしげる雪菜。

 自分が泣いていることに気づいていないのか?

 そう俺が困惑する中、雪菜は「はぁ……」とため息をつきながら食卓を眺め。



「本当に……不思議な気分。誰かと家で食卓を囲んで。美味しいと言われて。それで少し騒いで……。なんだか変な気分。不快ではないのだけど……」


 そう言って軽く胸に手を当てる雪菜。


 なんだ、それ?


 それじゃあまるで、俺と一緒に食卓を囲み、美味しいと言ってもらえて感動してるとでも言ってるみたいじゃないか。



 ただ、それはさすがにないだろう。

 なにせ、相手はあの雪菜だ。

 そんな当たり前のことで泣いたり感動するわけがない。


 そんな当たり前のことで――



「………………あ」



 そこで気づいた。

 このリビングの違和感。

 そして雪菜の部屋で感じた違和感。


 テレビや家具があり、何も変わった物がないリビング。

 衣装棚や勉強机と、何も変わった物がない雪菜の部屋。



 変な物を見つけたとかではない。

 むしろその逆。


 あまりにも物が少なすぎる。

 

 家族でこの家に暮らしていると雪菜は言っていた。

 そして今日はたまたま家族は帰ってこないのだと。

 他の日も、家族は夜遅くに帰ってくるから今は家に居ないのだと言われたことがある。


 だけど、それは本当か?

 何人かで暮らしている家にしてはこの家、生活感があまり感じられないんじゃないか?




 それにだ。

 俺は雪菜の両親と一度も会ったことがない。

 一緒に住んでいるという彼女の両親の姿をこの一か月間、その影すら見ていないのだ。




「なぁ、雪菜……」


「なに?」


「その……この家、もしかして雪菜一人で住んでいるのか?」


 そう俺が聞くと。


「………………」



 固まったように動かなくなる雪菜。

 彼女は目を見開いたまままっすぐに俺を見つめていて。


「あ………………」



 しまった。

 今の質問はあまりにも配慮に欠けていた。


 仮に俺の予想通り、雪菜がこの家に一人で住んでいたとして。

 なぜ彼女はいつも俺に両親は夜遅くに帰ってきているなどと嘘をついていたのか。


 そんなの決まってる。

 一人で家に住んでいることを隠したかったからだ。


「いや、今のは違くて。そのっ」


「どうしてそう思ったの?」


「……はい?」


「だから。どうして私一人で住んでるだなんて思ったの?」


 真顔で尋ねてくる雪菜。

 俺はごまかさず、どうしてそう思ったか話すことにした。


「それは、その……部屋を見渡して生活感があまり感じられなかったから? 両親と一緒に暮らしてるにしては明らかに物も少ないし」


「そう……」



 俺がそう答えると雪菜は「ふぅ……」とため息を吐きながらリビングのソファーへと腰をうずめる。



「半分正解よ」


「半分?」


「ええ。一応だけどこの家に私の親は時々帰ってくるわ。あの人たち、この家の自分の部屋を物置代わりに使ってるから。けど、それも一年に数回帰ってくるかどうかだし、用事が終わればすぐに帰る。だから実質、私は一人暮らししていると言えなくもないのよね」



 無表情のまま淡々と事情を説明してくれる雪菜。

 その横顔にはまだ先ほどの涙の跡があり、なんだか見ているだけでこっちが苦しくなる。


「この家に今住んでいるのは私だけ。両親がこの家に住んでいたのは私が小学校に入るまでの事ね。その両親も今は別々に暮らしてるわ」


「別々に? なんで?」


「互いに相手の事をなんとも思ってないからよ。あの人たち、結婚してはいるけどそれだけだし」


「それだけ?」


「ええ」



 そのまま雪菜は。

 自身の身の上話を始めるのだった。


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