第20話『彼女の家にお呼ばれしてみた』



「お邪魔しまーす」



 初めて入る雪菜の家。

 一軒家のその家は、彼女の言う通り今は誰も居ないようだった。



「ソファーにでも座って好きにくつろいでいなさい。今、お茶を入れるから」


「あ、ああ。ありがとう?」


「別に。彼女としてとかじゃなく。お客さんへの対応としてもこんなの普通でしょう?」





 そう言ってキッチンへの引っ込む雪菜。

 いった通り、俺の為にお茶を出してくれるんだろう。

 それを待ちながら、俺はつい辺りをきょろきょろと見まわしてしまう。



 別に雪菜の部屋に招待された訳でもなく、ここはただのリビングなのだが少し緊張する。

 特段変わった物はない。

 テレビがあり、椅子や机といった家具があり、そういう何の変哲へんてつもない物が並んでいるだけで。



(………………あれ?)



 そうして部屋の中を見渡していると、なんとなく違和感を感じた。

 別に変な物を見つけたわけじゃない。

 ただ、何か引っかかるような……。



「はい、お茶」


「ん? おぉ。サンキュ」



 雪菜がお茶の入ったコップを目の前に置いてくれて。

 俺は何かが引っかかっていたが、とりあえずそれは横に置いといてせっかく雪菜がれてくれたんだしとお茶を飲んで。



「さて。それじゃ早速だけど、ヤる?」


「ぶーーーーーーーーーーっ」



 せっかく雪菜が淹れてくれたお茶。

 それらは全て、雪菜本人へと返っていった。


 まぁ、ありていに言えばいたよね。

 そのせいで彼女の着ている制服はずぶ濡れとなってしまって。



「………………随分と特殊とくしゅなプレイね。確か……そう。濡れ透けプレイってやつだったかしら?」


「げほっ。おまっ!? 何を言って……けほっ」


「拓哉君こそ何を言ってるのか分からないわ。それほど興奮していると認識していいのかしら?」


「よくねえよっ!? というかさっさと着替えてきてくれ!!」


「え? いきなりコスプレプレイ? 困ったわ……。拓哉君は常識的な人だと思ったのに。最初から飛ばすのね。いえ、男子なら誰でもこういうものなのかしら?」


「日本語って難しいなぁっ!! そういう意味じゃなくてねっ!? 俺にはそういうつもりは欠片もないからさっさと普通の服に着替えてくるんだっ! 濡れた服で居ると風邪ひくだろうし、こっちとしても目の毒になってるんだよっ!!」


「女の子の家に上がって、欠片もそんな気がないなんて。それは一種の侮辱じゃないかしら? それに、私をずぶ濡れにしたのは拓哉君じゃない」


「いいからさっさと着替えてこぉいっ!!」


「………………わかったわよ」


 そこまで言ってようやく雪菜は納得いかなそうではあったものの、部屋の一室(多分彼女の部屋)へと去った。



 つ、疲れる。

 本当に……なんなんだ高橋雪菜。

 頭の仲がピンク色なのか?


 それとも、彼女はそこまでしてでも俺の苦しんでる姿が見たいのか?

 その為なら自分の体すらも道具のように扱って。


 一体どんな育ち方をすればそんな思考回路に至るというのか。


 正直、理解に苦しむ。

 というか、俺には一生理解できないだろう。




 そうして待つこと数分。




「待たせたわね」



 そうして戻ってきた雪菜。

 確かに着替えてきていた。


 けれど、纏っていたのは普通の服装なんかでじゃ決してなくて。

 肌の線がくっきり出るような。

 なんだったら少し透けてすら見えるような白いネグリジェ姿で。



「却下だアホォォォォォォォォォォォォッ!!」



 俺は彼女の姿を見るなりすぐに後ろを向き、全力で突っ込んだ。



「ねぇ? 俺は普通の服に着替えてこいって言ったよね? それのどこが普通の服なのか聞いていい!?」


「変かしら? これ、長持ちするし寝やすいしで部屋着として重宝しているのだけど……」


「変だよ!? いや、誰も見てないなら変じゃないのかもしれないけど……。でも今は俺の目があるからそういうのはダメだろ!?」


「そういうのはダメって……どういう事?」


「いや、だからね? そんな姿を他人に見られるなんて。恥ずかしいとは思わないのか!?」


「思わないわ」


「即答かよ!?」



 そっかー。恥ずかしいとは思わないのかー。

 きっと羞恥心とかそういうのをどっかに落としてきちゃったんだろうなー。



「とりあえず! そのままだと俺が見れないから他の服にしてくれ!!」



 雪菜から目を逸らしつつ俺はそう叫ぶ。

 すると彼女は。



「嫌よ」


 と。

 俺の要望を真っ向から切り捨てやがった。



「嫌って……ちなみになんで?」


「だって、めんどうくさいもの」


「めんどうくさい!?」


「そもそも、これが普通の服じゃないならどれが普通かなんて分からないしね」


「えぇ……」



 いや、めんどうくさいという理由だけで目の前をネグリジェ姿でうろうろされましても……ねぇ?


 正直、雪菜は全てを分かったうえで誘っているんじゃないかって。

 そうとしか俺には思えなくて。



「あ、そうだ。それなら拓哉君が選んだらいいじゃない」


「はい? なにを?」


「普通の服とやらを。こっちに来なさい」



 雪菜が俺の腕をつかんで立ち上がらせる。

 俺は彼女から目を逸らしたまま、彼女に連れられ部屋の一室に入り。



「この中から選んで。どれでも文句なんか言わず着てあげるから」



「その言い方だと俺が無理やりコスプレさせてるみたいですねえ!?」



 などと文句を言いながら俺は彼女から目を逸らしながらも部屋の中を見て。

 彼女によって開けられたタンスの中身を見る


 きちんと衣類が畳まれたタンス。

 予備の制服やネグリジェ以外の部屋着まで、色んな衣類がそこに収められていた。。

 その中には下着なんかも収められていて、一瞬戸惑ったが……。



(うーん。耐性ってやつは怖いな。過去に瑠姫姉の着る服を下着から何から何まで選ばされた経験があるからか。装着前の下着とかを前にしてもわりと冷静でいられてしまう)



 普通ならこういう場面『ば、馬鹿! なんて物を見せるんだよお前』とか言って怒るんだろうけど。

 悲しいことに、俺は冷静に雪菜の服を適当に選んで「はいコレ」と言えてしまった。



 俺が選んだ服を「これね。わかったわ」と素直に受け取る雪菜。

すぐに着替えそうな気配がしたので、俺は急いで彼女の自室を後にしようとして。


「うん?」


「どうかしたの?」


「いや……」



 初めて入った雪菜の部屋。

 その中を軽く見回して。

 やはりなんとなく違和感があるような……。



「なんでもない。異性の部屋に入ったのなんてこれが初めてだからな。つい見まわしてしまっただけだ。悪い」


「そう」


 特に怒ることもなく、濡れた服に手をかける雪菜。

 それを横目で見て、今度こそ俺は部屋を後にする。


 しかし……なんだろう?

 リビングでも彼女の部屋でも感じた違和感。

 別に変な物なんて見ていないはずなのに……。


 まぁハッキリ何かがおかしいと言えるわけでもなし。

 気のせいか。




 それからしばらくして。

 俺が指示した服に着替えた雪菜が部屋から出てきた。

 淡いピンク色のやわらかなパジャマを身にまとう雪菜。


 普段見ない姿の彼女という意味ではこの姿も十分目に毒だが、さっきのネグリジェだの濡れた制服などよりは遥かにマシだろう。


 それを見届けた俺は「それじゃ、ここらへんで俺はおいとまするから」と腰を上げたのだが。



「何をつれない事を言っているのよ。拓哉君、あなたは彼女の部屋に初めて訪れたのよ。このまま何もせずに帰るつもり?」


 なんて言って引き留めてきた。

 いやいや。


「このまま何もせずに帰るつもりだけど? というか、俺は何もするつもりはないって言ったよな?」


「それはそうだけど……。あ、そうだ。ならせめて何か食べていきなさいよ。ほら、私一人で食べるのもなんだか味気ないし。それが終わったら帰っていいから」


「それなら、まぁ……」



 正直、家に帰っても一人で飯を作ることになるのだ。

 それなら、俺より料理上手な雪菜のご飯を食べて帰りたいというのはある。

 ただ……。



「でも、いいのか? 一方的に俺ばかり得してるような……」


「いいわよ。一人分作るのも二人分作るのもさして変わらないし」


「そうか。それなら……お願いしようかな」


「ふふっ♪ そう来なくっちゃ」


 軽く拳を握って喜ぶ雪菜。

 彼女は機嫌よさそうにキッチンへと向かう。

 俺はその背中に。


「ただ、変な物は混ぜないでくれよ? 俺をその気にさせる為とか言って料理に薬を混ぜ込まれたらたまったもんじゃないからな……。なーんて」


 少し気恥ずかしさを感じるからか、ついそんな冗談を言ってしまう。

 すると一瞬、雪菜の体がピタリと止まり。



「あっ(ポロ)」



 彼女の手元から何か落ちる。

 コロコロとこちらにびんが転がってきたので、拾う。


 それを見てみると。

 びんの表面には――


 『息子よ立ち上がれ!』


 とか。


 『男の強固な自信を取り戻せ!!』『亜鉛』


 だのと不穏な文字が。



「………………」


「別に………………何も混ぜるつもりなんか……ないわよ? あ、それ返して」



 そう言いながら俺が拾った瓶へと手を伸ばす雪菜。

 当然、俺はそれをポケットに仕舞い。



「没収」



 そう告げた。

 すると雪菜は。



「……っち。そう。残念ね」



 彼女らしくない舌打ちをしてみせるのだった。


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