第19話『教育された結果』



「ん? 俺が雪菜の家に……押しかける?」


「ええ。拓哉君。私の家まで送ってくれたことはもう何度かあるけど、家に上がってくれたことはないでしょう?」


「それはそうだけど……」


「あ。もしかして逆なのかしら? 私が拓哉君の家にお邪魔するべき? でも拓哉君。私が家に上がろうとすると全力で拒否してくるわよね。本当に……難しい問題だわ。最初はどこでするものなのかしら?」


「いやいや待って。普通に話が見えないんだが?」



 雪菜の家に俺が行くとか。

 雪菜が俺の家に来るとか。

 いったい彼女は何の話を?



「だからアレよ。もう私たち、交際して一カ月でしょう? そろそろ肉体関係をもってもいいんじゃないかと思って」


「もっていい訳があるかぁっ!!」



 とんでもな事を言い出す雪菜に、さしもの俺もキレた。

 表情一つ変えず何を考えてるのかと思ったら、そんなとんでもないこと考えてたのか!?



「今まであえて言わなかったけどさ。分かってるのか雪菜? 俺たちの関係って……かなり歪んでるんだぞっ!」


 互いが相手の事を別に好いていない。

 それぞれメリットがあるというだけで付き合っている。

 ある意味、偽装カップルなんかより業が深い。それが俺と雪菜の関係だ。


 そのことを今一度、俺は雪菜に説明しようとして。


「何をいまさら? そんなの知ってるにきまってるでしょう? 拓哉君って、もしかしてとんでもない馬鹿なの?」


辛辣しんらつすぎない?」



 ばっさりと。そんなの知ってると切り捨てられた。

 え? なにこれ?


 常識外の事を言う彼女さんに対して冷静になれと諭してたら、その彼女さんにいきなり刺されましたって気分なんだけど。

 なんというか……釈然しゃくぜんとしないものがある。



「確かに私たちの関係は歪んでるわ。けど、それがなに? 私たちが付き合ってるのは事実で、一か月経ったのもまた事実。ならそろそろ進展があってもいいんじゃないかって。そう考えることはおかしい事かしら?」


「おかしい事だと思うけど!? というか雪菜。俺がこんな事言うのもなんだけど、お前も別に俺の事が好きとか。そういうの無いだろ?」


「ふん。当然でしょう? 私は拓哉君に興味があるだけ。異性として好きとか。そんなのあるわけがないじゃない」



 ズキッ。


 あれ?

 予想していた答えを返されただけなのに。。

 

 なんだか一瞬、胸が苦しくなったような?


 いや、気のせいか。

 ともかく。




「それならなおさら、俺とお前は肉体関係とかもつべきじゃないだろ。そういうのはアレだ。大事な人とかの為に取っておくものらしいし」


「そうね。でも、だからいいんじゃない」


「なにが?」


「拓哉君は鈍いわね。あの日、私はきっちり伝えたはずなのに……。いいわ。もう一度ハッキリと言ってあげる」



 そうして雪菜はまっすぐ俺の目を見て言った。



「私はね、拓哉君。既にあなたの欲望のはけ口になる覚悟なんてとっくに出来てるのよ」


「そんな覚悟は捨ててしまえっ!!!



 覚悟を決めた目で、ろくでもない宣言をする雪菜。

 そんな事を俺に聞かせて、こいつは俺に何を求めているというのか。

 というか。


「そもそも雪菜。お前はそんなにしたいのか?」


「そういう訳じゃないけど……。いや、そうね。とてもしたいわ」


「そうなの!?」



 驚愕きょうがくの事実に俺は驚きを隠せない。

 え? こんな涼しい顔しといて雪菜ったら肉食系?

 かなりイメージと違ってビックリなんだけど。



「ええ。だってそそるじゃない?」


「そそる?」


「だってそうでしょう? 拓哉君が初恋を忘れられないまま好きでもない私を抱いて。そうして快楽と苦悩の狭間で顔を歪ませているのを想像したら……。ふふっ♪ 想像するだけでかなりそそられるわ。初めてを捧げる価値があるくらいにね」


「もっと自分を大切にしてぇ!?」



 肉食系女子とか、そんな次元ですらなかった。

 高橋雪菜。

 既に分かっていたけど、改めて思った。


 この子、ただのヤベエ女だ。

 優斗もいつか言ってた気がするけど、常識じゃ測れない女だ!!



「――という訳で拓哉君。彼女として命令よ。今日は私の家に泊まりなさい」


「いや全力で遠慮しとくけど!?」



 さっきの話を聞いて誰が泊まりに行くというのか。


 俺が煩悩ぼんのうで頭がいっぱいな男子であればホイホイ付いて行ったのかもしれないが、雪菜の言うように俺には既に好きな人が居て、雪菜の事が好きかどうかは自分でも分かっていない。


 そんな状態で彼女を抱くなんて、できるわけがない。

 よって、彼女の家にも泊まりに行かない。

 そう伝えるも。



「ダメよ。これは決定事項。今日は私の家、誰も居ないのよ。つまり、拓哉君が来てくれなければ私は家で一人寂しい思いをする。もしかしたら寂しくて泣いてしまうかもね」


 ちゃっかり自分の家には他に誰も居ないと伝えてくる雪菜。

 ならばなおの事、彼女の家に俺がお邪魔するわけにはいかない。

 そう思うのだが。


「ねぇ拓哉君。あなたは自分の彼女にそんな寂しい思いをさせるようなどうしようもない彼氏なのかしら?」



「ぐっ――」



 その言い方は……ずるい。


 瑠姫姉とのあの日々を思い出してしまうから――


★ ★ ★


『いい、拓哉? あなたはカッコイイ男の子になりなさい』


『カッコイイ男の子?』


『そうよ。近くに居る女の子を絶対泣かせず、寂しい思いもさせない。そんなスーパーマンになりなさい。お姉ちゃんがあなたをそんな最高の男にするためにしつけてあげる』


『えぇ……そんなの無理だよ瑠姫姉。僕は――』


『減点!!(ピシィッ!!)』


『あ痛!? ちょっ、痛いよ瑠姫姉。どうしてむちで叩くの?』


『カッコイイ男の子は自分の事を『僕』だなんて言わないからです。それと、無理って言うのも禁止よ。お姉ちゃんがやれって言った事を拓哉は口答えせずにしなきゃダメって。前に言ったわよね?』


『それは聞いたけど……でも無理なものは無理で――』


『さらに減点!!(ピシピシィッ!!)』


『イタッ。痛いよ瑠姫姉っ! やめてよぉ』


『はぁ……はぁ……。泣きそうな拓哉かわいい。けど今は耐えるのよ拓哉。あなたはやればできる子。何も私はすべての女の子を救えって言ってるわけじゃないの。ただ、手の届く範囲の女の子は全員幸せにしなさい。そんなスーパーマンは私が育てたって。お姉ちゃんはみんなに自慢したいのです』


『手の届く範囲の女の子を幸せにしなさいって……。つまり手の届く範囲の女の子みんなと結婚しろってこと?』



『大減点!!(バキボゴォッ!!)』



『おぶっ!? る、瑠姫姉……。どうして殴るの?』



『拓哉があんまりにも馬鹿なことを言うからよ。手の届く範囲の女の子みんなと結婚って。どうしてそんな発想に至ったの? どうしてそんな事を考えたの?』


『えっと……女の子のさいだいきゅーの幸せは結婚なのよって。クラスのえっちゃんが言ってたからだけど』


『ふぅん(ピシィッ!!)』


『だから痛いっ!! 今度は何!?』


『別に。ただ、私の知らない女の影が拓哉の傍に感じ取れたからイラっとしただけよ』


『瑠姫姉はぼ……。俺にどうしろって言うの!?』


『簡単よ。近くの女の子をとにかく泣かせず幸せにしなさい。そして女の子の間で人気者になりなさい。そして、そのうえで女の子のお友達は作らないようにしなさい』


『無茶苦茶だよぉ……』


『大丈夫。お姉ちゃんに全部任せなさい』


★ ★ ★



 ――――――なーんて瑠姫姉の教育せんのうを受けたせいで、俺はとにかく女の子を悲しませたくないと思ってしまう。


 そんな俺が『あなたは自分の彼女にそんな寂しい思いをさせるようなどうしようもない彼氏なのかしら?』だなんて言われたら。

 そんなの、無視なんかできない。


 十中八九、これは雪菜の罠だとわかっていても断れなくなる。


 加えて言うならば。

 こういうところがどうしようもなく似てるのだ。



 俺の意見なんかガン無視で。

 理不尽極まりない注文ばかりつけてくるところが。

 どこか危なげな雰囲気すら漂わせるそんなところが。


 雪菜のそういうところが、瑠姫姉と似ていて。

 だから――



「分かったよ……。でも、絶対そういう事はしないからな」



 断れなかった。

 倫理的にダメとか。道徳的に許されないとか。

 そうわかっているはずなのに、結局俺は雪菜の命令を跳ねのけることはできなかった。



「精の付く物を用意して待ってるわ」


「聞いてます?」



そうして。

唐突にお泊りイベントが勃発することになった。


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