第18話『ぐいぐいくる彼女』
「拓哉君。今日も一緒に帰りましょう?」
「ああ」
それはある日の授業終わり。
俺はいつものように雪菜に誘われ、帰路についた。
もっとも、俺たちの家は学校から見て別方向にあるから、どっちかが相手の家をわざわざ経由してから帰るとかいうヘンテコな事をしているけど、
でも、俺と雪菜は恋人だからこういうのも有りなのだろう。
あの日の雪菜の言葉は今も耳から離れない。
『安心して……私をその誰かさんの代替品として扱ってちょうだい。あなたのその表情を特等席で見られるのなら、私はなんだって受け入れてあげるわ』
その言葉を聞いたのが一か月ほど前の事で。
それからも変わらず、俺たちの関係は恋人同士のままだった。
もっとも、俺たち二人の間では色々と
だってそうだろう?
高橋雪菜。
彼女はあれからというもの。さらにぐいぐいと俺に迫るようになった。
昼休みは甲斐甲斐しくも俺のお弁当を持って「一緒に食べましょう拓哉君」と誘ってきたり。
放課後は絶対に俺と一緒に帰ろうと待ち構えていたり。
俺の家に押しかけようともしてきたな。
さすがに関係性があやふやな彼女さんを家に上げるほどの度胸なんて俺にはなかったから家には上げなかったけど。
休日も俺に構ってばかり。
長いこと淡々と電話したり、時には近場でデートなんかもした。
その度に俺はやっぱり『今、彼女として隣に居るのが瑠姫姉だったらよかったのに』なんて思いつつ。
けど、そんな俺の反応を見て
結局、俺は雪菜の事をどう思ってるのか。自分でも分からないままだった。
こうして手を繋ぐ事も当然の事のように思えてきて。
当然のように隣に雪菜が居て。
それがどこか心地よくもあって。
けれど、俺たちは知っている。
相手が自分の事なんて好きじゃないと。
それを知っていながら付き合っているのだ。
雪菜は俺の傷ついた顔を見るのがただ好きなだけの変人で。
俺は雪菜という彼女を使って瑠姫姉への想いを彼女で代用している鬼畜だ。
俺たち二人の間では色々と
恋人関係なのに、互いが好きあっていないことを自覚している。
自覚しているのに、自分の欲の為に恋人関係を続けている。
本当に……俺たちの関係って一体なんなんだろうな?
「はぁ……」
「ふふっ。拓哉君ったらため息なんて吐いて。知ってる? ため息をつけばそれだけ幸せが逃げるそうよ?」
「知ってるよ。そう言う雪菜は随分と楽しそうだな?」
「そうでもないわよ? 私、これでも悩んでいることがあるもの。ただ、それ以上に拓哉君が辛そうなのが見てて楽しいだけ。抱きしめてなでなでしてあげましょうか?」
「………………いや、いい」
「ふふっ。随分と間があったわね。拓哉君ってば。本当に……そういうところがそそるわよね。ゾクゾクしちゃうわ」
「恋人とはいえ、同い年の同級生になでなでとか。そんな事を提案する雪菜に呆れてただけだよ」
「ふぅん、そう。つまり、拓哉君が本当にそういう事をして欲しい相手は年上の女の人なのね。今後の参考にさせてもらうわ」
駄目だ。
やはりというべきか、口では雪菜に敵わない。
俺が実の姉である瑠姫姉に想いを寄せていること。
これについては雪菜にも言っていない。
俺が瑠姫姉と今までどんな事をしてきたのか
姉と弟でどんなやりとりがあったのか。
そんなことすら、俺は彼女に話したくなかった。
言ったら最後、雪菜はその思い出を
自分を俺の好きな人の代替品にしていいと言った雪菜。
俺の想い人が瑠姫姉だと知れば、彼女は瑠姫姉の事を調べ、俺の前では瑠姫姉らしく振舞うようになってしまうかもしれない。
ただでさえ、雪菜と瑠姫姉はいろいろと似ている部分がある。
だから、これ以上はダメだ。
雪菜が瑠姫姉のように振舞うようになったら。
瑠姫姉が俺にしてくれた事を雪菜がなぞるように再演するようになったら。
俺はきっと、彼女の事を本気で瑠姫姉の代替品として好きになってしまう気がする。
そんな好きは嘘だと思う。
だから。それがとてつもなく……怖い。
瑠姫姉との思い出が雪菜に
雪菜という存在がなくなってしまいそうなのが怖いのか。
はたまた。好きって何なのか自分でも分からなくなりそうなのが怖いのか。
なにが怖いのかは自分でもわからないけど、ただただ雪菜には瑠姫姉に関する情報は何一つ渡したくないと。
そう強く俺は思っていた。
「うるさい。そんな事より雪菜の悩み事ってなんなんだよ。下らないことだったら鼻で笑ってやる」
だから俺は無理やり話題を変えた。
それに、少しだけ気になったのだ。
いつも強気な雪菜が悩みだなんて。
完璧超人のクール同級生かと思えばへったくそな尾行をしてきたり、らしくないトラブルを起こしたりする雪菜。
そんな雪菜が抱える悩みとは?
それはいったい何なんだろうと。普通に興味があった。
「下らない事なんかじゃないわ。とても重要な事。私たちにとって……ね」
「俺たちにとって重要な事?」
なんだろう?
考えてみても何も思い浮かばない。
そんな俺の様子を見て雪菜は明らかにガッカリした顔を見せて。
「私たち、もう交際してから一か月も経つでしょう? 拓哉君はいつになったら私の家に押しかけてきてくれるのかしら?」
なんて事を言い出した。
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