第17話『another 楽しくなってきたわ』


 ――side高橋雪菜



「ふぅ……」



 私は自分のベッドに飛び込んで。

 今日の出来事を頭の中で思い返していた。



「拓哉君……」



 唇をなぞる。

 初めてのキス。

 いわゆるファーストキスというものを私は拓哉君に捧げた。



「ふふっ♪」



 もちろん、後悔はない。

 私がキスしたときの拓哉君の顔。


 あの深く傷ついたような顔。

 私じゃない誰かに恋をしているというのに。

 私とキスをしてしまった。


 その事に自身でショックを受けているような。

 

 激しい恋心を自分でどう処理していいのかも分からず、ただ苦しんでいるかのような。

 真剣に苦しんでいて、剥きだしの人間らしさを感じさせる顔だった。


 その顔を、私はあれだけ間近で見れた。



「あぁ……思い出しただけでもゾクゾクするわ」



 それだけで私は満足。



「私って案外Sっがあるのかしら?」



 拓哉君の傷ついた顔。

 私を知らない誰かと重ねてしまって、それで勝手に傷つく拓哉君。

 それはとても魅力的なもので。


 その姿をもっと、もっと見たいと。

 私は望んでいた。



 拓哉君は本気で私じゃない誰かに恋をしている。

 それも、私が求めていたような恋だ。


 誰かが好きで。好きだから苦しくて。苦しいくらいに誰かを好きになっている。 

 傍で眺めているだけでドキドキしてしまうような恋。


 ドロドロの深い落とし穴にはまって。

 決して抜け出せないような恋を彼はしている。



「………………徹底的にあなたの恋に関わりたいの」



 拓哉君は私の知らない誰かさんが好き。

 けれど、『その人』には手が届かないから。代わりに私を好きになろうとしている。

 

 でもついつい彼女である私と過ごしているときに『その人』の事を思い出してしまって。

 私を通して『その人』を見てしまって。

 そんな自分に対する嫌悪と、私に対する罪悪感で彼は勝手に傷つく。



 そんな彼を見ているだけで、私はとてもドキドキできる。

 それは恋愛物語を読んでも得られないほどのドキドキで。

 絶対に手放したくない物。



「ふふ……明日からが楽しみね」



 私の醜いところはもうさらした。

 拓哉君の醜いところも無理やり暴き出した。


 ならもう遠慮えんりょはいらない。

 彼に私じゃない別の好きな人が居るからこそ。

 彼の心を揺り動かすために、私はなんでもしよう。


 きっとそのたびに彼は傷ついてくれる。

 そして彼が傷つく度に、私は満たされるのだ。



「簡単に私を好きにならないって所も素敵ね。そうなったら面白くないもの」



 既に拓哉君が他の誰かに恋をしているからこそ。

 彼は私の事を見ない。


 そのことがとても腹立たしくて。

 切なくて。

 これが独占欲というものなんだろう。




「もし………………彼が私の事を好きになったら」



 これからも私は彼の気をくためにアプローチをかけるのだ。

 ならば当然、そんな事もあるかもしれない。


 あの瞳に私が映って。

 狂おしいほどに私を求めてくれて。

 互いにドロドロになるまで溶け合って……溶け合って?



「……馬鹿ね。私ったらなにを考えてるのかしら。そんな事、私も拓哉君も望んでないっていうのに」


 私は拓哉君のドロドロの恋物語を傍で観測したいだけ。

 拓哉君はそのドロドロの恋を私という存在を利用して終わらせたいだけ。



 だから互いに相手とどうなろうかなんて考えていない。

 互いが互いを勝手に利用するだけの関係だ。


 そもそも、私がが拓哉君に向けるこの感情はただの好奇心。もしくは興味だもの。

 彼の事が好きとか。気になって仕方ないとか。

 そんなの……あるわけがない。










 ――その時の私は本気でそう思っていた。


 気づいていなかったのだ。



 電車で助けられた時。

 もしくは拓哉君が私じゃない別の子とデートするんじゃないかとやきもきしていた時かもしれない。


 いや、もしかしたら彼がわざわざ私の為にデートプランを練ろうとしていると知った時かしら?



 とにかく。

 その時の私は気づいていなかった。


 私、高橋雪菜が。

 水野拓哉という一人の男性に本気で惹かれているなんて。

 そんな簡単な事にも気づかないほど、この時の私はあまりにも『恋』という物を知らなかったのだ。



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