第16話『相談してみた-2』


 俺は再度優斗への電話をかける。

 幸い、優斗はすぐに電話に出てきてくれて。



「この電話は現在使われておりません。用件のある方はカウンセラーへどうぞ」


「何度でも言うけど、こうなったきっかけはお前なんだから降りるの禁止な?」




 電話に出るなりアホな事を言う優斗に俺は逃がさないと言ってやる。

 すると優斗は「あ゛ーー」とまるでゾンビのような呻き声をあげ。




「いやいや、さすがに俺の手には負えないんだって。なんなの。その不健全でしかない関係は?」


「そんなに不健全か?」



「そんなに不健全だよっ! だってお前は初恋の未練を捨てる為に高橋さんと付き合ってて。それを高橋さんは実は知ってて。でも高橋さんはそんなお前が罪悪感に苛まれる姿が魅力的だからとこれからも付き合っていきたいと言っているわけだろ?」


「そうだな」


「その関係性でよく『そんなに不健全か?』なんて聞けるなぁ!? むしろそれ、ホントに恋人関係? 俺には悪魔の契約めいた何かにしか見えねえよっ!」


 なんてひどい事を。

 一応だけど俺と雪菜は恋人関係だっていうのに。

 言った通り、まだ俺は別れようなんて言っていないし、言われてもないんだから。


 だから俺と雪菜はきちんと恋人関係なはずだ。

 悪魔の契約めいた何かと言われて少し納得しそうになってしまったが、そういうのじゃないはずだ。


 それに。

 優斗は確か前にこんなことを言っていた。


「いや、でもさ。前に優斗だって言ってなかったか? 互いに相手の事が好きじゃなくても付き合う事なんて普通にあるって。なんだっけか? 相手の事を良く知る為の期間? みたいな」


 そう、確かそんな話だったはずだ。

 互いに相手の事を好きじゃなくても付き合うなんて普通にあるって。

 もしそうなら俺と雪菜の関係も特に騒ぎ立てるようなものじゃないはずで。


「そんな事も確かに言ったよ? 言ったけどさ? それは相手と気が合うか合わないか判断するって期間なんだよ。でも、お前らの恋人関係ってそんなステージを軽く超えちゃってるじゃないか」


 あくまで俺と雪菜の関係をそれとは別の歪な物だと言う優斗。

 俺は軽く首をかしげながら。



「似たようなものじゃないか?」



 と聞いてみた。

 すると優斗は勢いよく。



「どこが!? 例えば街でお姉さんをナンパしてひっかけて、お互いにちょっといいなーと思って付き合うのと比べてお前らときたらっ」



「俺と雪菜ときたら?」



「男側は好きな女の事を忘れるために付き合ってる彼女の事を好きになろうとか。そんな方向じゃなくいつの間にか好きな女の代替品として付き合ってる彼女を扱おうとしてる感じがするしさぁっ」



「あー」


 確かに。

 そう言えば最初は『瑠姫姉』への執着を捨てて、代わりに雪菜を好きになろうと思っていたのに。


 いつの間にか雪菜を『瑠姫姉』の代替品として扱おうとしていた気もする。


 それを雪菜も受け入れてくれるからと。

 その点、俺は甘えていたのかもしれない。



「それだけでも不健全なのに女の方は女の方でその事を全部知ったうえで『罪悪感を覚えてる男の表情が人間らしいからもっと見たい』とか言って。男の歪んだ想いを受け入れちゃうしさぁ。ドロッドロすぎてこのカップルに俺の常識なんか通じるかって言いたい訳だよ。分かる!?」


「優斗の言いたいことはなんとなく分かった」



 確かに少し重い恋愛話を優斗に押し付けてしまっていたかもしれない。

 そこは反省しよう。

 だが。



「それでもさ、優斗。話だけでも聞いてくれないか? ほら、誰かに話すだけですっきりするとか。そういうのあるだろ?」


「こっちは話を聞いてるだけで頭が狂いそうになるんだけど!?」


「それはまぁ……俺と雪菜のドロドロ恋愛物語のきっかけを作ってしまった業として受け入れてくれ」



「自分で自分の恋愛をドロドロ恋愛物語って言うのか!? いや、実際にそうなんだけどさ!?」


「それで話なんだけどさ――」


「え!? 無視!? 自分だけ話したい事話してこっちの言うことは無視なの!?」


「俺、実は今日初めて雪菜の事を綺麗だって思えたんだよ。でもその瞬間っていうのが別れる時でさ。ほら。さっき言った『私はなんだって受け入れてあげるわ』ってやつ。あの時の雪菜の蠱惑的こわくてきな笑顔が未だに頭にこびりついてて……」



「やめろぉっ! このタイミングで俺たちのような高校生に似つかわしくない性癖を暴露するのはやめろぉっ! 断言するっ! お前、絶対に女の趣味が終わってるからな!?」


「なぁ優斗。少しくらい静かに話を聞いてくれないか?」


「突っ込みなしで今の話を聞き続けろと!? 拓哉。お前は自分がどれだけ業の深い恋愛ばっかしてるか自覚するべきだと思うぞ!?」



 電話の向こうで騒いでばかりの優斗。

 とはいえ、事実だからなぁ。


 あの別れる瞬間の雪菜の笑顔。

 見ているだけでゾクゾクしてしまうような魅力的な。妖艶ようえんさすら感じさせられる顔。


 あの笑顔を思い出すだけで少しドキドキしてしまう。 

 よりによってあの瞬間。

 俺は初めて雪菜本人に目を向けることができたんじゃないかと。


 そう思っている。


 だからこそ、俺は彼女との交際を続けたいと思ったんだ。

 別れ際の彼女の提案は倫理的に許されず、間違っていると理解はしている。

 それでも、俺は彼女との関係をここで終わらせたくないと。


 そんな想いが芽生えていて、結果なんの返事も返せなかった。



「俺さ。もしかしたらミステリアスな女の人が好みなのかもしれない。ほら。『瑠姫姉』も基本的にそういう感じだったし」


「ちっげぇよっ!! お前の好みはミステリアスなお姉さん系じゃなくて危険な雰囲気を持ってる危なくてヤベエお姉さん系だよっ!!」


「いくらなんでもその言い方はひどくない?」


 けど……確かにそうかもしれない。

 今日の別れ際の雪菜も。そして『瑠姫姉』も。

 なんだか独特な雰囲気をまとっていて。そこに惹かれたっていうのはあるからなぁ。



「なるほど。つまり今の俺は少しではあるけど雪菜にかれてるのか……。ありがとうな優斗。話してて少しスッキリした」


「俺としてはお前の恋路はどっちに向かっても地獄に通じてる気しかしなくて全然スッキリしないけどな……」


「ほら。恋って落ちるものだって言うだろ?」


「落ちるって地獄に落ちるって意味じゃねえよ!?」




 そんな軽口を優斗と交わしながら俺は思った。


 ああ。優斗に電話してよかったと。






 口に出して誰かに相談する。

 たったそれだけで自分の気持ちが今どこにあるのか。やっと理解できた。



 高橋雪菜。

 俺の彼女さん。


 俺は今まで彼女の事を瑠姫姉の代わりに好きになれたらいいなとか。

 彼女を瑠姫姉だと思って好きになってみたりすれば少しは楽になれるかなとか。

 そんな事を考えていた。


 けど、今の俺の考えは違う。

 俺が雪菜に抱いているこの感情は瑠姫姉に向けているものとは違う。


 けれど、分からないんだ。

 瑠姫姉に向けているものとは違うこの感情がなんて呼ぶべきものなのか。


 俺は雪菜の事を好いているのか。

 嫌っているのか。

 それとも不気味だと思っているだけなのか。


 それすらも自分じゃわからない。

 だけど、これだけは確信を持って言えるようになった。



 俺は――――――高橋雪菜の事をもっと知りたい。



 いつの間にか、俺はそう強く思っていたのだった。

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