第14話『違和感の正体』
俺に突き飛ばされたというのになぜか上機嫌な様子の雪菜。
――違和感があった。
それは何も今に始まった話じゃない。
そうだ。
雪菜と付き合ってからというもの、俺はずっと違和感を感じていた。
「雪菜………………なんで笑ってるんだ?」
「ふふっ♪ あぁ、ごめんなさい。私が笑っているのは……そうね。拓哉君とキス出来たのが嬉しかったからで」
「そういう嘘はいいんだよ。それに、今聞いてるのはそういう事じゃないんだ」
なんで今笑っているのか。
俺はそんな事を聞きたいんじゃない。
「単刀直入に聞くぞ」
なぁ雪菜。
どうしてお前は。
「雪菜。どうしてお前は………………いつも俺が傷ついてる時に限って笑うんだ?」
雪菜と付き合ってからのここ数日。
俺はダメだと思いつつも、何度も『瑠姫姉』の影を雪菜と重ねてしまっていた。
『瑠姫姉』の事を忘れるために。
少しでも『瑠姫姉』へと向いているこの想いを消し去りたいと思って。
その為に雪菜の事を好きになろうと決めたのに、心はずっと『瑠姫姉』を求めていた。
それを自覚するたびに勝手に傷ついて。
雪菜に対する罪悪感でいっぱいで。
でも、途中で気づいたのだ。
そうして俺が『瑠姫姉』の事で傷ついてる時。
その時、必ずと言っていいほど雪菜は『ふふっ♪』と笑っていたという事に。
「気のせいだと思ってた。何かの勘違いか。もしくは偶然だって。でも、もうそうは思えない。現に今、雪菜は俺が見たことないくらい上機嫌だ。俺が思いっきり傷ついて。雪菜も俺に拒絶されたっていうのに。それなのにそんな上機嫌だなんて。どう考えてもおかしいだろ」
彼氏に拒絶されて。
なのに、彼女さんである雪菜は笑っているなんて。
そんな事、普通じゃ絶対にあり得ない。
「答えてくれよ、高橋雪菜。お前はどうして俺と付き合ってくれているんだ? どうして……俺の告白を受け入れてくれたんだ?」
それは最初から抱いていた疑問。
高橋雪菜。
彼女がどうして俺の告白を受け入れてくれたのか。
いくら考えても分からなかった。
でもそんな事を彼女に直接聞くのは相手を疑っているようで。
だからこそ、今まで聞かないでいたのだ。
だけど、もう聞かずにはいられない。
このままなぁなぁで雪菜と関係を持つなんて事、できる訳がない。
そうして俺は雪菜の返答を待ち。
「拓哉君だって……。あなた、私に愛の告白をしてくれたっていうのに。私の事、あの時も今も別に好きじゃないでしょう?」
雪菜はそう言って。
いきなり俺の核心を突いてきた。
「拓哉君の心の中には私じゃない誰かが既に居る。だから拓哉君の瞳にはその人しか映っていない。私を前にしてもそう。その瞳に映るのはその誰かであって、私は映っていない」
「そんな事は――」
「そうね。正確に言えば拓哉君は私の事をきちんと認識しているわ。けど、特別な感情をあなたは私に一度も抱かなかったでしょう? 現に今もそう。その熱く焦がれるような瞳はいつだって、その場に居ない私以外の誰かのみに向けられていた」
何も言えなかった。
果たして俺は雪菜と付き合ってから、彼女に対して特別な感情を抱いた事が一度でもあっただろうか?
いや、考えるまでもない。
一度だって。
俺は雪菜に対して特別な感情なんて抱いた事はないんだ。
「そんな拓哉君だけど、何度か私に熱い視線を向けてくれていたわ。けど、その時の拓哉君の視線は私から少しずれていたの。それで私は気づいた」
「気づいたって……何を……」
「拓哉君は私を通して別の誰かを見ているって事に気付いたのよ。あなたが恋焦がれていたのはその別の誰か。私を通してその誰かを見ているときのあなたはとても幸せそうで。けれど同時にとても寂しそうだったわ」
「それは……」
嫌と言うほど心当たりがあった。
何度も。何度も。何度も。
俺は彼女を通して『瑠姫姉』の事を見てしまっていた。
だけど、まさかその事に雪菜が気付いていたなんて。
そんな事に気付かないくらい。
俺は雪菜本人を見ていなかったって事か。
「ごめん……。雪菜」
全てを言い当てられて。
俺は彼女を責めるなんて事はもう出来ず、そう言うしかなかった。
こんな言葉だけじゃ済まないくらいの事を俺は雪菜にしてしまっていたけれど。
でも、謝る以外にどうすればいいのかなんて。俺には分からなかったから。
けれど雪菜は頭を横に振り。
「別に謝らなくてもいいわ。別に私は怒ってないし。むしろ私は拓哉君に感謝してるんだもの」
「感謝?」
「ええ。拓哉君のおかげで私はこの数日、とても楽しめたわ」
俺は許されない事をした。
けれどそんな俺の事を雪菜は許す許さないじゃなく、まるで全然気にしてすらいないみたいだった。
俺の事を糾弾するどころか、感謝していると。
楽しめたとまで言うのだ。
「ふとした時に拓哉君が見せる『これがあの子だったら』っていう表情。それを恋人である私に悟らせまいと無理して笑うあなたの表情。どれも苦悩に満ちた人間らしくて素敵だった」
「ゆき……な?」
「だから、いいわよ?」
そうして彼女はこちらに近づいてきて。
背伸びして。
またもや雪菜は俺に唇を押し付けてきた。
最初にしたものよりも濃厚な雪菜とのキス。
彼女に対して負い目があるからだろうか。
今度は突き飛ばせなかったし、避ける事もできなかった。
何秒か、何分か、何十分か。
一瞬だったような。長かったような。
そんな不思議な時間は終わり、雪菜は後ろに下がりながら下唇を舐め。
「安心して……私をその誰かさんの代替品として扱ってちょうだい。あなたのその表情を特等席で見られるのなら、私はなんだって受け入れてあげるわ」
そう言って高橋雪菜は。
今までに見た事のないくらい
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