第13話『キスされてしまった』



「面白かったわねっ!」


「そ、そうだな」



 映画を観終わった後、俺と雪菜は時間も時間なのでそろそろディナーとしゃれこもうと近くのレストランへと足を運んだ。

 ここから見える夜景は綺麗なのだが、そんなものに目もくれず雪菜は話を続ける。



「日常的に優等生を演じるヒロイン。対する主人公はその子の事をずっと想っていたからこそ、その偽りの仮面に気付いていて。だからこそ彼女が日常的に無理をしながらも演じている姿に心を痛めて怒って……。感動したわ……」


「まぁ……。適当に観に行った映画にしては当たりだったな」



 明らかにいつもよりテンションが高い雪菜。

 本当に恋愛ものの話が好きなんだな……。


「そうね。当たりも当たり。大当たりよ。そもそもあの話の肝は――」



 そこからも雪菜の映画の話は続いた。

 映画のヒロインと主人公。その心情に対する考察だとかも含めて延々と話すのだ。


 同じ映画を観ていた事もあり、理解はできるのだけどここまでの熱は俺にはない。

 それを俺はぼーっと聞いていて。



(こういう所は『瑠姫姉』とは似ても似つかない所だよな)



 なんて思っていた。

 『瑠姫姉』は雪菜と違い、恋愛物語に一切興味を示してなかった。

 そもそも、恋愛感情どうこうが無縁の人だったからな。


 映画に付き合わされる時も、大抵がアクション映画やハリウッド映画だとか。

 そんなものばかりだった。



 そんな事を思い返していて――



「拓哉君?」


「ん?」


 おっと、危ない。

 また思い出さなくても良い事を思い出していた。


 まったく……。

 雪菜と『瑠姫姉』の似ている所を見つければつい『瑠姫姉』の事を思い出して。

 違う所を見つけたら見つけたでやっぱりこうして『瑠姫姉』の事を思い出す。


 本当に。馬鹿げた話だ。

 そう思いはするものの、思い出したくて思い出してる訳じゃないからな。


 思い出して苦しくなると分かっていても。

 楽しかったことも間違いないから、思い出してしまうんだよな。



「ふふっ♪」


 唐突に。静かに笑う雪菜。

 なんだろう?

 何か面白い事でもあったのだろうか?


「えっと……。どうしたんだ。雪菜?」


「別に。大したことじゃないわ。ただ、少し考えを改めただけ」


「考えを改めた?」


「気にしないで。物語よりも現実の方が面白いって。そう思っただけだから」


「んん?」


 言ってることがよく分からない。

 物語より現実の方が面白い?


「だから気にしないで。それよりこの夜景を楽しみましょう? あ、ここのドリア。美味しいわね」

 


 結局、雪菜が何を言いたかったのか分からないまま。

 俺達はディナーを終える。




「一人で帰れるわよ?」


「いやいや、夜中に彼女を一人帰せるわけがないだろ」



 ディナーを終えて最寄りの駅へと着くなり。

 雪菜は「それじゃあね、拓哉君」と言ってさっさと帰ろうとしていた。

 さすがに彼氏としてそれを見過ごすわけにいかず、俺は去ろうとする雪菜の腕を強引に掴む。



「俺が家まで送っていく。今日、最初はそっちが強引に付いてきたんだしな。だから俺も雪菜を強引に家まで送っていく事にする。文句ないだろ?」


「それを言われると弱いわね……」



 そんなやりとりの後、俺達は電車に乗って雪菜の家に向かった。

 もっとも、俺は雪菜の家に行ったこともないので彼女の家を知らない。

 彼女についていくだけだ。



 そうしてようやく着いた雪菜の家なのだが。



「あれ?」


「どうかした?」


「いや……」


 彼女の家は特に変わったところのない一軒家だった。

 そこは別に驚くところじゃない。

 俺が意外に思ったのは別の事だ。


 それは。


「なぁ雪菜。家の明かりが付いてないけど。両親とかは?」


「あぁ、そういう事。そうね。この時間は誰も家に居ないと思うわ」



「そうなのか……」


 現在の時刻は午後八時。

 この時間になっても彼女の両親はまだ帰ってきていないのか。


 俺は明かりも点いてない彼女の家をジッと眺め。


「拓哉君。今日はありがとう。デート、とても楽しかったわ」


「ああ。それはどうも――」



 そう言いながら俺は彼女の方を振り返る。

 すると。



「んっ――」



 すぐ目の前に雪菜の顔が迫っていて。

 熱い物が唇へと押し付けられていた。



「っ!?」


 心地いい。

 柔らかい。


 高橋雪菜。


 俺の彼女である雪菜。

 彼女にキスされている。



 その事を頭で理解するまでどれくらいかかっただろう。

 俺の体を強く抱きながらキスしてくる雪菜。

 その感触がとても心地よくて。



『ふふっ。えらいえらい。よく出来たわね拓哉。ご褒美にぎゅっとしてあげるわ』




「――やめろっ!!!」


「きゃっ――」


 気づいたら。

 俺は雪菜を思いっきり突き飛ばしていた。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 行息を荒げながら。

 俺は自分の唇を指でなぞる。


 ――まだ感触を思い出せる。


 雪菜の柔らかな体の感触。

 熱い唇の感覚。


 数瞬前まで味わっていたそれを俺は鮮明に思い出せる。


 ――だからこそ、比較してしまった。


 今も鮮明に思い出せる『瑠姫姉』の熱を。

 俺をぎゅっと抱きしめながら褒めてくれた『瑠姫姉』の事を。


 それを雪菜と比べてしまっている俺が居て。

 目の前に居るのが『瑠姫姉』じゃない事に強い違和感を覚えてしまって。


 それが耐えられなくて、つい雪菜を突き飛ばしてしまっていた。



「あっ……」



 そこで気づく。

 しまった。やってしまった。


 確かに雪菜の行動は唐突だった。 

 だけど、彼女のキスを拒むなんて彼氏としてどうかしている。


 しかも全力で嫌がるように突き飛ばしてしまうなんて。



「わ、悪い雪菜。つい驚いて――」



 俺は雪菜に謝罪しようとする。

 すると彼女は。


「ふ……ふふっ♪ ふふふっ♪ どうしたの拓哉君? 私のファーストキス。気に入らなかったのかしら?」


 笑っていた。

 俺に突き飛ばされた雪菜。

 彼女は今まで見せた事もないくらいご機嫌な様子で。


 そこに立っていたのだった――

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