第11話『用事、ばれました』
「あの……拓哉君。助けてくれてありがとう」
電車から降りてしばらくして。
少しは落ち着いたのか、雪菜はそうしてお礼の言葉を口にしていた。
「ん? あぁ。まぁ当然だろ。一応、俺は雪菜の彼氏なんだし」
別に恩に着せるつもりはない。
そもそも、『俺は雪菜の彼氏なんだし』とは言ったものの、多分俺は雪菜が俺の彼女さんじゃなくても彼女を助けていたと思う。
あんな場面に出くわして何もしないなんて俺には無理。
そこまで俺は腐ってない。
もっとも、だからと言って『あそこに居て何もアクションを起こさなかった他の乗客の性根は腐ってる!』なーんて言うつもりもないけどな。
面倒ごとに関わりたくないと思うのも大人として正常な判断なのだと理解しているし。
単純に、俺がああいう場面を見過ごせないバカってだけの話だ。
「それにしても……えっと……ぐ、偶然ね。偶然一緒の電車に乗り合わせるなんて驚いたわ」
やたらと『偶然』を強調してくる雪菜。
俺はそんな彼女に対して『はぁ』とため息をついて。
「偶然……ねぇ。つまり雪菜は偶然、朝から俺の家の前に居て。それで偶然俺の後を追うような形で電車に乗ったって事か?」
「気づいてたの!?」
こくりと俺は頷く。
いや、そりゃ気づくよ。
むしろあんな素人以下の尾行、気づかない方が難しいよ。
それで勝手にトラブルにまで巻き込まれるんだから、雪菜に探偵とか警官とかは向かないな。
もっとも、そんなのになるつもりはないだろうけど。
「……ふん。気づかれてたなら仕方ないわね。でも、ちょうどいいわ。私、拓哉君にどうしても聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
俺にどうしても聞きたいことがあるという雪菜。
もっとも、彼女が何を聞きたいのかなんて。既に予想はついてるけど。
「今日の拓哉君。いつもに比べてずいぶんと着飾ってるわよね? その恰好で一体どこに行くつもりだったのか。彼女である私にも内緒の今日の拓哉君の用事とやら。そろそろ教えてもらえる?」
ほーら、予想通り。
どうやら雪菜は俺が秘密にしていた用事を探るべく、俺を尾行しようとしていたらしい。
なんともまぁ暇な事で。
「はぁ……」
再度、大きなため息をもらす俺。
「ちょっと。なによ。やっぱり私には言えないって言うのかしら? 別にそれでもいいわよ? こうなったら今日は拓哉君にずーっと張り付いてやるんだから」
断固として俺に付いてくると言う雪菜。
そうは言っても、頑張れば多分彼女を無理やり
ただ、それでまたさっきみたいなトラブルに彼女が巻き込まれたらと思うと気が気じゃないし。
なにより、予定とは違う駅で降りた事で俺の今日のプランは完全にご
なので、こちらとしてももう彼女に今日の用事について隠す意味は薄くなっているわけで。
「分かった。話すよ」
だから俺は彼女に話す事にした。
俺が彼女とのデートを明日に回した理由。
今日の用事について。彼女に頑なに話さなかった理由。
それは――
「用事っていうのはデートの下見だよ。明日に控えた雪菜とのデートに備えてな」
「ふぅん……。やっぱりデートのつもりだったのね。明日の私とのデートに備えてその下見だなんて。拓哉君ってば節操がな……。ん? あれ? え? デートの……下見?」
ポカンとした表情を見せる雪菜。
いつもは基本的に凛としている彼女の表情が今日はコロコロと変わる。
それが少し面白いなと思いながら、俺は頷く。
「そうだよ。デートの下見」
「………………」
「いやなんだよその鳩が豆鉄砲を食ったような顔は。逆になんだと思ってたんだ?」
「いや、あの。えぇっと……。いえ。最初からデートの下見だろうなぁって思ってた……わよ?」
「いやどう見ても嘘じゃねえか」
子供すら騙せない嘘だ。
あまり人と会話しないからだろうか。
雪菜は嘘を吐くのも取り繕うのも。ついでに尾行もドへたくそだった。
「う……。い、いいじゃない別に。そ、それより拓哉君。そのデートの下見、私が付き合ってもいいものかしら?」
「いやだからさ?
「そのデートの下見っ! 私も同行させてもらっても構わないかしら!?」
断固として話を逸らしたいらしい雪菜。
このまま追及するのも面白そうだが……もういいか。
さて。
明日のデートに備えてやろうとしていた今日の下見。
それに雪菜が付き合ってもいいのかだったな。
答えは決まってる。
「いや、ダメだけど」
「なっ……ダメなの!?」
「いや、そりゃダメだろ。というか二人揃ってデートの下見ってなんだよ。それ普通にデートでいいじゃんか」
「それは………………言われてみればその通りね」
「ようやく少しは冷静になってくれたか」
何が悲しくて恋人二人そろって翌日に向かうデート先の下見をしなきゃならんのだという話だ。
それをするくらいなら普通に二人で二回デートしろよってなる。
「それでどうする? 今日はこのまま普通にデートするか? もっとも、今日のデートプランなんて特に立ててないから上手くエスコート出来るか分からんけど」
「えっと……いいのかしら?」
「プランなしのお気軽デートでいいなら俺は構わないぞ。もう完全に俺の今日の予定は破綻してるしな。降りるつもりのなかった駅で降りて、こうして時間を潰しちゃってるし」
それに、やっぱり雪菜をこのまま一人で帰す訳にはいかない。
怖い目に遭った女の子を。
それも自分の彼女を。
助けたからって「はいさよなら」なんて出来る訳がない。
そんな事をしたらきっと『瑠姫姉』にも思いっきり叱られるからな。
「そうね……。こうして偶然出会った事だし。いいわ。デートしましょう拓哉君。エスコートとか。最初から期待していないから気軽にやりなさい」
そう言って手を差し出す雪菜。
俺はその手を下から優しく取り。
「あくまで偶然って事にしたいのか。まぁいいけど……。それじゃ行くか。お手柔らかにな。俺の彼女さん」
そうして。
プランもなにもない。俺達のデートが始まった。
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