第9話『another 尾行してみたわ』


 ――side高橋雪菜



 気になる。


 どうしても気になる。


 私とのデート。

 それを突っぱねて。しかも私の同行を断固として許さず、そして何をするかも秘密と言う拓哉君の用事。


 彼は絶対に私にその用事について知られたくないみたいだったけど。


 彼に興味を持つ私にとって。その用事とやらは絶対に知りたいものとなっていた。

 

 だって、秘密にされたら知りたいと思ってしまうのが人間のサガでしょう?


 だから――




「――出て来たわね」



 時刻は午前十時過ぎ。

 私の彼氏である拓哉君が家から出て来た。


 それを物陰ものかげからこっそり見る私。

 朝の八時からあんパンと牛乳を持ってここで張り込みをしていたのだ。

 何時間でも待ってやろうという意気込みだったのだけど、二時間程度の張り込みで済んで何よりだ。


 本当に。

 ここを通る人たちに、明らかに不審者を見るような目つきで見られるのは中々にこたえたわ……。



「っと。こうしては居られないわね。後を追わないと」



 私は拓哉君に気付かれないようにその後を追う。

 今日の拓哉君は白のTシャツに青のジーンズと、普段の彼にしては明るい感じの服装をしていた。


 服装だけ見ればデートにでも行くのかというくらいの気合の入り方だ。



「もしかして……早速浮気かしら?」



 別に私は拓哉君の事を恋愛対象として見ている訳じゃない。

 訳じゃないんだけれど。



「なんか……少しムカつくわね」



 まだ浮気と決まった訳じゃない。

 それは分かっているのだけど、私はなぜか少しムカムカしていた。



「これが嫉妬しっとなのかしら? でも、別に彼が私とは別の女と付き合う事になったとしても私、腹は立たないわよね?」



 頭の中でシミュレーションしてみる。

 拓哉君が私に別れたいと告げてきて。

 そうして他の女とくっつく。



 そんな光景をイメージして。



「……まずいわ。私、いま拓哉君を無性に殴りたいわ」



 拓哉君が他の女とくっつく姿を見て腹を立てる。

 なら、やはり私はいつの間にか彼に恋をしていたという事?



「いえ。でも別に私は彼と結婚したいとは全然思わないし……。これはアレね。女のプライドというやつね」




 彼と添い遂げる気なんてサラサラない。

 だけど、私から彼を振るのならともかく、私が彼に振られるのはなんだかムカツク。

 私が感じている怒りはつまり、そう言う事だろう。



 そう自分で自分を納得させた時。

 拓哉君が「ん?」とこちらを向くそぶりを見せた。

 マズイッ!



 私はそそくさと彼の視線から逃れる為に物陰へと隠れる。


 ……うまく隠れられたかしら?


 私は物陰から顔を出さず、耳だけ澄ませて。



(行った……かしら?)



 いくら耳を澄ませても拓哉君の足音も声も聞こえない。

 けれど、近づいてきてはいないと思う。

 そーっと私は物陰から顔を出し。



「よし。上手く誤魔化ごまかせてたみたいね」



 拓哉君は私に気付かなかったようで、そのまま真っすぐどこかへと向かっていた。

 私は彼にばれないように、こそこそとその後を追う。



 そうして辿り着いたのは彼の地元の駅だった。

 拓哉君はスマートフォンと駅の時刻表を見つめ、少し慣れない様子で改札をくぐった。



(初めて行くところじゃない? それに時間をそこまで気にして……。本当にデートにでも行くみたいじゃない)



 やはり少しムカつく。

 いや、別にいいのだけれどね。

 本当に少し。ほんの少しだけムカついているだけだし。


 仮に彼が私に告白した数日後に浮気するようなクズなら彼に対する私の興味も失せるでしょうし?

 そうなったらこっちからこっぴどく振ってやればいいだけだし?



 なんて事を考えながら私は拓哉君とは一両だけ離れた車両に乗った。

 この距離なら拓哉君から私の姿が見える事はあまりないし、彼が電車から降りたらすぐに気づけるはず。



 我ながら完璧な尾行だ。

 なので後は――



(この駅では……降りないみたいね)



 隣の車両の彼の姿を横目で見ながら、いつ彼が降りるか目を光らせるだけ。

 


「むむむ……」



 今、拓哉君の顔が見えた。

 朝から今まで。私は彼を後ろから追って来ていたから顔までは見ることが出来ていなかったのだ。


 気だるげにスマートフォンをポチポチと操作している彼。

 学校では目元を隠すようにしていた前髪を、なぜか今日は上げていた。


 というか髪はきっちりセットされていて、服もなんとなく清潔感を感じさせるものだった。

 学校で陰キャと認定されている彼の姿とは大違いだ。


 だからこそ、腹が立つ。

 明日の私とのデートでその恰好なら分かるのに。


 なんで明日じゃなく今日そんなふうにオシャレしているの!?

 やっぱり今日は他の女とデートする日なの!?



「むむむ……」



 今すぐ拓哉君の前に出て問い詰めてやろうかしら?

 いやいや、まだ早い。

 まだこの段階だと何とでも言い訳できてしまう。


 我慢よ。

 今日の所は忍耐の高橋雪菜になるのよ、私。



 そうして一人私が「むむむ」とうなっていた時。



「なんかやたらと不機嫌だねえ。君」



 いきなり見知らぬ男から声をかけられた。



「はぁ?」



 それまで不機嫌だったからというのもあるのだろう。

 私は攻撃的な声を出しながら声をかけてきた男を睨む。



「おっと。本当に不機嫌っぽいな。なに? 彼氏さんにでも振られた?」


「ならさならさならさっ。ちょっと俺達と遊ばない? 君かわいいしさ。楽しませてあげたいんだよ俺らは」


「むしろラッキーみたいな? 俺ら結構お金持ってるからさ。ホテルでも傷心旅行でもなんでも連れてっちゃるぜ?」



「………………はぁ」







 声をかけてきた男の連れなのだろう。

 面倒なのが追加で二人も湧いた。



 どいつもこいつもちゃらちゃらとした服装。

 ネックレスや指輪でごてごてと着飾って。

 ピアスで体に穴まで開けて。

 正直、嫌悪感すら覚える。


 結構お金持ってるとの事だが、それも正直怪しいわね。

 これで社会人なのだとしたら終わっているし、学生だとしてもハメを外し過ぎだし。

 仮に結構お金持ってるのが本当だとしても、それって多分親のお金よね?


 まぁどのみち、こんな軽そうな男達に私が付いていくわけがない。

 そもそも会話すらしたくないわね。


 普段なら知らんぷりして走り去るところだけど、ここは電車の中。逃げられない。

 私が迷惑そうにしているのを他の乗客も察しているだろうけど、誰も手助けに入る様子はない。助けを期待するのも無駄。


 だから――



「ごめんなさい。私、あなた達みたいな遊び人は大嫌いなの。顔も見たくないし、同じ息を吸うのも嫌。だから私の目の前から失せてもらえる?」



 私は拓哉君を尾行するのに忙しいし。

 こんなのに一秒だって時間を使ってられない。

 今もナンパ男達が邪魔で拓哉君の姿が見えないし。


 早くどこかに行って欲しいのだけど。



「あぁ!? んだとおい!」


「随分と強気な女の子だなぁ。へへっ。がぜん楽しませたくなってきたぜ」


「あーあ。優しくしてやろうと思ったのに。そんなふうに喧嘩うられたら買うしかないよなぁ?」




 私の言葉に激昂げきこうするナンパ男三人。


 しまった。

 少し言い過ぎた。

 普段ならもう少し言葉を選んでいたはずなのに、今日はムカついていたからつい本音が出てしまった。


 そうして激昂した男の一人が私の腕を強引に掴む。



「ちょっと。離しなさいよっ!」



 周りに人が居るというのに無理やり私の腕を掴む男。

 こうして電車の一角で騒ぎになっているというのに、未だにこの車両の客の誰もが巻き込まれないようにとこちらから目を逸らしている。



「うるせぇ。少し大人しくしてろ」



 そう静かに私の耳元でささやくナンパ男。

 その間に空いている方の腕も掴まれてしまった。


 それでも抵抗を続ける中、ナンパ男の内の一人が腰の辺りで固く拳を握っているのが見えた。



「うらっ」



 そのまま拳が迫る。

 両腕を封じられている私ではどうしようもない。

 殴られるっ!



「っ――――――」



 目を閉じて訪れる衝撃に備える。

 しかし。



「………………?」



 殴られると思ったのに来るべき衝撃がぜんぜん来ない。

 私が恐る恐るといった様子で目を開けると。



「女の子相手に男が三人がかりって。いくら飢えてるからって格好悪すぎると思いますよ?」



 隣の車両に居た拓哉君。

 彼は今まさに私を殴ろうとしていたナンパ男の腕を掴む事でそれを阻止し。

 まるでヒーローのように私を颯爽と助けに来てくれていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る