第8話『デートの約束をしてみた』


「デート?」


「ええ。明日はお休みでしょう? だから二人きりでデート。行きましょう?」



 それは俺と雪菜が付き合い始めて数日後の金曜日。

 一緒に下校する中、雪菜はそんな提案をしてきた。



「デートか……」


「そうよ。恋人同士なら普通デートくらいするものでしょう?」



 まったくもってその通り。

 恋人同士なら普通デートくらいする。

 そんなの俺でも知っている当たり前の事だ。


 だけど――



「い。いきなりだな」


「そうね。でも、別に問題はないでしょう?」


「いや……」


 いきなり明日デートと言われても困る。

 せめて。



「なぁ雪菜。そのデート、明後日にしてくれないか?」


「別に構わないけれど……拓哉君。明日は何か用事でもあるのかしら?」


「あ、ああ。そうなんだよ。明日はちょっと外せない用事があるんだ」


 たった今、出来た用事だけどな。

 その事については言わないでおく。



「ふーん。興味があるわね。ねぇ、その用事に私も同行する事はできる?」


 上目づかいで明日も一緒に居たいと言う雪菜。

 とても可愛らしいしぐさだ。

 けれど。



「ダメ」




 そんなささやかな彼女さんの願いを俺は速攻で蹴り飛ばした。

 こればかりは譲れないから。


 すると雪菜は。



「――ケチ」


 と。どこかねたような顔でののしってきた。

 どうやらご不満のようだ。


 しかし、なんと言われようが俺の意思は変わらない。

 雪菜とデートをするのは問題ないが、明日の用事に雪菜を同行させるのだけは絶対にダメだ。




「私、拓哉君の彼女よね?」


「そうだな」


「明日、どんな用事があるのか教えてくれる?」


「秘密」


「……恋人同士ならなんでも打ち明けるべきじゃないかしら?」


「恋人同士でも隠すべきことは隠すだろ? 例えばサプライズプレゼント企画がそうだ。相手をいきなり喜ばせたいっていう想いから交際相手に対して秘密を抱えたり嘘をついたり。そんなのは良くある話だ」


「それもそう……ね。なら、拓哉君のもそういう意図があってのものだと解釈していいのかしら?」


「秘密。選択肢を狭めるような答えは一切言わない」


「むぅ……」



 頑なに明日の用事に雪菜を付いていかせないし、その内容についても絶対に明かさない構えの俺。

 そんな俺の態度がお気に召さなかったのか。


 雪菜はまだ家の前にも着いていないというのに、繋いでいた俺の手を少し強引に離した。


「不愉快よ拓哉君。だから今日はここまで。後は一人寂しくお家に帰りなさい」



 それは雪菜と付き合って初めての事だった。

 今日まで彼女は俺と一緒に下校する際、家に帰るその最後の瞬間まで俺と手を繋いでいた。


 それが、今日はここまでと言う。



「それは残念だな」



 最近は雪菜と話すのもなんだかんだで楽しいかもしれないと。

 そう思うようになっていたから。

 一緒に居る時間が減ってしまうことを少しだけ、残念だと思ってしまう。



「残念なの?」


「そりゃな。雪菜と一緒に過ごす時間は楽しいから。どうしても惜しいって思うよ」


「ふーん」



 空虚な日々がほんの少しだけ色鮮やかになって。

 けれど、その度に胸がやっぱり痛くなって。


 だから雪菜と一緒に居られる時間はやはり楽しい……ような気がする。


「そう。なら後悔しながら一人で帰りなさい。私も、明後日のデートを楽しみにしながら帰らせてもらうから」


 ほんの少しだけ意地悪な笑顔を浮かべて。

 俺と雪菜はそこで手を振り合い「「また明後日」」と約束を交わした。




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