第7話『恋人関係、続けます』


「以上が昼休みを含めた今日の顛末てんまつ。どうだ? 普通の恋人関係やれてるかな、俺と雪菜は?」


「うーん。とりあえず一言。お前ら、ホントに人間?」


 

 呆れたような笑みを宿しながらそう言う優斗。

 放課後の屋上。


 今日も雪菜は一緒に帰ろうと誘ってきたが、断らせてもらった。

 俺が普通の恋人関係を遅れているか。

 それをここで優斗に判定してもらいたかったからだ。


 そうして待ちかねていた優斗の判定結果。

 だったのだが、結果は〇か×かですらなく、飛び出したのはまさかの『お前ら人間?』という質問だった。


 ちょっと意味が分からない。


「人間に決まってるだろ。なんだ? 何かおかしいところでもあったか? だって互いに名前で呼び合って。彼女が彼氏の為にお弁当を作ってきてくれて。『あーん』までしてる。普通に恋人関係をやれているって。俺はそう思ってたんだが……」


「いや、それ形だけよね? 話を聞く限り、やってることだけは確かに恋人っぽいんだけどな。なんというか……心のありよう? そういうのが人間っぽくない。まるで宇宙人同士が人間の恋人関係を再現しようとしてるようにしか聞こえなかったぞ?」


「心のありよう?」


「そうだな。もっと分かりやすく言うと……相手に動かされる心とか。相手の為にこうしてあげたいみたいな衝動とか? そういうのが君ら完全に欠如してるようにしか聞こえなかったんだわ。そうだな、言いかえれば――」



 そうして優斗は。

 俺が知らんぷり出来ないように。


「拓哉は今まで。いや、今もか。あねさんへの初恋を引きずってるだろ? その姉さんに対して、して欲しい事やりたい事なんていくらでもあるだろ? それでその想いに振り回されてる訳だけど……そういうの、高橋さん相手に少しでもあるか?」



 そんな極上の言葉の刃で俺を貫いてきた。



「それは……ないな」


「欠片も?」


「多分ないな。雪菜と一緒に居て動揺したりすることはあるけど、そういう時は基本的に瑠姫姉の事を考えちゃってるし。雪菜にして欲しいことも、彼女の為にしてやりたいことも特には思いつかない……な」


 なるほど、なるほどね。

 そりゃ確かに『恋人らしくない』と言われても仕方ない。


 俺と雪菜の関係。

 それは世の中の恋人同士がやるであろうことをただなぞっていただけ。


 自分が相手の為にやってあげたいから。

 相手の笑顔が見たいから。

 それこそが恋人関係に必要な想いだと言うのなら。


 そんな想いなど。

 少なくとも俺は雪菜に対して一度も抱いていないと断言できる。


 けれど。



「でも、それで俺達の恋人関係をらしくないっていうのはおかしくないか? 確かに俺は失格だろうけどさ。雪菜は違うだろ」



 なにせ雪菜は俺の為にお弁当を作ってきてくれた。

 一緒に登校したいと言って。朝はわざわざ俺の家の前まで来てくれていた。


 それは雪菜が俺の為にやりたいから。

 俺の笑顔が見たいから。


 だからこそ、そう言う事をしてくれていたんだと思っていいと思っていたんだが。



「いやー、それもどうなんかね?」



 両手をあげてお手上げというポーズをとりながら優斗は語る。



「俺は実際にその現場を見たわけじゃないからなんとも言えないけどさ。なんだろうな……。高橋さんも『お前の事が好きだから』っていう理由で動いてない気がするんだよなぁ」


「そうなのか?」


「あくまで普段の高橋さんの様子を見て、それでお前の話を聞いた上での俺の印象だけどな。ま、聞き流してくれてもいいよ」



 俺の告白を受け入れてくれた雪菜。

 その理由については未だによく分かっていない。


 もし優斗の言う通り、雪菜が別に俺の事が好きじゃないなら。

 それはつまり、何か目的があって俺の告白を受け入れてくれたという事か?



「……考えすぎだろうけどな」


 もし何かしらの目的の為に雪菜が俺の告白を受け入れてくれたのだとするなら。


 ぱっと思いつくのは男避けに使われたという可能性。

 ただし、それなら『私、拓哉君と付き合う事になったの』と周りに話を広めるだけでいい。



 わざわざ俺に弁当を作ってきてくれたり、朝から俺の家の前で待ち続ける意味がない。



「まぁ、なんでもいいや。話に付き合ってくれてありがとな、優斗」



「いや、それは構わんけどさ……。なんでもいいやって。拓哉はそれでいいのか?」



「いいに決まってるだろ?」



 そもそもの話。

 俺は高橋雪菜が俺の事を好いていようが好いていまいがどうでもいい。



「雪菜には俺の初恋を終わらせて欲しい。それが無理なら俺の初恋を少しでも色あせたものにして欲しい」



 俺が彼女に臨んでいるのは終始ただそれだけ。

 彼女が何をどう思おうと。

 一度決めたことだから、俺は高橋雪菜を好きになれるように努力する。


 全ては『瑠姫姉』への想いを断ち切るため。

 だから――



「雪菜が何を考えていようが関係ない。優斗。俺はお前に言った通り、彼女との交際を続けるよ」




 望んでいる『瑠姫姉』はどうやっても俺の物にならないから。

 代わりに、俺の物になってくれている雪菜を求める。

 それだけの話。



「今日の昼休みさ。雪菜は『楽しい』って。笑いながらそう言ったんだ」


「だから高橋さんは自分を好いてくれているはずだって?」


「いいや? その言葉が本当かどうかなんて俺に分かるわけないだろ? 俺に分かるのは彼女が表面上だけでも楽しいって言ってくれたって事実だけだよ」


「んん? どゆこと? お前はつまり何を言いたいんだ?」


「ああ、悪い。今、どうでもいい事を言った。俺が言いたいのはそれとは別の事でさ」



 昼休み。

 雪菜とのやり取り。

 あれは――



「俺にとって重要なのは、その時間を俺も少しは『楽しい』って思えた事。ただそれだけなんだよ」



 乾いた日常。

 届かない『瑠姫姉』への想いだけを抱える日々。


 そんな乾いた日常を雪菜は少しだけ満たしてくれた。


 それで俺は『瑠姫姉』の事を嫌でも思い出してしまって泣きそうになってしまったけど。


 それでも、俺はちゃんとあの時『楽しい』と思えたんだ。

 


「だからこそ思うんだよ。優斗、俺はきっと雪菜を好きになれる。雪菜があの時間を真に『楽しい』と感じてくれていたのならなおさらな」



 仮にそれが雪菜を通して『瑠姫姉』を見ているだけの行為だとしても。

 それで俺が少しでも満たされるのであれば、それで十分だ。



「仮に俺が雪菜を好きになったその後。彼女に振られても問題ない。初恋が終わって。二度目の恋も終わって。そうなったら三度目の恋を始めるだけだからな。そうやって続けてれば傷も浅くなるだろ?」


「もうヤダわ。お前ら……」




 頭を抱えながらその場にうずくまる優斗。

 気持ちは分からないでもない。


 なにせ、俺自身ですら自分のこの結論を歪んでると自覚してるからな。


 それでも。


 分かっていても、止められない。

 あの罰ゲーム告白をして、それを雪菜が受け入れて。

 そうして彼女との交際を続けると決めた時点で、さいは投げられたのだから。



「クク。歪んでるのはもう自覚してるからな。ま、今回はお前にも責任はあるんだ。最後まで付き合えよ?」


 あの罰ゲーム告白も、優斗が居なければ発生しなかったイベントだ。

 俺が雪菜との交際を続けると決めたのも優斗の助言があったからこそ。


 ここまでくれば最後まで付き合ってもらうのが筋ってものだろう。


「それは確かに。俺がきつけたのが事の始まりだからね。了解了解。いつでもどこでも相談に乗りますよっと。はぁ……」



 そうして俺と優斗は二人。

 放課後の屋上を後にするのだった。

 

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