第6話『一緒にお弁当を食べてみた』
そうして迎えた昼休み。
授業が終わるなり雪菜は俺の席までやってきて。
「それじゃあ行くわよ拓哉君。どこか希望の場所はある?」
「場所?」
「そうよ。お弁当を食べる場所。私はここでもいいのだけど」
「あぁ、そう言う事か。そうだな。ここじゃ周りからの視線が気になるし……屋上とかどうだ?」
「屋上……ね。いいわ、それじゃあ行きましょう」
そうして周りの生徒から注目される中、俺と雪菜は教室から出た。
ちなみに。
俺と雪菜の関係については周りに対して特に隠していない。
普通に恋人関係だと伝えている。
といっても、俺の学校での友人は優斗くらいのもので。
窓際で本を読んでばかりの雪菜もそんなに友達が多くないみたいで。
結果、俺達の関係について気にしているっぽい奴はちらほら居たが、直接聞きに来るような輩は思っていた以上に少なかった。
「俺達の関係について。誰かに聞かれたか?」
「お手洗いに行ったとき。三人に聞かれたわ。告白されたから付き合っていると答えたけれど問題ないわよね?」
「ああ」
「拓哉君の方は?」
「俺に対して聞いてきたのはゼロ人だな。だけど、優斗はその件について男女問わず色々と聞かれまくったらしい」
「優斗……? あぁ、あなたの友達の折原優斗君ね。確かに、彼は私たちと違って友達が多そうだものね」
「そゆこと。あいつにはもう俺たちの関係についてとか。昨日の時点で既に伝えてたからな。そのうち、俺たちが付き合ってるって話が学校中に広まるかもしれないな」
「ふぅん。そう」
学校の屋上にて。
俺は雪菜が作ってきてくれたお弁当を食べながらそんな話をしていた。
「どうかしら。味には自信があるのだけど」
「ああ、美味しいよ」
「具体的になにが美味しい?」
「そうだな……特にこの卵焼きが美味しく感じるな。卵料理は作り手による腕の差がより濃くなる一品だと俺は思うんだよ。もっとも、俺はグルメ博士でもなんでもないし。それに口下手だからどう美味いか口にするのは難しいが……」
「難しいが?」
「冷めていてもトロトロに感じられて、それでいてべちゃついていなくいのがいいな。美味しいよ」
「そう。それは何よりだわ」
雪菜が作ってきてくれたお弁当。
何を持ってくるのかと思ったら、その中身は卵焼きの他にはブロッコリーや唐揚げが入っていたりと、なんともごく普通のお弁当だった。
もちろん、不満なんてない。
ただ、少し意外だっただけだ。
高橋雪菜という俺の彼女は、もっと
もっとも、こんなものは俺の勝手な印象だけれど。
なんとなくそう思っていた。それが覆された。
ただそれだけの話だ。
「拓哉君?」
「――っと。悪い。手が止まってた。なんだっけか?」
「あーん」
「はい?」
ずいっと自分のお弁当にある卵焼きを俺に向かって差し出してくる雪菜。
いきなりなんだ?
「あーーーん」
「あの……雪奈? 一体何を?」
「なにって。拓哉君お気に入りの卵焼きを食べさせてあげようとしてるに決まってるでしょう? 世の中の恋人同士はこうするものなのだと。本で読んだわ」
ああ、そう言う事か。
確かに『あーん』は恋人らしい行為だ。
雪菜が俺にお弁当を作ってきてくれた。
『あーん』など、それと対して変わらない行い。
そのはずなのに――
「うっ……」
思わず泣きそうになってしまうほどの切なさ。
まるで心の空いた穴を無理やり広げられるような。
そんな想いを俺は抱いていた。
「………………今は卵焼きの気分じゃない。やるなら他のやつにしてくれ」
そんな想いに俺は顔を背けたいから。
強張った声音でついそんな事を口にしていた。
明確にとはいわないものの。
俺は彼女である雪菜の『あーん』を拒絶したんだ。
『あーん』なんて普通の彼氏彼女なら普通にやって当たり前の事。
だけど、俺は出来る事なら受け入れたくなかった。
なのに――
「ふふっ♪ ダメよ」
なおも俺に卵焼きを押し付けようとする雪菜。
「ダメって……。どうしてダメなんだ?」
「どうしてもよ。観念して『あーん』されなさい?」
「言っただろ? 今は卵焼きの気分じゃないんだ。他のならいくらでも――」
「こっちを向いて。口を大きく開けて。『あーん』されなさい?」
どうして彼女がここまで強引に俺に卵焼きを食べさせようとしてくるのか。
分からない。
ただ、その姿が。
上から命じてくるその姿が。
施しを与えてくれるかのようにして俺の好物を差し出してくるその姿が。
どうしても俺の中の『瑠姫姉』と被る。
「はぁ……」
思わずため息が
まったく……。
だから嫌だったんだ。
届かない『瑠姫姉』への想いなんか忘れなきゃいけないのに。
届かない『瑠姫姉』の事なんか諦めなきゃいけないのに。
それなのに、『瑠姫姉』と同じような事をされたら。
あの想いを忘れるどころか思い出してしまうから。
諦めたくないと。嫌でもそう思ってしまうから。
だけど――
「あーん」
だからこそ、拒めない。
こういう時、俺は拒み方を知らないから。
だから、俺は勘弁してくれと思いながらも高橋雪菜が差し出す卵焼きを『あーん』と口にする。
「ふふっ。どう? 美味しい?」
「……美味しいよ」
そっぽを向きながら俺は答える。
今は雪菜に顔を見られたくない。
俺が今どんな顔をしているかなんて、自分でも分かるから。
だって、こんなにも胸が苦しい。
今、隣に居るのがなんで『瑠姫姉』じゃないんだろうって。
そう思ってしまっているから。
そんな事を俺が考えているなんて、万が一にも悟らせたくない。
もっとも、顔を見られた程度でその事が見抜かれる訳はないと思うけど。
それでも、今だけは雪菜に顔を見られたくなかった。
「ふふっ。拓哉君は面白いわね。
ねっとりと絡みつくような笑い声。
普段あまり笑わない雪菜だけど、その言葉通り今はとても楽しそうだ。
「私を楽しませてくれたお礼をあげなくちゃね」
そう言ってゆっくりと迫ってくる雪菜。
ここは屋上で。他の人の目もあるのに。
それなのに、何をしでかすか分からない。
そんな危うさが彼女にはあった。
だから――
「いや、お礼は要らない」
「あら?」
気づけば。
俺は迫る彼女の肩をそっと押し返していた。
すると彼女は少し残念そうにしながらもあっさりと引き下がり。
「仕方ないわね。でも、別の形でお礼はさせてちょうだい? 例えば……そうね。これからは毎日私が拓哉君の為にお弁当を作ってきてあげるとか。そういうお礼ならどうかしら?」
断固として楽しませてくれた礼をしたいと言う雪菜。
「それは……まぁ……別にいいけど……」
そこまで言って気づく。
いや、おかしいだろ。
どうして高橋雪菜が俺にお礼をする流れになっている?
雪菜は彼氏である俺の為にお弁当を作ってきてくれて。
そうして一緒にご飯を食べるのが楽しかったからと、お礼をしようとしている。
与えて、与えて、ただ与えるだけ。
こんなの一方的に貢いでるようなものじゃないか。
それは……ダメだ。
彼女から一方的に貰うだけなんて。
仮に雪菜がそれをヨシとしても、俺はそれをヨシとしちゃいけない。
だけど。
「決まりね。拓哉君。ないか作ってきて欲しいものはあるかしら? 大抵のものなら私、作れると思うわよ?」
すでに雪菜による手作り弁当というお礼を『別にいいけど』と受け入れた時点で、それはそれで断りにくい。
俺は何かお返ししないとなぁと考えながら。
「……卵焼き」
事もあろうに『瑠姫姉』の事を思い出してしまうソレを要求するのだった。
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