第4話『一緒に登校してみた』


 俺が高橋さんへと告白した翌日。

 俺は登校する為、一人暮らししている我が家を出た。

 すると。


「おはよう、水野君」



 いつから待っていたのだろうが。

 家の前に高橋雪菜が居た。


「高橋さん。どうしてここに?」



「どうしてって。変な事を聞くわね水野君。私は水野君の彼女でしょう? 恋人であるあなたと一緒に登校したくてこうして待ち構えていたの。悪い?」



「いや、悪くはないけど……」



 そう、悪くない。

 恋人になったから一緒に登校したい。

 ごく自然な流れだ。



「分かった。それじゃあ一緒に行こうか」


「ええ」



 そのまま俺と高橋さんは手を繋いで一緒に登校することになった。



「しかし驚いた。扉を開けたらいきなり高橋さんが待ち構えてるんだからな。結構待ったんじゃないか?」


「そうね。一時間くらいは待ったかしら」


「………………」



 さて、どう返したものか。

 頭を下げながら『待たせて本当にごめん!』とか?



 ちらりと横目で高橋さんの様子をうかがう。

 待たせた俺の事を責めているのかと思ったが、しかしその表情はいつもと変わらず無表情。

 怒っているわけではなさそうだ。



 ただ一時間くらい待ったよと報告をしてきただけ。みたいな。

 そんなふうに見える。


 ただ、それでも待たせたんだから謝るべきだな。



「悪い高橋さん。まさかそんなに待たせてしまってたなんて……」


「別にいいわ。連絡もせずいきなり来た私が悪いもの」


「いや、それでも俺が悪いだろ? 女の子を。それも彼女さんを家の前で立たせ続けてたんだから。男として実に不甲斐ないと思う」


「別にそんな事を気にする必要なんてないのだけど……。水野君は変わってるのね」


「そうか?」



 これくらい普通だと思うが。

 これがもし『瑠姫姉』だったら俺の事を『男として最低ね』だの『甲斐性なし』だのとののしってくるはずで。

 


「――いや」


 ああ、まただ。

 こんな場面でも俺は瑠姫姉が俺の彼女になっていたらなんて事を考えてしまっている。


 俺は高橋雪菜を好きになれるようになってみようと心に決めたはずだ。

 それなのにいきなりこれだなんて。

 先が思いやられる。



「くふっ♪」


「高橋さん?」


「なに?」


「いや……」



 気のせいか?

 高橋さんが怪しげに笑った気がしたんだが。

 


「そうだ水野君。連絡先を交換しましょうよ」


「あ、ああ。そうだな」



 付き合ってるんだから連絡先の交換なんてして当たり前。

 むしろ昨日するべきだったか。

 そうすれば高橋さんも俺に事前に連絡してくれただろうし、俺も彼女を家の外で一時間も待たせずにすんだだろう。



 もっとも、昨日の時点で俺は高橋さんと付き合い続けるつもりなんてなかったからなぁ。

 そのせいで連絡先の交換をし忘れたというのはあるかもしれない。



「はい、完了。いつでも連絡してきていいわよ。返事も返せるときは返すから」


「ああ。高橋さんも必要な時は遠慮せず連絡してきてくれ」



 互いに連絡先を交換し合い。

 学校への道をゆっくり二人で歩く。


 すると不意に。



「――拓哉たくや


「はい?」


 突然。

 高橋さんが俺の事を名前で呼んできた。


「拓哉君。たっきゅん。たっきー。タカタカ。あなた?」


「ど、どうした高橋さん? いきなりなんなんだ?」



「そろそろ水野君の事を恋人らしく名前で呼ぼうと思ってね。ほら、付き合っているのにいつまでも水野君じゃ変でしょう?」



 そういうものなのだろうか?

 恋人の事を苗字で呼ぶのではなく名前で呼ぶ。


 なるほど。確かにそういうものかもしれない。



「という訳でたっきゅん」


「悪い高橋さん。その『たっきゅん』呼びだけはやめてくれないか? 普通に『拓哉君』呼びでいいと思うんだ」



 さすがに『たっきゅん』は呼ばれる俺も呼ぶ高橋さんも辛くなる呼び方だと思う。

 もっとも、高橋さんの方は気にしていないみたいだが。



「別にいいけど。でもそれなら交換条件を提示させてもらうわ」


「交換条件?」


「ええ。たっきゅんも私の事を名前で呼びなさい。そうしなければ私はあなたの事をずっと『たっきゅん』と呼び続けるわ」


「なんだその意味の分からない脅迫めいたものは……」



 だが、なんとなくだが高橋さんはやりそうな気がする。

 まだ高橋さんの事をよく知らない俺だが、彼女はやると言ったらやる。

 そんな人のような気がする。

 


「はぁ……。降参。勘弁だからそれだけはやめてくれ、雪菜さん」


「雪菜さん……ね。少し他人行儀じゃないかしら。たっくん」


「さん付けもダメなのか」



 判定基準が厳しいな。

 いや、別にいいんだけどな。

 こっちも名前呼びをして照れるような性格してる訳じゃないし。



「降参だ。それだけはやめてくれ、雪菜」


「合格。よく出来たわね拓哉君。偉い偉い」



 まるで子供をあやすかのように。

 高橋さ……じゃない。

 雪菜は俺の頭に手をのばし、よしよしとでてきた。



「っ――」


「拓哉君?」


「いや、なんでもない。こっち見ないでくれ」



 俺は雪菜の手をそっと払い、彼女から顔を背けた。



 ああ、ダメだ。

 思わず泣いてしまいそうになった。

 こうしてくれていたのが『瑠姫姉』だったら。


 もしそうだったらどれだけ幸せかって。

 俺はついそんな事を考えてしまっていた。


 本当に、馬鹿げている。

 そんな事をどれだけ考えても俺自身が傷つくだけだっていうのに。

 それなのに、ついそんな夢のような光景を思い浮かべてしまった。



「ふふっ♪」


「………………雪菜?」

 


 その時。

 雪菜が怪しげに笑ったような気がした。

 その事が少し気になり、俺は彼女の名を呼びながら振り返る。


 しかし。


「どうしたの拓哉君? もう大丈夫なのかしら?」


「あ、ああ」


 振り返った先の雪菜はいつもの無表情顔。 

 確かに雪菜の笑い声のような物が聞こえた気がしたんだが……。


 なんとなくその事が気になりつつも。

 俺は雪菜と共に手を繋いで登校した。



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