第3話『another 好きじゃないから』



 ――side高橋雪菜



 告白。

 それはもう飽きるくらいされた低俗な儀式。


「高橋さん。今って付き合ってる奴いないんだろ? どう? 試しに俺と付き合ってみない?」


 初めてされた告白はたしかこんなもの。


 私が中学二年生の時。バスケ部のキャプテンだとかいう先輩に呼び出されて校舎裏に行ったらそんなふうに言われたのよね。


 この先輩も他の男子と一緒。

 私を見ているようで私を見ていない。

 見ているのは私の胸や足。私そのものを見てすらいない。


 あなたが好きなのは私じゃなくて、私の体でしょう?


「遠慮しておくわ。興味ないもの」



 だから断った。

 直後、先輩は怒りにその顔を歪ませていた気がするけどそれも興味ない。


 ただ、あの頃。

 私の体操服や教科書がなくなっていたり、酷く汚れていたりなんて事があったのはそれと無関係ではないのだろう。



「本当に……恋なんて下らない」



 誰も彼もが恋をする。

 けれど、私はそれに共感なんて出来なかった。


 クラスの女子がサッカー部の先輩の事を格好いいと言う。

 顔のいい誰かの事を『優良物件だから好き』だと言う。


「私、~~先輩の事が気になってるんだよね」



 そうやって同じ女子に対して『だからあなた達は~~先輩に手を出さないでね』と言外に牽制けんせいまでするくらい他の子達は恋に必死だ。



「馬鹿馬鹿しい……」



 恋ってそういうものじゃないでしょう?

 相手の顔がいいからとか。家柄とか。お金持ちだからとか。将来性とか。


 それはその人の一面でしかないはずなのに。

 それだけを基準に恋をするのは違うでしょう?



「現実の恋なんてこんなものなのかしら?」



 私だって一応は女の子だ。

 だから恋に興味がない訳ではない。

 けれど、彼女たちの求める恋と私の求める物は致命的に違う気がする。



 私が求めるのは物語のような恋。



 誰かが好きで。好きだから苦しくて。苦しいくらいに誰かを好きになる。 

 読んでいるだけでドキドキしてしまうような恋。

 ドロドロで。深くて。一度はまったら抜け出せないような恋。


 そんな物を一度くらいは経験してみたい。

 私はいつものようにドロドロした恋愛ものの小説を教室の窓辺で読みながら、そう考えていた。 



 そんなある日。

 私は彼に出会った。




「好きです。俺と付き合ってください」



 水野拓哉。

 今まで話したこともない同じクラスの男子。


 俗にいう陰キャというやつだろうか。

 影も薄く、全然目立たないような男の子だ。


 彼は他の男子とは違った。


 私に告白してくる男子が私を見る時。

 気づかれていないと思っているのか知らないけれど、その視線は私ではなく、私の胸や足へと向いていて。


 そこに混じるのは期待や欲望といった視線なのだとだんだん分かるようになってきて。

 それがとても鬱陶うっとうしかった。



 けれど、彼からはそんな視線を感じなくて。

 こうして告白されていても、特に不快な思いをしなかった。


 少し長くてうざったくも感じられるその前髪。

 その前髪で目が隠れているから不快に感じないのかしら?

 少し気になった。


「ちょっと失礼するわね」


「……はい?」


 私は彼の言葉を待たず。

 ずんずんと彼の方へと歩み寄り、無理やり彼のその前髪を上げた。

 

「高橋さ――」


「黙って」



 思っていたよりも整っている顔。

 前髪で隠さなければもう少し目立てるでしょうにと思った。


 けれど、そんな事はどうでもよくて。

 それ以上に私は彼の瞳にかれた。


 彼の瞳。

 彼は私の事を見てすらいなかった。



 告白の返事なんて心底どうでもいいと思っていそうな。

 驚きはしているものの、こうして私が触れているのに何も期待していないような。

 そんな無感動な瞳。


 けれど、その瞳の奥には他にはないドロドロとした何かがあるように感じられて。


 だから私は彼に興味を持った。



「いいわよ。付き合いましょう、私たち」



 そうして私と水野拓哉君の交際は始まった。



 ああ、そうそう。

 これだけは先に言っておこう。



 私、別に水野君の事なんか好きじゃないから。

 だからこれは――ただの興味よ。



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