第2話『俺が本当に好きな人』
「以上が高橋さんに告白した後の
『へぇ。それは何よりじゃないか。これで
帰宅後。
俺はさっそく俺に罰ゲームを課してきた相手である
「いや。鼻が高いよとか言ってる場合じゃないんだよ。お前が言い出した罰ゲーム告白のせいでこっちは面倒くさい事になってるんだぞ?」
『面倒くさい事って。あの高橋さんと付き合えて何が不満なんだか……』
「いや、そういうのいいから。お前、責任もって高橋さんに俺の告白は無理やり自分が言わせた嘘っぱち告白なんですと説明してくれ」
『嫌だね』
「その心は?」
『だって見てて面白そうだし』
ケラケラと笑いながらそう答える優斗。
――落ち着け。
今はこいつを怒らせるべきじゃない。
なんとしてでもこいつに俺の告白については嘘っぱちなんですと高橋さんに説明してもらわなければ。
「面白がるのは結構だけどな。でも、高橋さんに悪いだろ。俺は別に高橋さんの事が好きでもなんでもないんだから。それで付き合うとかおかしな話だろ?」
高橋さんに悪いから。
そして俺は高橋さんの事が好きでもなんでもないから。
そんな方向から俺は優斗を説得しようと試みた。
しかし――
『なにが?』
「は?」
『いや、だからさ。何がおかしな話なんだ? 別に好き合ってなくても付き合えるだろ。愛がなくてもSEXは出来るんだぞ?』
「お前に恋愛の倫理観みたいなものを説こうとした俺が間違っていたよ」
仕方ない。
こうなったら明日、俺の口から高橋さんに告白の件は嘘っぱちなんですと伝えるしかないだろう。
ビンタの一つでも貰いそうだけど、それは甘んじて受け入れよう。
一番悪いのは罰ゲーム告白を企画した優斗だと思うが、それをどうせ断られるからと了承した俺も悪いんだし。
高橋さんを傷つける事になってしまうかもしれないが、どうせこのまま付き合っていてもいつか傷つけるんだし。
どうせ傷つけてしまうのなら、早い方が良い。
「後はこっちの方でなんとかするよ。それじゃあな」
そう言って俺は電話を切ろうとして。
「ちょい待ち」
電話口から聞こえる優斗の静止の声。
それを聞いて俺は電話を切るのをやめる。
「なんとかするって話だけどさ。お前、明日にでも高橋さんに告白の件は何かの間違いだって言って恋人関係を解消するつもりなんじゃないか? 自分も彼女も傷つけてさ」
「……そうだとしても、お前にはもう関係ないだろ」
「やっぱりか……。ったく」
呆れたようにため息を吐く優斗。
「そんなに結論を急がなくてもいいだろ? いいじゃないか。試しにしばらく付き合ってみれば」
優斗の奴。
何を言うのかと思えば。
よりにもよって試しに付き合ってみればいいって。
そんなの、いい訳がないだろ。
「いや、試しに付き合うって……。だからそれは高橋さんに悪いだろ」
「それはお前の考え過ぎ。確かに男女交際ってのは好き合った同士の関係で始まるのもある。だけどその前段階。互いの事を知る為に交際を始めるってのもよくある話だぞ?」
そうなのか?
「いや、でも互いの事を知るだけなら何も付き合わなくてもいいんじゃないか? それこそ友達付き合いでいいだろ」
「そうだな。だけど優斗。考えてみろ。男女が友達の感覚で二人きりで居てさ。遊園地やデパート。映画館なんかに遊びに行ったとするだろ? お前、それを客観的に見てどう思う?」
「………………デートにしか見えないな」
「そうだろう? 俺の自論だけど、恋人関係の状態っていうのは将来の相手を見定める為の試用期間みたいなもんなんだよ」
「試用期間?」
「そ。要は相手の事をもっとよく知る為の期間。それで合わなければ別れる。この人こそが将来の相手だと互いに思えたなら添い遂げるって感じでな。例えるなら自分に合う服を試着してあーでもないこーでもないっていう期間かな」
「なるほど……」
相手の事を服に例えるのはどうかと思ったが、優斗の言いたいことは分かった。
デートしたり、付き合ったり。
突き詰めればそれは相手の事をもっとよく知る為にする行為だ。
その積み重ねで相手を好きになったり嫌いになったり。
そういう男女交際もあるんだぞという事だろう。
考えてみればお見合いとかもそうだな。
相手の事を書類上でしか知らないまま会って、それで反りが合いそうなら婚約したり次のお見合いに進んだり。
そう考えると相手の事が好きじゃないまま付き合ってみるというのは別に悪い話じゃないのかもしれない。
だけど――
「それでも駄目だ。俺は絶対に高橋さんの事を好きにならない。最後にはどうやっても俺は彼女を傷つけてしまうんだよ」
これは最初から決まっている事。
いくら高橋さんが綺麗で素敵な人でも、俺は彼女に恋をしない。
告白して、それを受け入れられても。
話していても。
手をつないでも。
俺は彼女に対してまったくドキドキしなかったのだから。
「優斗も知ってるだろ? 俺には他に好きな人が居る」
そう。
俺には既に好きな人が居る。
そして、その相手はもちろん高橋さんじゃない。
「それは知ってるけどさ……。でもお前、その相手って――」
「分かってるよ。瑠姫姉は絶対に俺の物になんかならない。だからこれは……永遠に続く片思いだ」
優斗の言葉を
そう。
俺と瑠姫姉が結ばれる事なんて絶対にあり得ない。
当たり前だ。
瑠姫姉は俺が彼女を呼ぶときの通称。
本名は
正真正銘。俺こと
俺と瑠姫姉は血のつながった実の
だから、この想いを打ち明けたとしても結ばれることなんてあるわけがない。
けど……。
「今日さ。高橋さんに告白の返事をもらったとき。それと手を繋いで帰る時。少しだけドキドキしたんだ」
高橋さんに対してはドキドキしなかった。
けど、彼女と手を繋いだりした事で俺はドキドキした。
でも、それは冷たくて。虚しさすら感じる想いで。
「俺の告白を受け入れてくれたのが瑠姫姉だったら。今、隣に居るのが瑠姫姉だったら。俺はついそんな事を考えてドキドキしてた。そんなの高橋さんに失礼だと分かっていても、そう考えずには居られなかったんだよ……」
「それはなんというか……
「ははっ。本当にそのとおり。否定のしようがないな」
これに関しては反論なんか出来ない。
自分でもかなり歪んでるなと。そう自覚はしてるんだから。
だけど、やめれなかった。
届かない瑠姫姉への想いを断ち切る事も。
高橋さんを瑠姫姉に見立ててしまうのも。
いけない事だと頭ではわかっているのに、どうしてもやめられなかった。
そんな自分があまりにも
「お前の歪みっぷりには少し引いたが……それでも。いや、だからこそ言わせてもらうよ。拓哉、お前とりあえず高橋さんと付き合ってみろ」
「は? いや、言っただろ? 俺は」
「分かってる分かってる。お前は初恋を捨てられないから高橋さんの事を好きにならないって。だからこのまま付き合い続けるなんて出来ないって。そう言うんだろ?」
「あ、ああ」
「でもお前、なんでそんな事が言い切れるんだ? お前が高橋さんと話したのって今日が初めてなんだろ? つまり、彼女の事をまだなんにも知らないって訳だ」
「それはそうだけど……」
「だったら別れようって結論は早いだろ。お前だって報われない初恋よりも次の恋に進もうと思えるようになるかもしれない。もしそうなったら万事解決じゃないか」
優斗め。
とはいえ、優斗の言う事にも一理ある……か。
初恋が叶わなかった俺のような男なんて、世の中にはきっとたくさんいる。
その全員がその後一生恋なんてしないとか。そんなことはないはずだ。
だからこそ。
俺の中の『瑠姫姉』への想いもいつか色あせて。
それで別の誰かを好きになる事もあるのかもしれない。
「ははっ」
「ど、どうした?」
「いや、なんでも」
思わず笑ってしまった。
ああ、本当にバカばかしい。
俺の中の『瑠姫姉』への想いがいつか色あせる?
そうなればどれだけ良いか。
いっそ『瑠姫姉』の事なんか忘れたい。
こんな苦しい思いを抱えたまま生きていくのは辛いから。
報われない恋と分かっているのに想い続けるというのはとても辛いんだ。
だから、決めた。
「そうだな。優斗の言う通りだ。このままじゃいけないから。だから……俺は高橋雪菜との交際を続けるよ。彼女の事をもっとよく知る為にな」
「そ、そうか。それはなにより」
「ああ。それじゃ」
そうして俺は電話を切った。
もしかしたら。
優斗は俺の為を思って罰ゲーム告白なんて物を俺にやらせたのかもしれない。
俺が『瑠姫姉』への想いを捨てられず、ずっと足踏みしてるから。
ならせっかくの機会だ。
この機会を利用させてもらう事にしよう。
「高橋雪菜。俺は君の事を好きになれるように努力してみるよ」
現時点で俺は君の事が別に好きじゃないけど。
だけど、俺の中の『瑠姫姉』への想いを君で代用できるならそれに越したことはないから。
それに、これは絶対にあり得ない事だとは思うけど。
俺が君の事を知る過程で。もしかしたら真に君に恋する事があるかもしれないから。
俺の中の『瑠姫姉』への想いを捨てられるなんて事もあるかもしれないから。
俺は君の事を好きになれるように、しばらくは君を好きでいる振りをしよう。
「悪いな。利用させてもらうぜ。高橋雪菜」
そうやって俺は誰も居ない
謝罪の言葉を口にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます