第11話 まさかの邂逅

 ラヴァンディエ王国の第一王子、リュシアンが我が家──ランベール家にお忍びでやって来るという。

 その知らせを聞いた私は半ばパニック状態だ。


(ええっ?! な、なんで……っ?! なんでここに来るの?! 行くならベアトリスのお屋敷でしょ!!)


 ここまで原作から脱線するとは思わなかった。

 でもこの流れだと私が王子の婚約者になってしまうのだろうか。


(いやーっ!! それだけは絶対にいやーっ!!)


「と、父さま……! お、王子様が来るのですか……? 本当に? どうして?」


 私はふるふると震えながら、父さまにその理由を聞いてみた。


 ──父さまは、父さまだけは娘を生贄にするような人じゃないと信じたい──!!


 もしこれで婚約のための顔合わせだと言われたら、私は人間不信になってしまうだろう。

 だけど私の心配は杞憂だったようで、父さまが珍しく嫌悪感をあらわに、吐き捨てるように言った。


「そうなんだよねぇ。ほんといい迷惑だよね。誰も呼んでいないのに、権力を駆使して強引にねじ込んできたんだよ」


 ……私以上に、父さまは王子が来るのを嫌がっていた。それはそれで驚きだ。騎士は王家に忠誠を誓っていたのでは? と思ってしまう。


「あ、あの、父さま……?」


「あの糞ガ……王子がミミを見初めたらどうしてやろうか……。もう王家滅ぼしちゃう? それとも一家揃って亡命するか……?」


 愛娘の前では王家への忠誠は無いにも等しいようだ。

 父さまは権力よりも娘を大事にしてくれる、とても愛情深い人だった。


 あんなに嫌だったミシュリーヌへの転生だったけど、この人が自分の父さまだったことだけは神様に感謝出来る。


 ──それだけで、ミシュリーヌに転生しても良かったと、心の底から思うほどに。


 しかし父さまの様子を見るに、私より王子の来訪を嫌がっているようだ。


「王様が命令したのですか?」


 心優しい王様だと父様は言っていたけれど、無理矢理命令を下したのだろうか、と不思議に思う。


「うーん、リュシアン殿下が強く希望されたそうなんだ。だから親バ……子煩悩な陛下が是非に、と打診してきてね。私も断りにくかったんだよ」


 権力というから高圧的な命令かと思いきや、実際はただの懇願だったようだ。


 王様がそんな弱気でこの国は大丈夫なのだろうか。

 ……だから宰相の力が強いのかもしれないけれど。


 それにしても父さまはさっきから王族に対して暴言を吐きすぎなのではないだろうか。糞ガキに親バカって……。言い直してはいたけれどバレバレである。


 原作では宰相がベアトリスとシャルルを王子に紹介するために、お茶会をセッティングしていたけれど、今回の来訪は王子が希望したから、というのは理解できた。


「でも、どうして王子は希望したのですか?」


 一番気になるところはその理由だ。王子がミシュリーヌの存在を知ったとしても、わざわざ会いに来る必要がないはずなのに。


「……うーん、それがだねぇ……」


 父さまはとても言いづらそうに、口をモゴモゴとしている。余程言いにくい理由なのだろうか。


「……父さま?」


「うっ……! いや、それが、何というか……。私がすっごくミミの自慢をしちゃったから、かも?」


「は?」


 一瞬、幼女が発してはいけないドス声が出てしまった。


「ひっ!! ミ、ミミ、落ち着いて!!」


「詳しい説明を求めます」


 正直、「何してくれとんじゃボケェ!!」と叫ばなかった自分を褒めてあげたい。しかし私はぐっと我慢して、父さまに詳しい話を聞くことを優先した。


「……えっと、ミミが生まれると同時に魔物の異常発生があっただろう? だからアラベルとミミを避難させたけど、会えないことが寂しくて寂しくて。すっごく我慢したんだよ? 魔物を放置して会いに行こうと何回思ったことか。思い留まった私を褒めて欲しいよ。まあ、ミミ達に会えない鬱憤を魔物退治で晴らしてたんだけどね。とにかく、魔物を退治し終えてようやく再会できると迎えに行ってみれば、娘が天使のように可愛くて……! 本当に驚いたよ。あの時ほど神に感謝したことは無かったしね。あ、アラベルと結婚できた時は嬉しかったな。まあ、そんな訳で、可愛い可愛い娘がとても賢かったら、自慢したくなると思わない? 思うよね?」


「…………」


 私に怒られるのが怖いからか、父さまがめっちゃ早口で捲し立てる。


 ……この人こんなキャラだっけ?


 今思えば、母さまが父さまのことについてあまり話したがらなかったのは、これが原因なのかもしれない。


「ご、ごめんよミミ……! ミミの可愛さを他の人達にも伝えたくて!」


 私は長い長い溜息をついた。


 ──結局、父さまは私のことが大好き過ぎて暴走してしまったのだ。ならば、その私が父さまを怒るのは可哀想かもしれない。


「……褒めてくれるのは嬉しいですけど、私は父さまとおじいちゃまが知ってくれていたら、それで十分です」


 私は仕方がないなぁ、と呆れながらも父さまに微笑んだ。


「ミミ……!! なんて優しくて奥ゆかしいんだ……!!」


 私が何を言っても感動してくれる父さまだけど、とにかくこれからは絶対に娘自慢をしないようにと約束させた。


 父さまは不満そうだったけど、私に嫌われたくなかったらしく、渋々の約束だったけど。


「でも、娘自慢を聞いたから、ここに来るのですか?」


 貴族の自慢話なんて、子供に限らずいくらでもあると思う。


「うーん。自分で言うのも何だけど、何故か王子は私に憧れを抱いて下さっているらしくてね。憧れの対象が自分と同じ年齢の子供を褒め称えるから、どんな子か見てみようと思ったんじゃないかな?」


「え」


 まさか王子が父さまに憧れているとは思わなかった。

 でもよく考えるまでもなく、父さまは男の子憧れの騎士団長様なのだ。

 しかも見た目も良いのだから、憧れるのは仕方がない。中身を知らなければ私でも憧れる。


 しかし、憧れの人の娘を見に来るとは……これは結構まずいのではないかと思う。


(王子からすれば私はきっと邪魔者以外の何物でもないのでは? ある意味ライバルみたいに思われているのかも)


「あの、王子様はどんな人ですか?」


 原作の王子はとにかく傲慢で、まだ王位を継承していないのにやたらと偉ぶっていた。幸か不幸か、見た目だけはやたらと良かったから、それが傲慢さに拍車をかけたまである。


「そうだねぇ。一言で表現すると”我儘な糞ガキ”かな。陛下が甘やかしちゃったからね。城の使用人にも傍若無人に振る舞っているそうだよ」


 残念なことに、王子の性格は原作通りらしい。そこは違っていて欲しかった……。


「ああ、ミミ! 心配しないで! 王子には横暴に振る舞わず、大人しくすることを条件に迎え入れる約束をしたからね。ミミが嫌な思いをした瞬間追い出していいから」


 王子を追い出すって……お父さまも大概だと思う。


 だけど、五歳やそこらの子に約束なんて守れるのだろうか……。父さまは子供を甘く見ていると思う。


 取り敢えず、一週間後に王子のお宅訪問が決行される。

 ならば、こちらも迎え撃つ準備をしなければならない。




 ──そうして、あっという間に一週間が過ぎ、とうとう王子来訪の当日となった。


(一週間前から入念に準備をしたし、大丈夫だよね……)


 できるだけのことはやった。後は天命を待つのみ!!


 ……と、意気込んでいた私の気合は一瞬で崩れ去る。

 何故なら、ランベール家の屋敷にやってきたのはバカ王子だけでなく、ベルジュロン家の麗しい子供達──シャルルとベアトリスだったのだから。

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