第12話 最高の日
王子を我が家に迎えて開催されるお茶会当日、玄関で王子が来るのを待っていると、何故かベルジュロン家の家紋を付けた馬車がやって来て、中から麗しすぎる兄妹が現れた。
(……えっ?! ええっ?! ど、どうして……?!)
原作の絵柄の面影を持つシャルルとベアトリス様の姿に、私は驚きすぎて固まってしまう。
──だって目の前にあの『このせか』のキャラがいるのだ。しかも私が最も愛した推しキャラ、ベアトリス様がだ!
私は感動に打ち震えてしまい、言葉を発することすら出来ない。
すると、馬車から降りたシャルルとベアトリス様が私の前までやって来た。
銀色の絹糸のような髪が揺れ、アクアマリンのように美しい瞳を携えた目がぱちりとまばたきをし、いかにも高級そうな、それでいて着る者の魅力を最大限に引き出しているドレスの裾がふわりと翻る姿に、目の前の美少女が本当にこの世界で生きているのだと、そんな事実を私に突きつける。
「この度はお招きいただき有難うございます。僕はシャルル・ベルジュロンです。お会いできて光栄です」
「わたくしはベアトリス・ベルジュロンですわ。ミシュリーヌ様とは同い年ですの。仲良くしていただけると嬉しいですわ」
ベルジュロン家の兄妹が優雅に挨拶をする。きっちりと教育されているのだろう、その所作は私の目から見ても素晴らしかった。
ショタなシャルルも最高に可愛いけれど、ロリなベアトリス様は言葉に言い表せないほど可愛かった。
──この世の美を掻き集めた美の女神が、心血注いで作り給うた完全なる美の再現……!
私はこんな尊い存在を作り出してくれた神(原作者)に、魂を捧げても良いと思うぐらい、心から感謝した。
反応しない私を見て、シャルルは眉を顰め、ベアトリス様はこてんと首を傾げた。
その可愛い仕草に、ずっと耐え続けていたけれど、もう無理だった。こんなの、我慢できるはずがない。
微動だにしなかった私の目から、涙が大量に溢れ出す。
一度堰を切った感情は留まるところを知らず、次から次へと涙が流れていく。
「なな、何だ?! い、一体どうしたんだ?!」
突然泣き出した私にシャルルがドン引きを、ベアトリス様はオロオロとしている。
シャルルは驚きすぎたのか、普段は敬語キャラなのにすっかり敬語が抜け落ちてしまっている。それはそれで美味しいけれど。
そしてオロオロとするベアトリス様もすごく可愛かった。美少女はどんな表情も芸術的だ。その瞬間瞬間が奇跡の一枚で、瞬きするのが勿体ない。
「……っ、す、すみません……! と、とんだ失礼を……!」
なんとか謝罪の言葉をひねり出したけれど、涙は止まる気配がない。このままでは脱水症状を起こしてしまいそうだ。割とマジで。
「どうして泣いているのですか? 僕たちが何か粗相でも──」
「違います!! これは嬉し泣きです!!!」
「──は?」
シャルルが勘違いしそうになっているので慌てて訂正する。
──粗相どころか私に福音を与えたもう神の使徒だ。もしベアトリス教が存在するのなら、私は喜んで入信しよう。会員番号1番は絶対譲れない。……あ、それはファンクラブか。
「私、まさかお会いできるとは思わなくて……! 本当に嬉しくて嬉しくて……!! 思わず感動して涙が出ちゃったんです……!!」
私はベアトリス様と会えた事がどれだけ嬉しかったか、必死にシャルルに訴えた。
「えっ……! う、嬉しい?! 感動?!」
私の訴えにシャルルが驚きながら戸惑っているけれど、何故か顔が赤い。
原作のシャルルは「氷の貴公子」と称されるようなクールキャラで、あまり表情に変化がない。俗に言う無表情系である。
なのに、今は驚いたり照れたりと随分表情が豊かで、私の方が驚きだ。
「はい……っ!! もう私、ベアトリス様の可愛さに感動してしまって……っ!! この喜びを表現する方法が見つからなくて! 思わず泣いてしまいました!!」
「……へっ? ベアトリス……?」
「はいっ!! もうベアトリス様が尊くて……っ! こんな可愛い存在を生み出して下さったベルジュロン家の皆様には感謝の念が尽きません!!」
一瞬、シャルルがポカン、としていたけれど、私は構わずベアトリス様への思いをぶちまけた。
「そ、そうでしょう、そうでしょう! ベアトリスは僕自慢の妹なのです! ミシュリーヌ嬢はよくわかっていらっしゃる!!」
「ベアトリス様みたいな素晴らしい妹さんをお持ちで羨ましいです!! 私はベアトリス様のようなお姉様が欲しいです!!」
原作ではベアトリス様に辛く当たっていたシャルルだったけれど、小さい頃はベアトリス様を可愛がっていたようだ。
「あ、もちろんシャルル様も素敵です!! 知的で大人っぽくて!! いいなぁ……! お二人が私のお兄様とお姉様なら良かったのに……!!」
妹思いのシャルルは好感度が高いし、ベアトリス様と良く似ているから印象はすこぶる良い。もしベアトリス様が男の子だったらこんな感じになるのかな、と思う。
「……っ! ……っ!」
思わず私がしょんぼりすると、シャルルが顔を赤くして照れていた。
「ミシュリーヌ様、あまりお兄様をいじめないで下さいませ」
「べ、ベアトリス様……っ!!」
その愛らしい唇から鈴の音のような可愛い声で、私の名前が紡がれる。もうそれだけで、折角止まっていた涙が再び大量に溢れ出す。
「あらあら、そんなに泣いていては可愛いお目々が腫れてしまいますわ」
ベアトリス様はそう言うと、ハンカチを取り出してそっと私の涙を拭ってくれた。
「〜〜〜〜っ!?」
あまりの衝撃に魂が抜けそうだった。今一体自分の身に何が起きているのか、頭が思考を放棄し、全身の神経を集中させてベアトリス様の細やかな動作や行動を記録する。
家族以外の全ての記憶を失ったとしても、私はこの瞬間を忘れないだろう。
間近で見るベアトリス様はやっぱりとても綺麗で、少し伏せられた宝石のような目は銀色の睫毛に縁取られ、あまりの美しさに息が止まりそうになる。
(ふわぁああ〜〜!! すっごいいい香りがするぅ〜〜っ!!)
距離が近い分、ベアトリス様の髪から、その御神体から何とも言えない芳香が漂ってくる。
自分がすごく変態チックだけど、今はそんな外聞なんて気にしていられない。もしこの香りと同じ香水が発売されたらガロンで買う。っていうか、買い占める。
気が付けば私の涙は止まっていて、その様子に安心したのか、ベアトリス様が優しく微笑んだ。
(あかん……! あかん……! このままやったら萌え死んでまう……!!)
私は別の意味で生命の危機に陥っていた。
ベアトリス様に看取られるのならそれでも良いかと思う反面、これからのベアトリス様の成長する様も見届けたい!! そう思うと、ちょっとだけ冷静になれた……ような気がする。
「あ、有難うございます、ベアトリス様……っ!! その、ハンカチ……洗ってお返しします!!」
私は涙を拭いてくれたベアトリス様にお礼を言う。だけど聖宝と呼んでも顕色ないハンカチを私の涙如きが汚した罪は重いと思う。
「気にしなくても大丈夫ですわ。あ、それかもし良ければ差し上げます。私の下手な刺繍入りですけれど」
(ふぉーーーーーーっ!! ベアたんのハンカチゲットぉーーーーーーっ!! しかも刺繍入りって!! これもう神宝レベルじゃん!!)
「ふぁっ!! そんな貴重な物を……っ?! で、でも……っ!! 本当に良いのですか……?」
ベアたんの直刺繍入りハンカチめちゃくちゃ欲しいです!! でもあんまりがっつくのもどうかと思い、ちょっと遠慮しているフリをする。
「こんなもので良ければいくらでも。ミシュリーヌ様が使って下さると嬉しいです」
はにかみながらそう言うベアトリス様の顔は筆舌に尽くし難いほど可愛かった。
可愛いで世界を滅ぼせるなら、この世界は100回ぐらい滅んでると思う。
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