第10話 一石三鳥
私が勉強を始めてから一ヶ月が経った。
始めこそマナーだの歴史だのと、慣れない勉強に翻弄されていたけれど、今は随分慣れてきたので、気持ち的にも大分余裕が出てきた。
私は今のうちに、原作の流れを書き記しておこうと思い立つ。
既に原作とは違う流れになったとは言え、それはあくまで私──ミシュリーヌ視点の話で、ベアトリス視点の場合はまだ原作と同じ展開を迎えているかもしれないからだ。
(えっと、五歳の頃のベアトリスは……。私と同じように領地から王都の屋敷に戻ってきたぐらいかな?)
魔物の異常発生で自領に避難していた貴族達は、続々と王都に戻ってきているという。
中には移動に一ヶ月以上掛かるほど遠い領地もあるので、全ての貴族が戻ってくるにはもう少し時間が掛かるだろう。
(もうすぐベアトリスと王子が婚約する時期か。婚約を邪魔できればいいのに……)
原作では、領地から帰ってきたベアトリスの屋敷に、王子が遊びに行ったことである出来事が起こる。
その時にベアトリスは怪我をしてしまうのだ。
怪我自体は命に関わるものではなく、割れた食器の破片でベアトリスが傷を追うというものだけれど、怪我の原因である王子は令嬢を傷物にした責任を取らされる。
──その責任のとり方が婚約というのもなんだかなーって感じだけど。
ベアトリスの傷は綺麗サッパリなくなったのに、何故が傷がなくなっても婚約はそのまま継続されてしまう。
王家とベアトリスの実家、ベルジュロン家の間に何かの取引があったのかもしれない。
だけど、この婚約はお互いにとって足枷になってしまうのだ。
──王子は怪我をさせた罪悪感で、ベアトリスは王子を縛り付けることになった罪悪感で。
本人同士に恋愛感情が少しでもあればまだ救われたのに、二人の間にそんなものは欠片もない。だからと言って、婚約者がいる王子が、他の女の子にうつつを抜かすなんて許される訳がない。
(あ〜〜!! だけどその浮気相手が私なんだよね……。ホントいい迷惑!!)
原作のミシュリーヌはどうして王子を<魅了>したのだろう。せめて婚約者がいない逆ハー要員か、もしくは恋い焦がれるほど王子が好きなら、理由としてわからないでもないのに。
地位や名誉が欲しい訳でもなさそうだったし、ただストーリー上悪役が欲しかっただけで、ミシュリーヌの都合はどうでもいいのだろう。
前世の記憶を持ち、一般常識を兼ね備えている私にとって、ミシュリーヌの行為は迷惑以外の何物でもないのだが。
取り敢えず、そんな訳でベアトリスは幼くして王子の婚約者となり、王子妃教育を受けることとなる。
その王子妃教育は、元から頭が良いベアトリスでも辛いと感じるほど過酷だったという。
王子妃教育がそんなに厳しいのなら、肝心の王子教育ももっとちゃんとしろと言いたい。それと帝王学以前に常識を覚えろとも。
ベアトリスには悪いけれど、あの王子はハズレだと思う……っていうかハズレだった。
<魅了>は一瞬で掛かる訳ではなく、何度も接触していくうちにどんどんハマって行くタイプのものだ。だから理性を保っていれば、深みに嵌る前に抜け出すことが出来るはずなのだ。
そういう意味では、<魅了>はある意味麻薬に似ているのかもしれない。
(ベアトリス推しの私としては王子は絶許なんだよね。あ〜、ベアたん可哀想! 貴重な幼少期をあんなヤツのために……!)
それでもベアトリスはオーレリアン──リュフィエ聖王国の王太子と結ばれるから、まだ救いはある。結局過酷な王子妃教育も無駄にならずに済んだし。
(初めからオーレリアンのために王子妃教育を受けていたら、また違っていたんだろうけど)
原作でベアトリスが辛そうにするシーンを読む度に、王子へのヘイトが溜まっていった。私以外にもそういう読者は多かったのではないだろうか。
(そう言えばベアトリスも今は幼女なんだよね! うわ! 生ベアたん見たいっ!)
本来の予定では、ラグランジュ学院に入学した時にベアトリスとお友達になろうと思っていた。だけど別に今お友達になってもいいじゃない! と思い付いたのだ。
(私天才! そうだよね。今からお友達になればいいんだよね。え、もしかしてベアたんと幼馴染になっちゃう?! うわー! これは滾りますなぁ!!)
何だか自分の思考が変態チックになってきたけれど気にしない。別にベアたんを害すつもりはないどころか、バカ王子から守ってあげたいのだから。
「そうと決まれば先手必勝!! 上手くすれば婚約も回避できるかもしれない!! 一石二鳥!! ……いや、三鳥かも!」
ベアたん幼女バージョンが見れて、お友達になって、婚約も阻止できる……最高じゃん!!
早速私はベアトリスの生家、ベルジュロン家のことを調べるために行動する。
(ランベール家と懇意だったら良いけれど……。そう言えば、過去の二人に接点はなかったな)
貴族令嬢達のお茶会や、舞踏会に参加していそうなのに、二人が学院以外で顔を合わせた描写は無かったように思う。
(まあ、その頃ミシュリーヌは闇落ちしてたっぽいしね)
私は図書室へ行くと、本棚から最新の貴族年鑑を取り出し、ベルジュロン家のページを探し出す。
(えーっと、どれどれ……。あ、ベルジュロン家は代々宰相を務める家柄なんだ……。なるほどなぁ〜。だからベアたんも頭が良いんだ!)
私はDNAレベルで頭が良いとは流石だなーと感心する。
そして、王子との婚約が継続された理由についても、申し分ない家柄と頭脳を併せ持つベアトリス以外、適任者がいなかったからなのだと理解した。
(確かにベアたんは王妃の器があるからね。そう言う意味じゃあ王家も見る目あるよね)
聡明な王妃を迎え入れた王国の未来は、きっと明るいものだっただろう。だけどミシュリーヌと王子のせいで、そんな貴重な人材を失うことになるのだと思うと、国民の皆さんに申し訳なくなる。
「あー、でもベアトリスにこの王国は狭いんだよなー。リュフィエ聖王国ぐらい大国じゃないと! 才能が勿体ない!」
ベアトリスが聖王国へ行ったのは必然だったのだと、気を取り直した私は貴族年鑑を更に読み進める。
「あ、そうそう、ベアトリスにお兄さんがいたんだった。ミシュリーヌの逆ハーメンバーのインテリ担当だっけ」
──シャルル・ベルジュロン
バカ王子の取り巻きの一人で「氷の貴公子」と呼ばれる眼鏡キャラだ。
ベアトリスの兄だけあって美形で頭脳派、ちょっぴりSっ気があって「鬼畜眼鏡」とあだ名が付いている。
一定の層に人気があるキャラクターだ。
(シャルルも自分の妹なのにベアトリスに冷たかったよね。ミシュリーヌには随分甘くて、普段とのギャップに友人が萌えてたっけ)
結局、バカ王子同様シャルルもミシュリーヌの<魅了>にやられて傀儡になってしまう。
「うーん」
ベルジュロン家のことはある程度わかったけれど、ランベール家との仲が結局どうなのかはわからなかった。
これはもう直接本人達に聞くしか無い。
「父さま、この国の王様と宰相様はどんな方ですか?」
「おや、ミミ。今は国内情勢のお勉強中かな? そうだねぇ。王様はとても優しい方だけど、優しすぎるきらいがあるね。その点、ベルジュロンのやろ……ゴホン。ベルジュロン卿は優秀だけど野心家かな」
どうやら父さまはベルジュロン家とあまり仲が良くないようだった。
(それにしても野心家かー。じゃあ、やっぱりベアトリスの婚約は権力狙いかな)
家同士で交流するのは難しそうなので、ベアトリスとどう接点を持つか悩んでいた私のもとに、衝撃的なお知らせが齎された。
それは、王子──リュシアン・ラヴァンディエが、我が家にやって来るという知らせだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます