第9話 ご褒美
私が王都のランベール家の屋敷に来てから一ヶ月が経った。
原作ではこの頃から病気に罹り、寝込みがちになっていた母さまだったけれど、今はピンピンしてとても元気だ。
父さまとおじいちゃまも相変わらず私に甘々で、いくらでも甘やかそうとするので、自分からマナーレッスンや勉強をしたいと願い出た。
「私、立派なレディーになりたい! だからお勉強してみたいです!」
私がそうお願いした時、二人は大層感心し、私が学べる場を喜んで用意してくれると約束してくれた。
「……ああ、ミミ! 自分から勉強したいなんて、我が子ながらなんて頑張りやさんなんだ!!」
「はっはっは。ミシュリーヌは偉いのう。いくらでも協力するから、興味がある学問があれば遠慮なくおじいちゃまに言うのじゃぞ?」
「はい! おじいちゃま有難う!」
私は素直に喜んで、にっこりと二人に微笑みかける。
「……ぐはっ! ………………ふぅ。あ、そうそう、偉いミミには何かご褒美をあげないといけないね! ミミは何か欲しいものはあるかい?」
「うぬぅ……! くっ、何のこれしき……っ! そ、そうじゃ、ぬいぐるみはどうじゃ? シュヴラン社製のぬいぐるみはえらい人気だそうじゃぞ?」
以前は私が笑顔を向けると、しばらくプルプルと悶ていたのに、最近は耐えられるようになって、随分と立ち直りが早い。
「いやいや、ぬいぐるみならクラピソン社ですよ! ちょうど今限定のシリーズが発売されたんだけど、ミミはどう? 欲しいなら買ってくるよ?」
「シュヴラン社は老舗のメーカーじゃぞ?! ミミが欲しいと言うならワシは幻のキラー・ベアーぬいぐるみを用意するぞ!」
それでも、私の笑顔にメロメロな二人は、もっと私を喜ばせようとありとあらゆる手段を講じてくるようになった。
(キラー・ベアーって一体……? 何だか物騒な名前だけど、子供に与えて大丈夫なの……?)
どう考えても凶暴なクマのイメージしか無い。
「ぬいぐるみはもう沢山あるから大丈夫です!」
そんな感じで私が欲しいものは何でも手に入れようとする二人だから、何故か私の方がアレコレと理由をつけて断っている。
(気持ちは有り難いけど、断るのがツライ……! 何か良い方法は無いかなぁ)
私は、確か前回のプレゼント攻撃はドレスだったな、と思い出す。
王都に来て二日目、父さま達は社交界で人気の仕立て屋をこの屋敷に呼んだ。
仕立て屋は私の身体のサイズを測った後、二十着ぐらい試着をさせて帰っていった。
(後で私の部屋に大量のドレスやら宝石に靴や帽子なんかが届いた時は呆然としちゃったもんね。お貴族様ってやることがいちいちレベル違いだから……)
成長期の子供にこんなに沢山のドレスは勿体ないなぁ……と思ってしまうのは、前世の私が庶民だったからだろう。
使わないものは買わない主義だったのに、貴族としての社会的地位の維持や権力の誇示のためと言われれば、渋々受け取るしか無かった。
それから、受け取ったからには最大限に利用してやろうと、私は一日に二回ドレスを着替えている。
「ああ、可愛いよミミ……! ミミはなんてお洒落さんなんだ……! ドレスを気に入ってくれたんだね! 可愛いミミをたくさん見ることが出来て父さまは嬉しいよ!」
父さまがとても嬉しそうに、感極まった顔をするけれど、そうじゃない、そうじゃないのだ。
自分が貧乏性で勿体ないから、無理矢理着ているだけなのだ。そこんところ誤解されると困るけれど、上手く説明できずに今に至っている。
そして今、もし私がぬいぐるみが欲しいと言ったが最後、ありとあらゆるメーカーの限定品達が、私の部屋を埋め尽くすだろう。
ドレスは実用品だからまだマシだけど、ぬいぐるみは嗜好品だ。
それにこの世界のぬいぐるみは正直、あまり可愛くない。どっちかと言うとリアル寄りなのでちょっと怖い。
私が年相応の思考なら、父さまも娘を思いっきり甘やかすことが出来ただろうに、中身が前世の記憶を持つ成人した娘で申し訳なく思う。
(うーん、毎回毎回理由をつけて断るのも限界があるよね……何か良い手はないものか)
プレゼントも嬉しいけれど、出来れば現金で貰えたら……と考えて、あ! と思う。
(そうだ! 現金にして貰おう! 将来のために貯金をしよう!)
もう原作の内容はアテに出来ないし、この先どんなイベントが発生するかわからないから、その内お金が必要になる時が来るかもしれない。
その時のために、私が自由に使えるお金を確保しておく必要がある。
(知識チートの主人公だったら、商会を立ち上げて異世界のものを再現して売ったり出来るんだろうけど……凡人の私には無理だもんね)
正直、異世界の技術を再現してこの世界に文明開化を起こす……! とか、すっごく憧れる。でもこの世界は意外と文化水準が高く、前世現代人だった私が生活していても、さして不便さを感じたことがない。トイレは水洗だし。
食事も日本食が恋しくなる時があるけれど、自分で再現は難しい。それに日本食はとにかく大豆を使うから、全く同じ植物を探すのは至難の業だろう。
他力本願だけど、何処か東の方向に日本みたいな国があって、そこで和食が食べられるという設定があることを願うばかりである。
「父さま、おじいちゃま。……私、プレゼントじゃなくてお金が欲しいです!」
私は思い切って直球勝負に出た。変に言葉を飾っても白々しいし、遠慮しながら言うのも気を使ってしまう。
理想の娘や孫から外れてしまうかもしれないけれど、猫を被るのはもうやめだ!
──私はありのままの自分で行く!
幼女らしからぬ、突然の俗物的なお願いに度肝を抜かれたのか、二人が躊躇うように聞いてきた。
「それは、ぬいぐるみじゃなくてお金が良いってことかい?」
「はい! 本当に欲しい物があれば買えるようにしたいです!」
「欲しい物があれば言ってくれれば買ってあげるぞ?」
「買って貰うんじゃなく、自分で買いたいのです!」
元を辿れば財源は一緒だし、欲しい物が見つかったらその都度買って貰っても同じことなのだろう。でも私は、私自身の財産が欲しいのだ。
「なるほど、ミミは自分名義の資産が欲しいのか……」
「ううむ。なるほどのう。この歳で経済的自立を望むとは……末恐ろしいのう」
父さまとおじいちゃまが何かを考えながら呟いている。
「わかったよミミ。ランベール銀行にミミ用の口座を作ろう。まだ早いと思っていたけれど、善は急げって言うからね」
「え、銀行……?」
(ランベール銀行って……もしかして、この家はかなりの資産家……?!)
「銀行はな、余裕がある者から金を預かって、金を必要とする者へ貸し出す仕事をしているところじゃよ。経済を円滑に回すために必要なのじゃ」
私が「銀行」という言葉を知らないと思ったおじいちゃまが、丁寧に説明してくれるけれど、それでも五歳児に「経済」とか「円滑」という単語は難しいと思う。
「へぇ! 何だかわからないけどすごい! 私も口座が欲しいです!」
「うんうん、そうだね。ミミに口座を作ろうね」
「じゃあ、じゃあ、これからご褒美は口座にお願いします!」
「はっはっは。本当にミシュリーヌは賢いのう。この歳でしっかりと未来を見据えておるとは……! ミシュリーヌはワシに似たんじゃな!」
「ちょ、父上!! 勝手なことを言わないで下さい! ミミは私に似たのです!!」
「何を言うか! お前にもワシの血が流れておるだろう!!」
「私は母上似です!! 父上の血など誤差の範囲です!!」
「何じゃと!!」
相変わらず仲が良いのか悪いのか、父さまとおじいちゃまが喧嘩を始めてしまった。
私はその姿を眺めながらほくそ笑む。
──ミッションクリア!!
私は内心でガッツポーズを取った。
これからはストレスの代わりにお金が貯まってくれることになった。思い切って言ったかいがあったというものだ。
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